●いなくなった人と消えた家
が写真の左端下に写っていて、その前を扉より背丈が高いユッカが植えられている。この茶色の扉は2枚目の写真ではユッカがなくなったのではっきりと見えるが、扉だけ立っていて、その向こうがどうなっているのか、少し不思議な気にさせられる。



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また、ユッカが邪魔をして扉の開け閉めがなかなか面倒であったと想像されるが、2枚目の写真のようにユッカを所有する家は更地になった。ここには80代らしき女性がひとりで暮らしていて、筆者は話をしたことはないが、ムーギョに行く際には必ず家の前を通り、その時に買物車に腰を下ろしたその女性とよく出会った。じろりと言うのがふさわしいが、いつもその女性は筆者を見つめ、筆者が通り過ぎるのをずっと目を追うことをしていたと思う。筆者が所属する自治会の住民ではないので、名前やその他、筆者は何も知ることはなかったが、愛想はよくなく、こちらも顔を合わせながら会釈をしたことがなかった。その女性の姿を見かけなくなったのは去年の夏の終わりだったか、半年近く前のことだ。彼女が買物車に腰を下ろしていたのは、最初の写真で言えば右端の奥、小川沿いの白い欄干際が多かった。車が往来するので、道路の橋ぎりぎりの位置で、しかも道行く人の顔や様子を観察するのにちょうどよい場所だ。近所の同世代の人と仲がよかったのかどうか知らないが、ほかの人と話をしている姿を見たことがない。そのため、孤独な晩年であったかもしれない。それで天気がよくて暇な時は外に出て道行く人を眺めていたのだろう。また、道端で見かけない時は、3枚目の写真の左端の2階のガラス窓の向こうからTVかラジオの大きな音が聞こえていた。買物はどうしていたのか知らないが、買物車はもっぱら椅子代わりではなかったか。あるいは、それで近くのスーパーに買物に行っていたかもしれない。きっとそうだろう。だが、そのスーパーは去年の夏の終わりに閉店した。そう言えばちょうどその前後にその女性の姿を見かけなくなった。買物が不便になれば、いったいどうしていたのかと思うが、近所の人に助けられていたのだろうか。だが、それは近所の人と仲よくしている必要がある。
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 挨拶も話もしたことはないが、お互い顔を知っていたという間柄の老女の姿を見かけなくなったとなれば、すぐに病で入院したか、あるいは死んだかと思うのが相場だが、見かけなくなって以降、最初の写真の玄関のすぐ奥が急速に荒れ始めた。まず雑草が増え、植木が倒れ始めた。そうなると、すぐに家は廃墟の様相を呈する。いつまでそれが続くのかと思っていると、晩秋か初冬か、きれいに掃除がなされた。近所の人がやったのではなく、身内の誰かが訪れたのだろう。元のようにきれいなたたずまいになると、また老女は戻って来て住むのかと思ったが、相変わらず姿は見えなかった。それで年が明け、梅が咲き終わった頃、ブルドーザーがやって来て、家を取り壊し始めた。その時の写真を撮ろうかと思いながら、結局すっかり更地になるまで撮影しなかったのは、最初の写真の玄関脇にある松や木蓮の木が輪切りにされて無残にその場に転がされていたからで、家の取り壊しとともに庭の植木も瓦礫扱いとなった。その木蓮はたくさんの蕾をつけていて、もう2週間ほど遅ければ白い花が満開になったが、近所では最も大きな木蓮の木であっただけにさびしい。また、3枚目の写真の左端の窓の上部、屋根下の軒には10年ほど前は藤の木が横方向に伸びて、5月になると紫色の花の房をたくさん垂らしたが、その光景が面白く、筆者は写生したことがある。道路際は日当りがよく、何の植物か知らないが、毎年新芽が勢いよく生える木もあり、春になればその木を見るのが楽しみであったが、それも家の取り壊しとともに姿を消した。この家は玄関付近からしてどこか陰鬱で、また建て増しを続けたためか、道路際ぎりぎりまで建物が出っ張り、小川沿いの道路を歩くと、その家が向こうの視界を遮っているため、向こうから静かにやって来る車に常に気をつける必要があった。部屋がたくさんあったようで、そこにひとりで住むのはさびしさもひとしおであったろうが、高齢になるとそうも思わないのかもしれない。あるいは筆者も同じような年齢になればその女性のことをまた思い出し、同情出来るようになるかもしれない。
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 更地になった写真を別角度から2枚撮ったが、家が建っていた頃は当然撮影していない。それでグーグル・マップで同じような角度の写真をダウンロードして加工した。それが1枚目と3枚目だが、この2枚は同じ年度に撮影されたものではない。グーグル・マップのストリート・ヴューは、撮影された画像が蓄積されていて、経年変化を確認することが出来る。VISTAではそれはなかったような気がするが、WIN7ではクリックひとつで、2,3年置きに以前の写真を見ることが出来る。これはまだ10年分程度しかないが、今後100年、200年と蓄積されるととても面白い。10年程度ではさほど町並みは変わらないが、100年ではどうだろう。これは都市にもよるし、また自然災害がどれだけ起きるかにもよる。大津波で町が流されると、数年後は全く当たらしい町並みが登場する。その点、京都は変化が遅いと思うが、それでも確実に他の日本の都市と同じような建材を使った家が増殖して行く。変化が少しずつなので、誰もそれを否定されるべきこととは認識しない。むしろ地震に強い家屋ということで歓迎だ。それでグーグル・マップのストリート・ヴューでランダムに家並みを見ると、それが京都かあるいは秋田かほとんど区別がつかない。家に寿命があると家も当然同じで、また家のデザインが変わると人の意識も変わる。それがいいとかわるいとかの問題ではない。昔の人と今の人との意思の疎通がうまく行かない場合が多いことを漠然と認めるだけのことで、何かいいことを失った代わりに新しい何かのいいことを得たと納得するしかない。昔はよかったのは確かとしても、常に今もいいことがあり、若い人は昔のいいことは実感出来ずに、今のいいことを肯定するしかない。それが出来ないと不幸で、生きていても楽しくないが、かといって古い過去に戻って生きることは出来ないから、せいぜい古い家屋をリフォームして住み、レトロ感を楽しむだけだ。だが、古い家がリフォームされて若者が住むのはまだよいが、たいていは更地にされてそこに新しい家が建つ。まだまだ住もうと思えば住める家を取り壊し、せっかく手入れがされ続けた植木も全部ゴミとなる。主がいなくなると、植木まで道連れで、人の命の終焉で町の一角の様子が変貌する。そのようにして順番に言えが建て変わり、町の景観が少しずつ違って行く。更地に家が建ち、そこに新しい住民が住むと、以前に玄関近くで夕暮れなどに老女が買物車の蓋を椅子代わりにして座っていたことなど、全く知るよしもない。その姿を覚えている筆者も、ただ覚えているというだけのことで、老女がいなくなり、家が取り壊されたことをごく自然なことと思う。ストリート・ヴューがこの更地の状態を撮影するかと言えば、おそらくその前に新たに家が建つだろう。更地になったので、以前は家が遮っていた向こうの眺めがよく見通せる。そうなると、買物車に座っていた老女やその家が邪魔物であったような具合だが、いなくなる、なくなる、ということは見通しがよくなるという事実であることは確かだ。扉の向こうに知らない世界があり、人間はその扉を次々と開け続けて人生を歩む。そして、いつかその姿が誰にも見えなくなる。
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by uuuzen | 2017-03-24 23:59 | ●新・嵐山だより


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