●『CHICAGO ‘78』その3
が長いのは嫌われるが、その無駄話がぬるま湯のように気持ちがいいということもある。それで今日も長話をするつもりだが、「YO MAMA」の続きをまず書く。本作ではこの曲が始まる前にザッパは曲名を言う。



それが最初の歌詞のフレーズそのままで、「あんたは母ちゃんと一緒にいるべきだ」というものだ。いい年をして親と同居という状態は日本では珍しくなくなっているが、70年代後半のアメリカでもひきこもりの若者が目立っていたのかもしれない。もっとも、そういう連中がザッパの曲を聴くことはほとんどないであろうから、ザッパの皮肉な歌詞は社会に対して一定の効き目があるかとい言えば、たぶんない。ラヴ・ソングが無害であるのと同じように社会に対して威力を持つものではない。そのことをザッパはどう思っていたかだが、少しずつ大統領選挙に打って出ようと思って行ったのは確かで、その裏にはロック・ミュージシャンが社会問題を歌詞に風刺的に織り込んだところで、それは誰にも聞き入れてもらえないという不満を抱えて行ったためとも考えられる。言うだけでは駄目で、実行すべきという意見はどこでも共通あるだろう。だが、それのみが正しい意見というのも間違っている。ザッパは音楽家であり、その音楽によって社会に対する意見を発することは間違いではない。ロックとはそういう考えから生まれて来たものだ。もう少し書くと、ロック・ミュージシャンは芸術家というより芸人で、それは社会からはみ出た存在だ。そういう人々が社会に娯楽を提供するのは世界に共通したことで、また社会の矛盾を時に風刺的に表現することは、暗黙のうちにしろ、認められてもいた。為政者も市民の不満のガス抜きをそうした芸人を利用したのであって、芸人が風刺的でなくなれば、それは社会が危機的な状態にあると言ってよい。つまり、笑いで済まされない暗黒社会だ。だが、日本ではそういう骨のある芸人が乏しいようで、またTVもスポンサーの要請などからそういう芸人がいたとしても登場させない。それは表向きは平和で誰も不満を抱えていないように見えるが、実際は全く逆だ。そういう考えると、ザッパという表現者を持っていたレーガン時代のアメリカは、まだよかったかもしれない。幸いなことにザッパに共鳴する思想が西海岸には根強く、トランプ大統領への批判は健在だが、日本ではザッパがいた時代も今も、ザッパのように言いたい放題の音楽家はおらず、またいても有名にはなれない。それは簡単に言えば、アメリカ型の民主主義が根付いていないことだ。そして、それを日本の美徳と考える人たちが多い。そのため、ザッパの人気あるいはザッパへの理解度は今後も日本には望めないと筆者は思っている。
 話を戻して、「YO MAMA」はヴォーカル・パートが3つのギター・ソロ・パートを包むが、歌詞が意味することとギター・ソロが表現するものとの間に1対1の対応は、聴き手にとってはないと言える。またザッパもそう思っていたかもしれない。どういうことかと言えば、ソロ・パートをほかの歌詞と組み合わせても違和感がないことだ。これは歌詞を除いた音楽は何をイメージさせるかということとは無関係で、音楽は何も意味しないということだ。それを前提に、長大なギター・ソロに、独立出来ない人物を揶揄する歌詞をくっつけたことをどう考えればいいか。つまり、取るに足らない人物の生態を表現するのに、何ともおおげさな音楽を用意したことの不均衡さという滑稽が、この曲にある。それはザッパの考えを理解するひとつの大きな鍵で、ザッパの曲名の「BOGUS POMP」がそのことをよく表している。つまり、偽物を壮大に飾り立てることなのだが、アメリカとはそういう文化の国であって、トランプ大統領もその例に洩れないと言える。ではザッパは自分の音楽が壮麗な偽物と思っていたかどうかだが、そこは難しい問題だ。そのことをザッパに質問したインタヴュアーがいたのかどうか知らないが、筆者が思うに、意味を持つ歌詞のみが重要で、意味を持たない音楽は歌詞より重要ではないとザッパは思っていなかった。ラヴ・ソングは嘘と思いを定めてしまったザッパが、ではどういう歌詞を書けばいいかと考えた時、当然嘘に対する真実を歌うことで、その真実がアメリカの本質という連想によって、自然と政治や社会の愚か者どもへの風刺になった。そのことおから思えば、日本に相変わらず氾濫する若いミュージシャンたちのラヴ・ソングはみな嘘っぱちで、むしろその状態から隠された真実が見え透いているとも言える。そして、筆者はザッパを聴くことに戻るのだが、先に書いたように、ザッパの歌詞は社会を変える力にはならず、一ロック・ミュージシャンの戯言として認識、いや無視されるが落ちだろう。そして、それを熟知していたゆえにザッパは選挙の投票を訴え続けた。
 相変わらず話が長く、いっこうに本作そのものに関する感想に立ち入ることが出来ないが、前回の続きを少し書こう。「YO MAMA」の前の曲は「PAROXYSMAL SPLENDOR」と題されていて、これは直訳すれば「発作性の輝き」で、つまりは即興によるちょっとした聴かせどころという意味だ。その前の曲が「住みなれた小さな家」で、この曲は、主題のメロディの後、キーボード、そしてドラムスのソロが続き、どのステージでも用意されているステージ半ばのメンバーのソロを披露させるためのものだ。そして、同曲が終わった後に、ザッパの声ではないように思えるが、「グレッガリー・ペッカリー」の冒頭の歌詞が唱えられる。だが、すぐに奏でられるのはピアノによるラテン曲「セレソローサ」で、これがかなりまともに続くところ、ザッパはステージ上で踊っているのかもしれない。ザッパがこの曲を演奏するのは初めて聴くが、スタンダード曲なら何でもよかったのかもしれない。「セレソローサ」が終わった直後、その甘美なメロディを否定するようにザッパのギターが鳴り始め、「アイム・ビューティフル・ガイ」が始まるが、まだ歌詞はない。そして昨日書いたように、ギター・ソロは「シーク・ヤブーティ・タンゴ」となるが、アルバム『シーク・ヤブーティ』に収録された同曲も「PAROXYSMAL SPLENDOR」であって、最小のほうはともかく、後半は即興で、最後がどう落ち着くかを考えずに演奏したものだ。そして、その予定調和を無視した一発勝負が、優れた演奏になったので、同曲をアルバム・タイトル曲としたのだろう。そこには厳密にリハーサルをし、計算どおりに事を運ばないことには優れたステージを提供出来ないという、プロとしてあたりまえのこととは別に、それ以上の「PAROXYSMAL SPLENDOR」としての名演を望んだことがわかる。そして、ザッパ・ファンが期待するのはそういう部分であって、本作で最も目立っているのは、「YO MAMA」を別にすれば、「セレソローサ」を含むこの「発作性の輝き」と訳せる曲ではないかと思える。もっと言えば、同曲はザッパの曲としては取るに足らないものに属するが、それゆえに本作の出からし感が拭えない。
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 CDの盤面デザインは、ジャケット写真にあるザッパが奏でるギターのボディの拡大で、それは本作の聴きどころがギター・ソロにあることを暗に伝えている。半年前のツアーからは、『黙ってギターを弾きな』というギター・アルバムの収穫があったが、本作以降のツアーで得られたギター・ソロは量が豊富で、ザッパは後にCD2枚組の『ギター』と題するギター・アルバムを作る。そこで、ザッパのギターの才能が最も光っていたのはいつかを考えると、本作がその答えを提供しているように思う。筆者は1977年がザッパのギターの頂点で、その後は下り坂に向かったように感じている。その最大の理由は、クセノクロニをいう技法を考え出し、ある曲のギター・ソロを別の曲のソロに使うという、いわば「ワン・サイズ・フィッツ・オール」主義で、それはそれで面白いが、唯一無二性は希薄になった。もっと言えば、歌詞を伴う曲が多くなり、それに付随するギター・ソロは歌詞とは無関係の状態で意味を持たないものにますますなって、77年以前とは微妙に質を変えたからだ。「ブラック・ナプキンズ」や「ズート・アローズ」は、ヴォーカルがない、最初からギター曲として書かれた。そのため、完成度が高い。別の言葉で言えば唯一無二性が高い。ところが77年以降はそういう曲がほとんどなくなり、ギター・ソロの技術はますます上達したが、独立したギター曲としての味わいは減る。だが、独立したギター曲が完成度が高いと見るのは、ザッパの曲のひとつの本質を見誤ることでもあるかもしれない。ザッパは完成ということを嫌い、アルバムも曲も中途半端な終わり方をすることを好んだからだ。それがどういう考えに由来するのか、それがわかればザッパの思考の核心がわかるが、インタヴュアーにそのことを答えたのかどうか。
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by uuuzen | 2016-11-20 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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