●芽か花か、目か鼻か
好きと聞くと否定的な印象があるが、自分がどのように他人から見られているかはわからず、物好きの尺度は人によって違う。『何であんな女が好きなのか、あの人も物好きだな』と言われると立腹するが、誰しも他者に対してそのように思うことはあるだろう。



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先日パソコンのVISTAをWIN7にアップグレードするのに、予想以上の長時間を要し、仕方がないのでパソコンの前で、パソコンのすぐ横にたまたま置いてあった柳澤淇園の『ひとりね』をひもといて適当に拾い読みした。その中に遊女との話があって、とても面白かったが、淇園は世の中に何の趣味も持ち合わせずにむさくるしいままで老いて行く人がいて、またそういう男に連れ添う女がることに呆れるといったことを遊女に話すのだが、遊女は自分は肺の病を抱えているが、遊里には無縁のまま一生を終える男を別段否定せず、またそういう男にはそれなりにふさわしい伴侶がいるものだといったことを言う。そして、その言葉を聴いていた他の遊女は、淇園の相手をしていた遊女が先日はむさくるしい男の相手をし、またそのことを嫌がっているようには見えなかったと冷やかす。その後に淇園の遊女論などが続くが、筆者はますます淇園への関心が増し、また淇園と同じ時代に生まれていたならば、面識を得たかったと思う。淇園は遊女を蔑むことなく、讃えているが、そこにはそういう職業にたずさわらずを得なかった事情への同情というより、どんなむさくるしい男の相手でも表向きは笑顔で接するプロ根性に、仏心のようなものを見ている。封建時代のこととはいえ、今でも女性の置かれている立場はあまり変わらないと思うが、淇園の時代と現代とどちらが女性にとってよかったのかと思ったりもする。避妊薬や媚薬の話もあって、そういうものを女に使わせる男は女の先の人生を考えず、文盲であると言っているが、そこには受身の女性への限りない同情がある。また、遊女であっても、明日はどこかの大金持ちに身請けされ、人生が一気に好転することがあり、そうなった時に身体に傷、すなわち子どもを産めない体になっていればどうにもならないので、若い女は悪い男の口車に乗るべきでないと書く。現代で言えば、セックスの快感が深まると言いながら、女に覚醒剤や麻薬を使わせるような男であろう。現代でも体を売る女性がどこかの大金持ちの奥さんに収まることがないわけではないだろうが、江戸時代に比べるとその割合ははるかに少ないのではないか。そう考えると、現代の女性の方が厳しい立場にあると言えるが、男女同権とされて働き場所が増えていることは進歩したと言える。柳澤淇園は56で死んでいるが、『ひとりね』は20代半ばの執筆だ。その早熟ぶりに驚き、現代の20代とは精神年齢があまりに開きがあって、男は江戸時代の方が格好よかったのではないかと思う。ただし、淇園は名門の武士の出で、エリート教育を受けた。そんな境遇では文才に鋭さを見せてもあたりまえかもしれない。そして、その一方で現在の日本の政治家の知性の欠如、馬鹿面を見ると、経済的に豊かになった代わりに醜い人間が増えたことを実感する。頂点に立つ政治家が法律無視のいい加減をやっても平気で、そのことを糾弾されかかると怒って開き直るという醜悪さを、ほとんどの国民が不思議と思わないのであるから、日本全体が醜悪だ。大多数の国民に選ばれている政治家は国民の鏡であり、ザッパが歌ったように、どの国のいつの時代も「DUMB ALL OVER」ということなのだろう。とはいえ、日本はその度合いがひどいのではないか。
d0053294_13424961.jpg 今日は冒頭に「物」の文字を使うことが決まっていたので、何の話題にしようかと思いながら、また連日放送されている話題に関することになったが、題名にあるように、書きたいことは別にあった。一昨日、急にくしゃみの回数が多くなった。目のかゆみは右が多少あるが、まずは鼻がむずがゆい。風風の湯のサウナ室でもくしゃみが出るほどで、深夜2時過ぎに布団の中にもぐりこんでしばらく経ってからも何度もくしゃみをする。それにじっとしていても水洟がたらりと垂れ、パソコンの前は洟汁まみれにティッシュの山だ。去年はどうであったか思い出せないが、3月から4月、そして5,6月頃まで花粉症は続くもので、春の到来の嬉しさの一方で厄介なことを抱えるという思いがある。毎年目のかゆみもあるが、去年秋は右目の視界の半分ほどが真っ黒となり、慌てて眼科に駆け込んだので、花粉症が目に出ずに鼻に出ることを望んでいる。現在のところ、右目だけ多少痒く、その目頭を強くこすることが日に何度かある。それを見た家内はいつも子どもを叱るように怒り、目薬を挿せとうるさいが、ほとんど利かず、また面倒くさいこともあって、そのままにしている。すると、また右目の視界に黒い影が浮かんでいて、去年のように眼球の内部が出血しているようだ。目と鼻が花粉症でやられることは当然あるが、鼻だけに留まってほしいものだ。家内は裏庭の樹木の花が咲いて、その花粉も原因だと言うが、それはないだろう。昨日はひよどりが椿の花の蜜を吸いながら、花弁を盛んに散らしていたが、椿の花粉が風に乗って花粉症を引き起こすとは聞いたことがない。それはともかく、その椿の木に近くに植えてあるグミの木の枝に、昨日はみかんを横半分に切って、切り口を上向きに指した。すると筆者が姿を消した途端、椿にいたひよどりが舞い降りてそのみかんをついばみ始めた。2,3分で全部食べ、また袋ごと飲み込む姿も見えたが、全部食べた後は1分ほどフェンス上でゆっくりしていた。その様子がいかにも満腹になったという感じで、なかなか楽しかった。そのひよどりは寿命が2,3年と思うが、半分に輪切りしたみかんが枝に突き刺さっている状態に初めて遭遇した時、それが食べられるものだとどうしてわかるだろうと家内に何気なく言うと、匂いではないかと応えた。鳥に嗅覚はあるはずだが、人間のように出っ張った鼻ではなく、犬ほどに敏感ではないだろう。それで嗅覚よりも視覚かと思うが、生まれて初めて見たみかんを食べられるとわかるとすれば、それは不思議で、やはり嗅覚か。あるいは目と鼻を使って、初めて見るものでも食べられるかどうかを判断しているか。一方で思うのは、鳥にアレルギーがないのかどうかだ。鳥が花粉アレルギーになると、目も鼻もうまく機能せず、植物の芽も花もよくわからず、死活問題となる。筆者の場合は、ティッシュの山を毎日築き、あちこちでくしゃみを連発するくらいのことで、それはそれで苦闘の日々だが、花粉の飛散が収まるまでは仕方がない。一方の政治屋の悪政は年がら年中で、それで国民はそういうものだと諦めているのだろう。どのような小さな集団でもルールを無視した身勝手はあるもので、それを腐敗と呼んではならないとの意見もあるが、子どもには正直であれと教える大人が率先して悪さをする世の中では、幻滅して自殺する若者が出ても不思議ではない。大人になることは、悪いことをそう思わなくなることだ。ならば筆者は子どものままでいいと思うが、そういう人間を世間は物好きと言う。
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by uuuzen | 2017-03-07 13:43 | ●新・嵐山だより


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