●残り念
念とは念が残ることだが、生きて行くことは念を残すことだ。死んでもそうであるかもしれない。先ほど電話があった。午後10時過ぎの電話とは珍しい。そして、何か不吉な感じがある。



筆者の横で家内が電話を取った。家内も不吉な思いをしたようで、電話を取るのを嫌がった。家内の妹が一番よく電話をかけて来るが、午後8時以降はない。家内は筆者に変わった。枚方のKさんが一昨日亡くなったという。奥さんからだ。Kさんが悪性リンパ腫を患って闘病中であることは3年前から年賀状で知っていた。Kさんは毎年絵はがきで年賀状を送って来る。お年玉年賀はがきをたくさん買って出すというのではないようで、絵はがきの宛名面の下半分に達筆で近況を知らせてくれる。そして、ここ数年は元旦には届かなかったと思う。電話の向こうの奥さんの声を聞きながら、筆者はすぐに思い出した。今年はKさんからの年賀状がなかったのだ。それで10日にようやく筆者は送って来た人たちだけに年賀状を書いて出した。Kさんのことを忘れていたのだ。そう言えば、去年の年賀状をもらった後、筆者は枚方に行こうと半ば決めながら、そのままになった。年賀状から伝わるKさんの様子はそれほど深刻ではないように思えたからでもあるが、1年前に見舞いに行っておくべきであった。Kさんの家にはこれまで二度訪れたことがあるが、地図で調べなければ家の場所がわからない。二度目は5年ほど前であったように思う、初めてKさんの書斎を見た。分厚い政治関係の本が山積していた。筆者にはほとんどわからない著者のものばかりで、Kさんと筆者は政治に関しては共通の話題がなかったも同然だ。Kさんは筆者より10歳ほど年長で、若い頃は梅田の大きな書店に勤務した。それで本好きになったのだろう。体を壊したのかどうか、中年以降は京都でキモノの白生地を売るようになった。どこかから仕入れて来て売るということもしたようだが、作家に下絵を描かせ、それを元に丹後の織元に発注し、オリジナルの商品を作った。だが、バブル時代はよかったが、その後急速に京都の呉服業界は景気が悪化した。それでKさんはキモノ作家の名簿をとあるところで入手し、作家に直接売りに行くことを始めた。そのようにしてわが家にやって来たのが、筆者が30半ばであったと思う。もう30年前だ。Kさんはもう商売にならないと思っていて、もっぱらの楽しみは作家の邪魔をせずに、たまに談笑に訪れることのようであった。筆者はKさんから白生地をいくつか買ったが、ほかの店でも買ったので、Kさんとしてはほとんど儲けはなかったはずだ。わが家に来る時はいつもどこか有名な京菓子を手土産にしたが、筆者もたいていは暇なので、2時間程度の談笑はした。そのうち、KさんはKさんが知るキモノ作家の中で筆者が最も芸術家肌だと言い始めた。本物の作家と誉められたこともある。それは、筆者が全く金のことを考えずに、いつも損ばかりしていることを知っていたからでもあろう。だが、Kさんも根っからの商売人ではなく、むしろ商人を否定していた。膨大な時間をかけて造ったものが、全く雀の涙にもならない価格で売るしかない作家を間近に見ていたからであろう。もちろんその代表は筆者だ。
 Kさんと話したのは数十回に上る。そのため、思い出は多い。とてもここに書き切れない。筆者が感謝するのは、筆者の作品を2点買ってくれたことだ。ひとつは京都市と府主催の美術工芸展で、染織部門で最優秀賞をもらい、また絵画や彫刻、陶芸などの他の部門を含めても、その年は筆者が最高賞を獲得した。そういう記念すべき作品だが、誰も買ってくれる人がないので、手間賃程度にしかならなくても、Kさんが買ってくれたのは嬉しかった。見知らぬ人が買うより、親しいKさんが買えば、いつでもその気になれば作品を見ることが出来る。それにしても、Kさんも裕福というほどではなく、ごく普通の年収であったと思うが、美術作品を買うというのは、よく知っている芸術家を応援しようという義侠心からだ。それだけでも見上げた人で、筆者の数少ない理解者であった。筆者は無名同然で、また筆者の作品は身内からはただでも不要と思われているほど理解がないが、実際は身内に限らない。そういう状態の中、Kさんが筆者の才能を認めるというのは、美術に詳しいといったことではなく、直感だ。Kさんは筆者から見れば美術にさほど敏感ではなく、また知識も多くなかった。だが、名前で作品を見るといったことはしなかった。むしろそういう権威を否定していた。そこは筆者と似ている。Kさんが一昨日亡くなったということを聞き、そして電話を切った後で筆者が真っ先に思ったことは、なぜ年賀状を出さなかったのかだ。10日に送っていれば、Kさんは筆者の近況を知ることが出来た。最期まで意識はあったそうだが、年賀状を書く気力はもうなかったのであろう。だが、読むのは別で、筆者の年賀状が届かないことをさびしく思ったであろう。そのことを想像すると、何とひどいことをしたかと思う。ここ1年は特に多忙な筆者だが、正月休みもなく作業に没頭中で、せめてそのことを病床のKさんに伝えると、筆者が相変わらず頑張っていることを知って、微笑んだのではないか。Kさんには筆者が長年取りかかっている仕事の進捗具合を去年の年賀状では伝えたと思うが、その成果を見てもらう前にKさんは亡くなった。奥さんは電話口で、筆者がKさんの一番の友だちであったと言った。それはKさんの日頃の言葉であったのだろう。Kさんはわが息子の心配もよくしてくれ、また家内がいてこその筆者とも言われた。それは家内を大事にせよということだ。自分のことを理解してくれる人が先立って行くことはとてもさびしい。大切な人とは会える時に会っておくべきで、それを言えば筆者は2年前にKさんに会っておいてよかった。まだ元気な頃の姿が目に浮かぶ。それでいいのかもしれない。Kさん、ぼくはもう少し頑張って自分の仕事をしますよ。
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by uuuzen | 2017-01-25 23:59 | ●新・嵐山だより


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