●郵便不憫
シャリという言葉がある。シャリは米なので、米を断って果物ばかりで生きることを指すのかと思うと、シャリに充てる漢字が別のようだ。ともかく、なるべく物を持たずに生きることらしく、筆者の生き方とはまるで正反対だ。



d0053294_102325.jpgとはいえ、筆者が過剰に持っているのは一般的とは言い難く、その点では変人ということになるが、オタクというのともまた違うと自分では思っている。捨てる物の代表は衣服と思うが、毎年年末か年明けに一年間に受け取った手紙やはがきなどを燃やすという評論家か小説家の話を昔読んだことがある。それが一般的なのかどうか知らないが、ネット・オークションが登場してからは、そうした有名人の手紙やはがきが出品されるようになって、どういう人物に宛てていたのか、また筆跡がどうであったのかがわかるようになって来た。これは以前に書いたが、筆者は3,4年前に富士正晴のはがきを2500円かで落札した。静岡の田舎からの出品で、名前も住所もわかっているが、入金したのに商品は送って来ず、「非常に悪い」の評価をつけてやったが、相手は報復評価をして来なかった。出品はしたが、手元になければ誤って返金すればいいものを、頬かむりして平気な輩がいる。そんな泥棒相手に憤慨する方が損なので、諦めたが、人生にそのように騙されることがままある。そう言えば正月に帰って来た息子が言うのは、以前誰かから金を貸してくれと言われ、10万円貸したが、結局それは戻って来なかった。筆者にはそういう経験はないが、気の弱そうな相手と見ると、そのように借りたままドロンというのはいつの時代でもいる。貸した方は覚えているが、本人はまるでそうではなく、またどこかで借りては姿をくらましている。そんな話を家内の実家の兄の家で先日の2日にしたが、家内の兄も金を貸しても返してくれとは言えないと言っていた。貸したことは与えたことと思うとのことだ。それは金のある者の態度かと言えば、そうでもない。気弱と言う方が当たっている。筆者も30歳頃に数万円を仕事場の同僚に貸したことがあるが、なかなか返してもらえず、何度も催促して怒鳴られながら、投げ捨てるように金を返してもらった。困っているのを助けたというのにその仕打ちはないが、きっとその男はその後何かのトラブルに巻き込まれてさんざんな人生を歩んだであろう。ともかく、筆者は貸したものは返してもらうのが当然と思っているから、何が何でも取り返す。だが、貧乏な筆者に金を貸してくれと言う者はいない。話を戻すと、筆者はよほどのことがない限り、手紙類は保存している。だが、それを見返すことはまずない。それで、溜まる一方の年賀状はいつかまとめて捨てればいいが、そのまま古紙回収に出すのはまずい。それで燃やすに限るが、裏庭で一度紙類を燃やしたところ、近所から苦情が出た。それなのに、すぐ近くの畑ではしばしば枯草を燃やし、その煙が洗濯物についたり、また部屋に入って来たりして大迷惑だが、誰も文句を言わない。畑の所有者は枯草を燃やしてもいいという条例があるのだろうか。ともかく、燃やすことが出来なければシュレッダーにかけるしかないが、そんなサービスをしてくれる店があるのだろうか。それには金も手間もかかり、それでそのまま保存して溜まる一方ということになる。結局筆者が死ねば誰かが処分するが、シュレッダーにかけなければ、誰かが見ることになり、そうなれば、有名人ではないが、ネット・オークションに出ることもあるかもしれない。というのは、個人のアルバムや写真がネット・オークションに出るからで、自分が知らない間に所有物がどのような運命をたどるか全く予想がつかない。
 年賀状や手紙がだんだんと一般的でなくなって来ている昨今、いずれ前述の筆者の心配もなくなって行くだろう。紙を必要としない時代が100年後には訪れ、本も特殊なものとなって、ほとんどの人には縁がなくなっているかもしれない。昨年のクリスマスの少し前、四条河原町近くのある画廊で写真展を見たが、1枚ずつの写真に有名人の言葉が添えられていた。その中で気に入った1枚を投票する仕組みで、筆者が選んだのは、アルヴィン・トフラーであったか、彼の言葉で、それは将来の文盲は本や雑誌を読まない人のことを指すだろうとの予言であった。筆者がかねがね思っていることだ。ただし、その言葉は予測となっていて、それが気に入らなかった。トフラーが言ったことは今ではそのとおりになっていると思う。義務教育が発達しても、江戸時代やそれ以前と同様、積極的に本を読む人の比率はおそらくほとんど変わらない。今は市バスや電車えスマホ画面を見ている若者だらけだが、彼らは文盲と同じだ。文章は読めても思考はない。あっても軽い。つまり、為政者にはとてもつごうのいい時代になって来て、また野蛮が跋扈する時代になるだろう。それは一般人がそれを許すからで、スマホという便利なものが出て来ると、必ずその悪い影響もあることを考える方がよい。スマホの普及率が高まると同時に文字を書くことが少なくなり、郵便が利用されなくなる。もっとも、それはパソコンの普及から始まったが、他の業者が参入することによってますます郵便は肩身が狭くなり、今年の6月にはがきを10円値上げして62円にするという。封書が82円で、ミニレターが62円なので、いずれこれらも値上げするだろう。はがきが62円になれば、年賀状をやめるきっかけにはつごうがよく、来年は今年以上に年賀状の売れ行きが悪化するのは間違いがない。それはともかく、9日は朝の4時ちょうどに家を出て近所のポストにレターパックを投函しに行った。その時気づいたが、ポストに貼紙があり、今月19日に撤去されるとある。嵐山郵便局とそのポストの間にもうひとつあったポストはいつの間にか撤去され、今度はわが家から近いポストまでなくなる。嵐山に引っ越して来て以来利用していたのに、それがなくなるとは残念だ。それだけ郵便物が減っているのだろう。だが、貼紙には土地の所有者が撤去してほしいと言ったと書いてあった。郵便が嫌われているのかもしれない。ポストがなくなると、500メートルほど先の嵐山郵便局まで行くのは面倒だなと思ったところ、貼紙の細かい文字を読むと、阪急嵐山駅前のコンビニ内に小さなポストがあるという。そっちの方が撤去されるポストよりわが家からは近いので、不便にはならないが、大きなポストに投函するのが何となく楽しかったから、それがなくなるのはさびしい。何年か前に「郵便不便」と題して投稿したが、今は「郵便不憫」と思う。文盲ばかりが増えることを前島密は密かにどう思っているだろう。まさかこんな時代が来るとはね。とはいえ、筆者のこんな嘆きは断シャリの槍玉に挙げられる最たるものだ。
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by uuuzen | 2017-01-11 23:59 | ●新・嵐山だより


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