●温泉の満印スタンプ・カード、その6
っとも正月らしくない年明けで、年賀状の束を見ながら、返事がいつ書けるかと思うが、お年玉年賀はがきの抽選が行われる15日までには書くつもりでいる。ブログの投稿が滞っているので、ひょっとすればひとりかふたりくらいは筆者がどうしているかと思ってくれている人があるかもしれない。



だが、そんな甘い考えでこの年まで来たのが間違いの元であったのだろうと、思い直す。中村真一郎の『木村蒹葭堂のサロン』という本を10数年前に読んだが、最も記憶に残っているのは序文だ。有名な小説家であるので、知人や友人が多かったはずだが、中村はその序文の中で、交友の実態をうかがわせることを書いている。そして、どうやらそれがあまり面白くなさそうで、それで理想の交友があった人物、時代として18世紀の日本、そして上方を見定めたという感じだ。これは、見方によれば現実に幻滅を感じ、200年以上も前の日本の文人世界に郷愁を感じているのだが、そういう考えに同調してくれる知友に中村はあまり恵まれなかったのかもしれない。有名人であっても、どこかに孤独を抱えていなければ創作は出来ないだろう。あるいはどこかにではなく、存在全体として孤独と一体化している必要があるかもしれない。交友の幅が広いほど、そして年齢を重ねるほどに、気の合う者とそうではない者とを分別して行くと思うが、気の合う者が周囲にたくさんいても心が満たされることは、創造者にとってはまずない。蒹葭堂は絶大な交友の幅と数を誇ったが、中村はそのことをどう思っていたのだろう。羨ましいと思う反面、蒹葭堂の心中を想像し、ある種同情もしたかもしれない。それはどういうことかと言えば、毎日誰かに会い、楽しく談笑することがあっても、ふとした拍子に満たされない思いが蒹葭堂を襲ったのではないかとその想像で、『木村蒹葭堂のサロン』は中村が蒹葭堂をどのように思っていたかいろいろと想像させる点でも面白い。人はさまざまであるから、中村のような人がいて、また蒹葭堂もいるわけで、誰もが納得する人生を歩めばいいのだが、孤独を必要としながら、それを埋め眼てくれる何かを求め続けるという厄介な存在が人間で、中村にとっては蒹葭堂やその時代の文人の交友が羨ましいものに思えた。それは現代の日本の文壇が面白くないとの意味にも思えるが、おそらく最晩年の中村はそうであったのだろう。筆者は自治会住民の大志万さんからは、誰とでもすぐに打ち解けられる点で珍しい人物だと言われたことがあるが、どちらかと言えば筆者は人間嫌いで、隠遁が好きな方だと思っている。そこで思うのはまた蒹葭堂で、何千人もの交友があった蒹葭堂だが、ある肖像画を見れば、かなり渋面を作っていて、実際は谷文晁による重文の肖像画よりもそっちの方が実像に近いのではないかと思う。文晁が腕がなかったのではなく、蒹葭堂はその肖像画のように朗らかな顔しか文晁に見せなかったということだ。つまり本当の親友ではなかったのではないかと思う。その意味で言えば、蒹葭堂には親友と呼べる人物は数人程度であったと思う。また、ひとりでいる時は案外渋面を作っていたのではないか。となると、筆者も誰かがいると笑顔を作り、親しく話しかけるが、それはあえてそうしているのであって、実際はさして面白くないと思っているかもしれない。あるいは、筆者はめったに人に会わないので、たまに人と会うと、つい人恋しくて話が弾むのかもしれない。それでも誰とでもいうわけではなく、話しかけたくないような人もたまにはいる。
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 終日家に籠って一歩も外に出ない日が多い筆者にとって、多くの人を観察する場所となっているのが、風風の湯だ。ここに週2回のペースで家内と通い、もう受付の全員とは顔馴染みになって冗談を交わす。そして、サウナ室は5、6人しか座れないので、そこでは他者との距離がとても近くなり、話す機会が増える。裸の付き合いという言葉が最もふさわしい場所だ。とはいえ、狭い空間であるので、そういつも親しく話をすることはない。ふたりだけならばいいが、知らない人がいると迷惑になるからだ。それでもそのサウナ室が筆者にとっては他人と親しく話す最大の機会のようになっていて、去年の年末に話をするようになった人もいる。その人は上桂から電車に乗って毎日やって来ていて、休んだのは4年前の洪水の時と、去年12月19日の点検のために温泉が休日になった時くらいで、オープンした頃からの常連だ。最初はあまりに人が少なく、すぐに潰れると思ったらしいが、今では多い時は20人、30人と入っているから、嘘みたいに人気が出たと言っていた。だが、それでも大浴場に筆者ひとりという時間があるので、他のスーパー銭湯などに比べると桁がふたつくらい少ない人しか訪れない。その上桂から来ている男性は若い頃は上京区の千家のすぐ近くに住んでいたそうで、仕事のためか何か知らないが、田舎の上桂に転居した。家は昔のままだそうで、筆者の知る限り、明治の趣を残す家屋がいくつかあって、そのうちの一軒かと思っているが、あまり立ち入ったことは訊かないようにしている。痩せ型の70歳くらいの人だが、昔のことをよく話してくれて、その中で印象に強かったのは、京都の空が毎晩天の川が見えたという星の多さだ。それは筆者も知っている。昭和30年代の京都市内の夜空はそうであった。それが大阪の夜との最大の違いで、筆者は京都の夜空の星の多さをよく覚えている。京都を大阪のように星のない夜にしてしまったことは、冒涜だとその男性は憤っていたが、今では夜はイルミネーションで明るくし、少しでもお金を使ってもらおうと自治体は考えている。人間がいじましくなって来たのだ。夜は暗いのがよいという考え方は頭がおかしいと揶揄されるが落ちで、大多数の意見が正しいとされる。ともかく、その男性とは割合話が合い、少しずつ話をするようになっているが、毎日来ている人はそのほかにも筆者の知る限り、つまり同じ時間帯に利用する人はもうひとりいるが、その人とは馬が合いそうにないので話しかけない。というのは、その人がサウナでよく話をする70代のある男性との会話を聞いていると、ゴルフの話か車の話で、筆者にはさっぱり関心がない。とはいえ、その70代の男性とは1か月ほど前から挨拶を交わし、またサウナで話すようになっていて、考えてみれば筆者が風風の湯を訪れる客の中では最も知り合いが多いかもしれない。ということは、大志万さんの言うことは当たっていて、筆者は誰とでもそれなりに話せるのだろう。だが、そのことと人間好きであるかどうかは関係がない。大志万さんは主婦で油絵を描いていて、誰とでも親しく話をするというより静かにひとりでいることが好きなように見えるが、先に書いたように、創造する人はだいたいそうで、またそうであるべきだ。それで、自戒の思いを込めてわが身を振り返るべきかと思わないでもないが、人付き合いと創造の関係はそう一筋縄では行かない問題で、他者とそれなりに交わった方が創造へのバネが得られそうな気もしている。とはいえ、もう60半ばとなると新しい出会いはほとんどない。知り合いは亡くなって行く一方で、年賀状の数が毎年少しずつ減少している。それに、サウナ室で話すといっても、筆者の関心事に関心を持っている人に出会うことはまず不可能で、あたりさわりのない話に終始する。ゴルフや車の話に留めておくのがよいということだ。そう思うと、中村真一郎が蒹葭堂に興味を抱いたことが実によくわかる。さて、今日は初めて風風の湯に行き、新しいスタンプ・カードをもらった。去年のクリスマス頃に満印になっていたが、せっかくの割引の機会を利用しない手はないと考え、スタンプを写真にあるようにピンク色の付箋に捺してもらっていた。その理由を説明するのが面倒なので、詳しく書かないが、サービスを最大限に有効利用したためで、スタンプを順に捺すのではなく、使えるサービスを残した状態で空欄に捺してもらえるのだ。当初はそうでなかったらしいが、今ではそういうきめ細かいサービスをしてくれるようになっている。それはともかく、今日も当然露で曇った大ガラスに直径1・5メートルの円相を描いた。これでいいのだ。○
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by uuuzen | 2017-01-04 23:59 | ●新・嵐山だより


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