●ムーンゴッタ・2016年12月
倒くさい思いは書き手だけではなく、読み手にもある。義務教育で文字を今では誰でも学んで覚えるが、人生においては読むことよりも圧倒的に話すことが大事で、文字を読めなくてもあまり困らないのではないかと思う。



文字が読めないことを恥じる人は別として、読めてもほとんど読もうとしない人が大勢いて、彼らは文盲同然と筆者は思うが、人間は話すことが出来ればだいたい事足りるものであるから、文字が読めない、あるいは読みたくない人をさほど謗ることもないだろう。本屋に一泊して好きな本を思い存分読めるという体験が最近いくつか実施されたが、それほどの本好きがいることを、本を読もうと考えたことのない人にはわからない。そんなことに時間と金を使うのであれば、おいしいものを買って食べた方がましと考える。それを本好きは侮辱するかもしれないが、人間はいろいろで、本などこの世に一冊もなくても全くかまわないと考える連中はいる。つまり、人間はさまざまで、誰もが誰もと話し合って理解出来ることはあり得ない。それでというのではないが、義務教育がある国、あるいは時代と、そうではない国、時代と比べてどちらがいいかとは断言出来ない気がする。人間は文字を読めなくても、話すことが出来れば充分で、また、難しい言葉を使う必要もなく、生存に関係する最低限の語彙でいいように思う。野鳥のさえずりを聴いたり、見たりしているとそんなことを思う。文字を発明したことで人間の退化が始まったと考えてみることも大切ではないか。それはさておき、こうした文章を読む人は文字を読みたい人、読むことをさほど面倒と思わない人であるから、自然とそういう人が面白がるようなことをなるべく書こうかという気にもなるが、人間さまざまで、文字は読めても行間から滲み出る人柄のようなものを理解出来ない人がいて、必ず誤解が一部に生じる。それは書き手の文章のまずさのせいでもあるが、読み手の読解力のない場合もある。ま、そんなことを考え始めるとそれこそこうして書くことが面倒になるが、誰も読んでいないと思うことにすれば、多少は気が楽だ。実際はこのブログを誰か毎日読んでいるが、誰が読んでいるかは筆者にわからないから、それは筆者にとって誰も読んでいないと同義で、ブログを続けて来て10数年、今では訪問者数に全く関心がない。そう思えるようになったことは、この10数年の成長か退化かと言えば、よくわからない。
 ブログの投稿をしなくなって1か月以上経つが、たまに1日の訪問者数を確認すると、投稿していた時の半分近くに減っている。忘れ去られたということで、それは当然だ。そのことからわかるのは、死者は生きている人にとって関心がさほどないということだ。筆者は死んでいないが、ブログの読み手にとっては、1か月以上も投稿がないのは死んだも同然で、いつかこのブログの投稿をやめようと思っていたことの一種の予行演習を今は行なっている気分で、以前思っていたよりもたいしたことではないと思えるようになった。つまり、言い換えると、実際に死ぬこともどおってことないという思いでもある。そういう年齢になって来ているからでもあるが、死ぬ時は誰でも死ぬのであるから、死についてくよくよ考えても仕方がない。おそらく高齢になると生きることがかなり面倒だなと思うように身体のどこかにスイッチがあるはずで、そういうことを考えるほどに筆者も高齢になって来た。生きることが面倒ならば、こうして書くこともそうで、読み手にどう思われてもかまわないという、悟りではなく開き直りに似たような思いも芽生えて来る。どう思われてもかまわないというのは、まだ自惚れが強い証拠で、本当に他人からどう思われてもかまわないのであれば、他人という意識を失うだろう。そして、高齢になるほどそうなる。若い頃はお洒落をして異性の目を引きたいと思うが、高齢になるほど、他者に関心が向かない。それで、このブログに戻ると、筆者と同世代はほとんど読まないのではないか。他人に関心がなく、また面倒臭いことは避けたいからだ。読むことに慣れている人でも、他者の文章を読んで多少でも心に波風が立つと、それが面白くない場合がままあるだろう。そんなことを想像すると、筆者も途絶えているこのブログをさほど気にせずに、そのまま自然と書かなくなって行くことがいいのかもしれない。それはさておき、今日は満月の日であるのに、朝から雨で、諦めていた。ところが昼間の天気予報を見ると、深夜に雨が上がるという。筆者は毎日就寝は深夜2時過ぎだが、今は1時半で、区切りもいいのでもう寝ようと思うが、3階の窓辺にいて、満月が気になった。日中でもカーテンを下ろして真っ暗な部屋にしてパソコンに向かっているので、外の様子はもっぱら音で知るが、そう言えばさきほどからもう雨の音がしなくなった。窓を開けると冷たい空気が一気に入って来て、くしゃみが出そうになるが、スリッパを履いてベランダに出ると、何となく満月が出ている気がした。それで頭上の真上を首をうんと上げて見ると、風で流される雲の間に満月が見えた。5枚ほど撮影し、1枚だけまともに写った。それほど雲の動きが早く、筆者のオンボロのデジカメではシャッター速度が追いつかない。つまり、雲の合間に真ん丸の月が見えた瞬間にシャッターを押すと、必ず満月は雲に隠れて見えない写真となる。その2,3秒の時間差を考えて撮り、うまく写ったのが今日の1枚だ。雨で満月は見られないと朝は思っていたのに、寝る寸前に見えた。その嬉しさを伝えるために今日は久しぶりに投稿することにした。誰も読まないが、満月は読むかな。まさか。
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by uuuzen | 2016-12-14 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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