●『WHO THE F*@% IS FRANK ZAPPA ?』アレックスのメール53
どく切羽詰った日々が続くので、ブログの投稿が気になりながら、何日もそのままになる。何日に何を投稿するかはそこそこ覚えているので、暇が見つかった時に書くつうもりでいるが、たまる一方の写真と書くべきことで、何日に投稿するのかもうわからなくなっている場合がある。



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簡単なメモをしておくだけで済む問題だが、その簡単なことが出来ないほどに毎日焦っている。そう言いながら、次の作業に取りかかる時にその気になれない時がままあり、暇はそれなりにあると言えるが、そういう時にブログを書く気になれない場合がほとんどだ。今日は中途半端な時間が見つけられ、また書く気にもなった。そこで、先日の1日にアレックスから届いたメールについて書く。特別に重要な内容は何もなく、その点も書く気になった理由だ。今月の7日がアレックスのプロジェクトに賛同した人たちへの見返りの品についての情報をアレックスに伝える締め切りとなっているが、83パーセントの人たちがすでにメールを返信したとある。筆者は即日に伝えたが、発送が締め切りの7日以降のいつになるかは今回のアレックスのメールにも書かれていない。前回にも書いたように、筆者はあまりそれらの品物については期待していない。そして、これは4日にザッパ・ファミリー・トラストから再度ジュリアンズ・オークションについてメールが届いたが、結局そのオークションに参加しなかった。入札しなくても会員には無料でなれたはずで、会員になれば落札価格もわかったが、前回筆者が言及した品物がいくらまで値上がりしたのかはわからない。カル・シェンケルが作った『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』のアルバム・ジャケットに写るオブジェは、3日に確認した時は5000ドル近くになっていたと思う。たぶん日本円で100万円ほどにはなったのではないだろうか。100万では安いと思うが、60年代にザッパ・ファンになった人は今は70近いはずで、社会的に成功したそうした高齢のザッパ・ファンは100万程度なら喜んで出すだろう。誰が落札したのか、ザッパ・ファンであればいずれその人からネットに向けて報告があるかもしれない。また、3日に画面を確認すると、予想どおりと言おうか、ディーヴァのニット作品はほとんどが入札がなかった。最終日に入札があったとしても、ほとんど最低価格ではないだろうか。ザッパ・ファンはザッパの音楽が好きなのであって、アーメットやディーヴァの作品には関心がないのが実情だろう。それはともかく、ザッパが長年暮らした家やその間に蓄積された家財が競売にかけられ、これで残るは未発表音源のみとなって、何となく筆者はさばさばしか気分だ。ザッパの家がそのまま残されてザッパ博物館にでもなればよかったが、子どもたちはそのつもりがなかったようだ。それには大金が必要でもあったからだろう。せめてザッパが生きていた間、家の中を隈なく撮影した映像が撮られていればよかったが、断片的にはあっても、迷路のように建て増しされた家のすべての部屋がどうなっているかはわからない。そう言えば、昔サイモンさんがわが家にやって来た時、ザッパ家の居間の平面図を描いてくれた。残念ながら、その図を見ても筆者は全くぴんと来なかったが、それほどに当時はまだザッパ家の内部の写真はあまり公表されていなかった。また、何枚か見ても、それらを頭の中で合成して本当の部屋の様子を想像することは難しい。それでやはり映像がいいのだが、アレックスは自作のドキュメンタリーではザッパ家の内部の映像を使うだろうか。ザッパは人生の半分をツアーに過ごし、もう半分の半分くらいはスタジオの中にいたから、大きな家に住んでもそのすべての部屋をファンが知る必要はないかもしれない。ザッパは家庭向きではなく、仕事中毒であったから、ザッパを思い出すには住んだ家などどうでもよく、音楽を聴けばいいということだろう。子どもたちはそのように考えて家や家財を売りに出したのかもしれない。
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 さて、アレックスのメールはハロウィーンに際してのものでもあった。そして、ザッパが生涯いかにハロウィーンと関係が深かったかを書いている。その代表は「バーキング・パンプキン・レコード」のロゴマークだ。これはザッパの6,70年代とは関係のないものだが、一方でアレックスはザッパがハロウィーンと縁が深かったことを、「トリック・オア・トゥリート」のEPジャケットにも表わされていると言う。だが、このイラストは海賊盤に使われたもので、ザッパの正式なレコードのものではない。それでも有名なもので、ザッパ・ファンはみな知っている。アレックスがその話のつながりで書くのは、1977年のニューヨークでのハロウィーン・ライヴの映像だ。これはDVD『ベイビー・スネイクス』にステージの様子が収録されていて、ザッパとしても自慢の出来であったのだろう。筆者もこのライヴはハロウィーンと言えば最もよく思い出すが、その中でも最後辺りの「ブラック・ナプキンズ」や「マフィン・マン」だ。76年のライヴとは大いに違って、疾走感が凄まじい。モーツァルトの交響曲40番を例に挙げるのは場違いかもしれないが、同じような一種の愉悦のある悲愴感のようなものが漂っている。そう言えば、モーツァルトもザッパも、生涯休むことなく仕事をし続け、ふっと消えるように世を去った。アレックスが77年のハロウィーン・ライヴを思い出したのは、ザッパ・ファンとしては全く正しく、筆者と同じような感慨を抱いているのではないかと思う。話が前後するが、アレックスのメールで最初の話題はアメリカの大統領選についてだ。これまたハロウィーンと同じくザッパを思い出すよすがとなるもので、その意味で今年はザッパを二重に思い出すが、新譜が3枚同時発売されることと併せて、今年の秋はザッパを思い出すにはめったにない記念すべき時機と言える。ザッパは共和党のニクソンやレーガンをこきおろしたが、トランプ候補についてどう意見したか聞いてみたいものだ。だが、このトランプという人物は、ザッパが言ったように、政治は娯楽のひとつとうことを全身で体現しているようで、濃いキャラクターであることは間違いない。それがいかにも共和党向きで、ザッパのおちょくりを知ることが出来ないのがさびしい。今のアメリカにザッパのような風刺のきつい、また笑いをもたらす音楽家がいるのだろうか。アレックスもきっと同じことを思っているだろう。それで、ザッパが恋しいということになるが、アレックスは、ザッパは「バーキング・パンプキン」のロゴで1年の間365日を暮らしたと書き、ザッパにとって毎日がハロウィーンであったように言うが、これはザッパ・ファンが毎日ザッパを思うということを一方で念頭に置いての意見だろう。それでもザッパにとっても、ファンにとっても、ハロウィーンはやはり特別で、普段以上にザッパを思い出す。だが、渋谷で仮装する若者たちの何人がそのことに同意するだろう。
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by uuuzen | 2016-11-06 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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