●「FRAN ZAPPA 1968-1973 FREAK JAZZ, MOVIE MADNESS AND ANOTHER MOTHERS フランク・ザッパの軌跡」
を徹して仕事をしたのは本当に久しぶりで、それほど切羽詰っていた。今日ヤマハの河合さんからザッパのドキュメンタリーのDVDが届いたが、通算3枚目になる。最初に届いたのは今年の春で、感想を求められた。



2枚目は9月中旬で、字幕入りだが、それを確認してほしいということだ。春に字幕なしの盤が届いた時、二回に分けてざっと見たが、ボーナス映像を含めて3時間近い作品だ。しかもザッパの69年から73年までの仕事に焦点を絞った濃い内容で、この調子でザッパの全生涯を網羅するとなると何巻のDVDが必要かと思ったものだ。一度だけ、しかももちろん字幕なしであったので、どういうことを語っているかは正確にはわからなかったが、珍しい映像をふんだんに含み、またザッパと一緒に仕事をした当時のメンバーへのインタヴューやベン・ワトソンなどの批評家の意見が矢継ぎ早に発せられ、非常に濃い内容であることがわかった。そのようなことを河合さんに伝えると、社内でも同じような意見だとのことであった。だが、それ切りで、日本盤が出るのか出ないのかはわからなかった。おそらく協議を重ねたのだろう。そして発売することが決まった。昨日書いたように、ザッパのドキュメンタリーは『EAT THAT QUESTION』が発売されたばかりで、昨夜アメリカの大西さんからのメールによれば、イギリスでも同作品は映画として上映されたという。ならば日本も思いたいところだが、これも昨日書いたように、日本でのザッパの知名度からしてDVDの日本盤も出るかどうか怪しいかもしれない。大西さんはDVDも買ったようで、いい内容だとのことだ。筆者は慌てて買う必要はないと思っていて、しばらくしてアマゾンで安価になれば買ってもいい。それに一方ではアレックス・ウィンターが未公開の映像を中心にしたドキュメンタリー映画を製作中で、こっちは資金繰りが問題でいつ完成するのかわからないが、決定的なものをアレックスは考えているのだろう。それはさておきて、今日届いた『フランク・ザッパの軌跡』と邦題がつくDVDはイギリスの監督がまとめたもので、筆者は先月知ったが、ほかに2作のザッパのDVDを制作してすでに発売している。3作のうち、最も星印がたくさんついているのが本作で、河合さんもまずはそれを出してもいいかと思ったのかもしれない。他の2作は本作以前のザッパの活動を取り上げたもので、ザッパの活動ではオリジナルのマザースを最もよいと思っている人向きかもしれない。シリーズで撮ったのであれば、今後73年以降のザッパを取り上げるかどうかだが、何となくそれはないように思う。73年まででザッパの本質が出尽くしたと監督は思っているのではないか。そのことは本作を見ればわかる。73年のザッパはファンクに関心を持つが、それ以降はよりコマーシャルになって、特筆すべき大事件や大変革というものがない、あるいは73年までに比べて劣ると見るのは、だいたいのザッパ・ファンの一致した考えではないだろうか。筆者がざっと調べたところによれば、第2作はザッパがマネージャーのハーブ・コーエンとともにふたつに独立レーベルを作ったことに焦点を合わせている。そのふたつのレーベルからザッパはいくつかのグループのアルバムを出したが、日本では彼らに関しては知名度が低い。それもあって、その第2作はザッパ・ファンの中でもかなりの玄人に向く内容で、日本語版を出しても売れ行きにはかなり限界があるだろう。大西さんは3枚ともすぐに買ったようで、その感想は彼のブログに以前書かれたが、河合さんはどう思っているのかまだ筆者は訊いていない。今春に本作が筆者に送られて来たことは、3作の中で最も評判がよいことと、またイギリスから発売しないかとの打診があったのかもしれない。河合さんと電話で長話をしたところでは、『EAT THAT QUESTION』やアレックスの作品など、ザッパに関するドキュメンタリー作品が今後続々と発売される見込みがある中で、いち早く本作を出すことが好ましいとの判断のようだが、それぞれのドキュメンタリーは切り口が違い、比較のしようがない。つまり、ザッパ・ファンならばどれも見る必要がある。あるいはこれからザッパを聴こうとする人にとってはなおさらそうだと言える。筆者は『EAT THAT QUESTION』を見ていないので、何とも言えないが、同作はザッパの全活動期間を対象にしていて、本作と比べるとより概説的な内容ではないかと思う。ということは本作以前にそれを見るべきということになりそうだが、まずは概略を知って細部に進むというのではなく、ザッパの場合、まずは細部つまり部分から立ち入って他の細部の探索に移る方がいいように思う。それは筆者がそのようにして昔から聴いて来たからだ。
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 筆者が最初にザッパの演奏を聴いたのはジョンとヨーコとのニューヨークでのフィルモア劇場での共演だが、ジョンとヨーコの歌声に挟まれる形でザッパのマイナー・ブルースのギター・ソロが奏でられ、そのメロディのこれまで聴いたことのない響きにたちまち関心を持った。そして、ジョンとヨーコのそのアルバムの内袋が、ザッパとマザーズのアルバムのジャケットに赤のマジック・インキで加筆したデザインであることを知り、その元となるザッパとマザーズのみのフィルモア劇場でのライヴ・アルバムをその後買った。たぶん2,3か月は経っていたと思うが、半年ほど後には手に入るザッパのアルバムは輸入盤で全部揃えた。つまり、ザッパの音楽に開眼したのは73年で、同年の『興奮の一夜』はそれ以前の全アルバムを聴いてから、心待ちにしてそれだけを買った。その後は発売されるLPごとに買ったが、筆者がまとめてザッパのアルバムを買った72年は、とにかくザッパの音楽のあまりの多様性に目がくらむ思いがしたものだが、最も印象に深いのは、前述したフィルモア・イーストでのライヴ盤と、72年の『ワカ/ジャワカ』で、その2枚の間の一種異様な断絶に、同じミュージシャンがこれほど違う音楽を短期間で成し遂げられるものかと目を回した。その時の思いはおおげさに言えば筆者の生涯の中でも10本の指に入るほどの驚きで、筆者にとってのザッパに魅せられた原体験となっているが、ちょうどその頃のザッパの活動を中心に描いたのが本作で、筆者はその解説を依頼されながら、運命的なものを感じたと言ってよい。筆者でなくても誰でも同じような解説は書けるが、当時のザッパをリアルタイムで聴いていた者が担当することは、本作の趣旨には合うと思える。というのは、本作のインタヴューに登場する連中は当時のマザーズのメンバーと、当時筆者と同じようにリアルタイムで聴いていた人物たちであるからで、それに合わせるのであれば、筆者のような世代のザッパ・ファンが解説を書くことが望ましい気がする。
 河合さんから先月電話があった時、解説の執筆以外に字幕の監修もお願いされた。それはザッパに関する専門的な言葉を補うとか、決定的な誤訳を訂正するといった役割だが、最初は簡単に思っていたのに、届けられた字幕の文書と、そして英語の聞き取り文書を見比べると、たちまち自分で全部訳そうという思いがむらむらと湧いて来た。字幕の数は全部で1700画面ほどであったと思う。1画面当たり2行で、1行当たり最大14字とのことだ。だが、ひとまず出来上がっていた字幕を見ると、稀に15や16字もある。字幕というものが、英語のニュアンスを把握して直訳すべきでないことくらいは筆者もよく知っている。1700もの字幕があるということは、普通の激映画とは違って、全編が語りで埋め尽くされている。そして、ザッパ・ファンにしかよくわからない固有名詞がよく出て来る。もちろんザッパ・ファンでない人、英語がよくわからない人が見ても楽しく、またザッパの音楽性がよくわかる翻訳が理想で、劇映画の字幕のように、1,2秒で2行が全部読めるものが好ましい。筆者に届けられた字幕はその点、かなり手慣れたプロの手によるものであったが、痒いところに手が届くというものではあまりなかった。とはいえ、字幕の仕事をしたことのない筆者にはなかなか骨の折れる仕事で、英語の意味がわかってもそれを28字以内に収めるというのは、まるで曲芸をするような感じで、最初はなかなか慣れない。少しずつペースは上がったが、慣れて来た頃に仕事が終わって、しかも河合さんに無理を言ってギリギリ締め切りまで待ってもらった。何日要したのか記憶にないが、たぶん1週間ほどかかり、最終日は徹夜した。訳したはしたが、筆者の訳で意味が通じるかどうか心配な箇所があったのは事実で、たとえば前述のフィルモア・イーストでのライヴ盤でマーク・ヴォルマンが街で娘に声をかける語りだ。街角に立っている若い女を引っかけるために男つまりヴォルマンが冗談で話かけるのだが、おっぱいが小さ過ぎるあまり腹が出っ張って見え、妊娠しているのかと思ったと言う。だが、ヴォルマンの語りはそのように露骨ではなく、ほのめかしで、それはなかなか意味を汲み取りにくく、筆者に届けられた字幕もそこは意味を取り違えていた。そのため面白い訳になっていなかったが、実はそのヴォルマンの語りはヴォルマンの典型的な冗談として例が示されていて、どこが面白いのかを翻訳は伝える義務がある。ザッパは「ペニスの寸法」という曲の歌詞の中で、若い女は自分のおっぱい、男は自分のペニスの大きさを心配していると書いているが、その曲と先のヴォルマンの街角の女に話しかける言葉は関連している。街角に立つ若い女はおっぱいが前に大きく突き出ているのがいわば当然であるのに、中にはそうでないペチャパイ女がいる。そんな女をヴォルマンはからかって腹の方が出っ張って妊娠しているみたいだと言うのだが、女にとってはとんでもない屈辱的な言葉だ。だが、ヴォルマンはそれが平気で、そこにヴォルマンの独特の個性があるとの見方だ。
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 それはともかく、以上のことをわずか28字でわかりやすく伝えるにはどうすべきか。このブログのように何行でも使えるのではなく、一瞬で画面は変わる。その一瞬に長い場合は1時間ほども頭を悩ませた。そしてそんな字幕が1700もある。しかも、届けられた英語の聞き取りに間違いがあり、それを映像で確認しながら、何を言っているのか知る必要もある。英語の間違いというには、フランス語の単語であったためで、そこまで聴き取りをした人にはわからなかったのだろう。また固有名詞がいくつか出鱈目な英単語になっていたが、そういうところは筆者に届けられた字幕は訳さずに無視していた。1行14字という制約がもともとあることは、わからない言葉は無視してもよいという隠れ蓑になる。だが、筆者はすべての単語をまずは正確に把握し、可能な限り、省略せずに訳した。解説にも書いたが、そのことでかなり堅苦しい訳になったかもしれない。だが、せっかくの情報満載のDVDで、わずか1回しか出て来ない単語の中に多くの含蓄がある場合がある。ザッパの音楽となればそのように考えるべきで、それほどに奥が深くもある。翻訳の話が長くなったが、インタヴューとその合間のナレーションはうまくつながって無駄がなく、ザッパがどのようにして世界的人気を獲得して行くことになったかをわかりやすくまとめている。ザッパの長年のファンに限らず、これからザッパを聴こうとする人に多くの示唆を与えるはずで、こういう作品がイギリスで制作されたことに納得が行く。ベン・ワトソンはザッパについての分厚い本を出したことがあり、またジャズや現代音楽にも造詣が深いので、本作での発言は他の人物とは違ってハイブラウだ。そういった人物の個性の差が映像とともに見えるとこも面白い。本作で最も重要なのは、最初に姿を見せるマーク・ヴォルマンで、筆者は彼の才能を非常に高く買うので、なおさら本作を見ていて胸に迫るものがあった。ザッパはヴォルマンから、その後の世界的人気獲得の大きな糧を得たと言っても過言ではなく、よくぞヴォルマンが生きている間に本作が作られたと思う。ザッパの名声は100年後も残ると思うが、その時、本作の価値は無視出来ないどころか、かなり大きくなっていると思う。本作をまず見て、本作で取り上げられているアルバムを聴き、そしてオリジナル・マザースに遡るか、74年以降のザッパを聴くかすればよい。
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by uuuzen | 2016-10-21 23:34 | ●新・嵐山だより(特別編)


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