●琵琶湖大橋を徒歩でわたる、後編
Gだと言われることは間違いないので、家内には琵琶湖大橋を歩いてわたるとは言わなかった。9月下旬ともなれば暑さもましになるのでいいが、直射日光下では摂氏40度近いはずだ。



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外出時には茶を入れた水筒を持参するが、18日はそれを少しずつ飲みながら、琵琶湖大橋西詰めの大型スーパーのフード・コートで小さな紙コップ4杯の冷水を飲んだ。喉が渇いたと感じた時には熱中症のなりかけらしく、前もって水分を補給しておくに限る。さて、琵琶湖大橋をわたる気になったのは、昨日書いたように佐川美術館に行くのに便利であるからで、車でなければ守山駅からバスに乗る必要があるが、それが億劫で、ここ数年行っていなかった。それに往復が同じルートでは面白くない。計画した場所をなるべく同じ道を通らずに回る方が旅の情緒が高まる。琵琶湖大橋の長さ1.4は、筆者がよく歩く松尾橋の何倍かと今調べると、松尾橋は約200メートルで、その3往復半に相当する。これは意外であった。せいぜい往復半ほどと思っていた。渡月橋が松尾橋より数十メート短いことは実感しているが、琵琶湖大橋は歩いてわたれる橋では破格の長さだろう。わが家から松尾橋東詰めの梅津までほどの距離で、そう考えると琵琶湖大橋を歩くことは苦にならない。それどころか、橋の上から琵琶湖の風を感じ、景色を眺める楽しみもある。実際は風がかなり強く吹き、家内の日傘は吹き飛ばされそうであった。それでも陽射しの方が強いので涼しさは感じない。また眺めはいいが、守山に向かって歩くと、右手は車道で見るべきものではなく、常に正面か左手つまり北側を見る。そして、水平線以外には遠くに沖島が見える程度で、かなり殺風景だ。南側の風景を見るには反対側の歩道を歩けばいい。筆者は佐川美術館に近いそちら側を歩くつもりでいたのに、橋に至るまでの歩道を歩き始めたのが北側で、車が頻繫に走る道を横切って南側にわたることを諦めた。信号があれば待ったがそれはなく、また中央分離帯で阻まれてもいた。それでそのまま昨日の最初の写真の橋の西端に着き、そのまま橋の歩道に入った。だが、結果的には橋の北側の歩道を歩いてよかった。これは厳密に言えば、北側の橋の歩道で、橋の車道は一方通行で、2本の橋が平行して敷設されている。
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 それはひとまずおいて、北橋の歩道は南橋のそれより幅が倍あり、その分、後方や前方からやって来る自転車にさほど注意する必要がない。なぜそんなに差があるかと言えば、琵琶湖大橋は最初は南橋が昭和の東京オリンピック頃に出来た。それには2車線の車道と、その両側に歩道があった。もちろん現在もそうだ。南橋の幅は松尾橋と同じくらいで、歩道は大人ふたりがどうにか肩を触れずに擦れ違うことが出来る程度の幅しかない。現在の松尾橋の最大の難点は歩道の幅が狭いことだ。そのためもあって自転車で走ることは禁止されるようになったが、それを守る人はほぼ皆無だ。歩道を自転車でやって来る人があると、欄干か車道際に体を縮める感じになる。琵琶湖大橋はその後、2車線では少ないという案が出たのか、もうひとつの橋を平行して北側に造ることになった。出来たのは20年ほど前で、筆者らはそちらの歩道を歩いた。その理由は前述のようにたまたまで、佐川美術館に至るには、橋をわたり切ってから北南の橋の幅を横切る必要があることを想像したが、実際そのとおりになって、橋の東詰めからさらに100メートルほど東へ行ったところにある交差点で長い信号を待って南側にわたった。後から出来た北橋は、南橋が守山から堅田への一方通行になったのに対し、最初から堅田から守山行き専用とされ、ふたつの橋で4車線となった。ただし、北橋は南橋とほとんど接していて、その接した部分に北端に歩道を造る必要はない。また北橋が出来れば南橋の北側の歩道も不要となるから、北橋が出来た段階で南橋の北側の歩道は使用禁止となった。そのことは図示すれば一目瞭然だが、つまり琵琶湖大橋の歩道は4車線の中央と、左右に計3本あり、中央の歩道は車が往来する車線を横断せねば使えないから、使用禁止となるしかなかった。北橋はその使用禁止となる歩道に接して造られたので、最初から南側に歩道を設けず、その分、北側の歩道を倍の広さにした。これは琵琶湖大橋全体としては調和が取れておらず、不格好だが、最初に造った南橋の北側の歩道を撤去するには無駄な工事費を要するし、撤去する理由もない。また、後に北橋を造って合計で4車線にすることが最初からわかっていたとしても、当初は橋の両側に歩道は必要であった。それはともかく、南橋の南側の歩道からは、琵琶湖の南方が見える。それは北の景色とはかなり違って、浮御堂も見える。そのことは何年か前、息子の車で堅田方面に走った時に知った。それはいいとして、琵琶湖大橋をわたる前に筆者が想像した眺めは昨日の4枚目で、水平線で上下二分した写真を撮りたかった。それは水平線以外に何もないことが理想だが、写真のようにヨットやボートが入り込んだ。またそれはそれで琵琶湖らしくていい。同様の写真は遠くに建物が写り、人工的な景色が広がる南橋からでは無理だろう。
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 出かける数日前に琵琶湖大橋をレンタ・サイクルでわたることが出来ないものかと調べると、橋の東詰めを少し北に行ったところの新しい施設に店があることがわかったが、筆者が乗りたいのは西の堅田からだ。堅田駅の近くにも貸してくれる店を見つけたが、借りた場所に戻さねばならない。ということは、佐川美術館を見た後、また堅田に帰ることになって、それでは近江八幡に行くことが不便になり、結局レンタ・サイクルは諦めた。自転車があれば琵琶湖大橋をわたることはさほど苦にならないかと言えば、もちろん徒歩よりはるかに便利だが、高さ30メートル近く盛り上がっている箇所に至るまでの上り坂を、自転車を漕ぐのは大変だ。そんなことをあれこれ考えていると、1.4キロ程度なら30分もかからないから、さっさと歩こうという気になった。また、今までにしたことのない経験をしてみたいという一種の冒険心が湧き起こった。それは去年登った愛宕山と似た気持ちだ。逆に言えば、去年愛宕山に登ったことに比べて琵琶湖大橋の徒歩横断は10分1の苦にも匹敵しない。問題は暑さだが、それも佐川美術館の中は涼しいはずで、長くても1時間ほど歩き続ければよい。さて、橋の歩道の手前10数メートルのところで筆者の右手を自転車に乗った体育会系らしき女子高生が走り抜けて行くのを見たが、彼女の後ろ姿を見つめながら、琵琶湖大橋を歩いてわたることがさほど珍しくないだろうと思った。それにしても琵琶湖大橋を利用して通学している生徒は案外いるようで、橋をわたっている間に数人に出会った。堅田から守山は電車を使うと数十分かかるが、自転車ならその数分の1で済むはずで、またそのために橋が架けられたが、車ならいいが、雨や雪、風邪の強い日があり、自転車でわたるのはいつも快適とは限らない。筆者の前方をぐんぐんと走って行く女子高生はやがて自転車を下りて歩き始め、そして坂の頂点でまた自転車に乗って姿が消えたが、筆者が数分後にその位置にたどり着いた時、はるか前方を見ても、もう彼女の姿はなかった。下り坂であるので、なおさら橋をすぐにわたり切る。堅田から橋をわたり始めると、すぐに急な坂があって、坂は橋の中央ではなく、堅田側に設けられている。これは湖西側にある大津港から大きな船が出入りするためであろう。最短距離を考えてのことと思うが、別の理由は、湖の中ほどは水深が深く、大きな勾配のある橋梁を架けるにはなるべく岸辺よりがいいとの考えからではないか。とはいえ、琵琶湖は岸からすぐに水深が深くなっていると聞くから、ほかに理由があるかもしれない。歩き始めてすぐに気づいたことは、2車線のうち、右側を走る車が音楽のようなタイヤ音を立てることだ。それが「琵琶湖周航の歌」のメロディであることは知っていたが、後方からその大音量の音が鳴り響き始めたかと思うと、車は筆者を追い越し、そのメロディは雰囲気ががらりと変わる。道路面を見ると、数センチ間隔で水平の溝が刻まれている。アスファルト舗装ではなく、もっと長持ちするコンクリートで、またそのために浅くて細い無数の溝は長年同じ状態を保っている。このメロディは走る速度を守った場合にちょうどいい具合に鳴り響くのだろうが、乗っている者にはあまり聞こえないだろう。音を鳴らしながら車が走らせることは、後ろから車がやって来るとの前の車に対する合図であろうが、窓を閉めて走っている運転手にはほとんど聞こえないのであれば、あまり意味がない。その溝が刻まれた区間は半分もなかったと思うが、溝の終点に大きなピンク色の四分音符がひとつ路面に描かれていた。その写真を撮ろうかと思いながら、かなりピンク色が剥げていたのでやめにした。
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 今日の最初の写真は坂の頂点から下り坂を見た様子だ。筆者はわたり始める前に歩数を数え、200歩ごとに立ち止まって前方と左手を撮影した。それがいつの間にか間違って100歩となり、それを修正しようと思いつつ、もう何歩歩いたかわからなくなった。ただし、今日の4枚目すなわち橋の東詰めでちょうどまた100を数えたので、1600歩ではなかったかと思う。4枚目は堅田方面を向いていて、80メートルほど先に小さく家内が写っている。2,3枚目は左手に新しい建物が見えた。レンタ・サイクル店がある建物で、帰宅して調べると、ピエリ守山であった。この施設は当初200店舗ほどあったのが、だんだんとさびて、数店舗に減って廃墟と呼ばれたことがあった。TVでもそれは紹介されて有名であったが、近年リニューアルされ、また100店舗以上になった。2枚目の左端に木材の柱の枠組みが見えているが、4枚目を撮る頃にその場所に最も接近し、よく見ると親子連れがジャングル・ジムのようにして遊んでいた。ピエリ守山の付属の施設なのだろう。3枚目の左端にピエリ守山が写っているが、その写真を撮ったのは手前の湖面の矢印型の魚を追い込む魞(エリ)が目にとまったからだ。これは琵琶湖独特のもので、昔はたくさんあったと言われるが、まだ健在のようだ。橋をわたり切って100メートルほど先の信号の日陰で家内を待ち、南に通りをわたって佐川美術館に向かった。その途中の湖岸道路の歩道で撮ったのが5枚目だ。琵琶湖大橋の巨大さがわかるが、そこを歩いて来たと思えば、山を登り切って下山している気分になった。佐川美術館はもうすぐと思いながら道を行くと、ラヴ・ホテルが林立する地域に入った。前方から30代のカップルが車でやって来て、筆者の目の前でホテルの敷地に猛スピードで入って行った。涼しいところで休憩というわけで、真昼間から盛況のようであった。湖に流れ込む葦がたくさん岸辺に生えた川沿いに進むと、陸上競技場があり、やがて佐川美術館の銀色の屋根が左手に見えたが、そこからは入れない。それでそこからさらに500メートルほど歩いて正門にたどり着いたが、ラヴ・ホテル地域を通らずに、湖岸道路をそのまま進んだ方が近かったようだ。ともかく、ようやくまた涼しい場所に着き、熱中症で倒れることは免れた。美術館の正門を入ってすぐ左にバス停があり、そこでバスの時間を見ておいた。1時間に2本しかなく、1本逃せばいくら日陰とはいえ、また暑さを我慢する羽目になる。美術館に着くと、ずっと離れて歩いていた家内は文句を言わなかった。それを言ったところで、もう美術館に着いたからで、また今さら筆者の愚かな行為を責めても仕方がないと思っている。
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by uuuzen | 2016-08-25 19:10 | ●新・嵐山だより


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