●ムーンゴッタ・2016年6月
ではなくYと言った方がいいが、ともかく二手に分かれて夜回りをする。先日の11日の土曜日、少年補導委員は夜8時半にわが自治連合会では唯一のスーパーの前に集合して月一度の夜回りをした。



d0053294_12113089.jpgそのスーパーは売り上げ低迷によって今月末で閉店となるが、そうなれば嵯峨や梅津まで買い物に出るか、食材を宅配してくれる生協を利用するしかない。渡月橋から松尾橋に至るまでの桂川右岸のわが自治連合会には14の自治会があるが、そこにスーパーが一軒もないというのは異常というほかないが、誰もがより安い大型スーパーに車で出かける時代となり、地元の小さな店は経営が成り立たない。筆者もまだ歩いて梅津を往復出来る体力があるからいいが、10年後となるとそれも億劫になるだろう。そんな時、どこで食材を買うかは大きな問題となる。それはともかく、月一回の少年補導の夜回りの集合場所としてそのスーパー前は使わない方がいいだろうとの会長の判断で、来月からは小学校の校門前となる。それはそれでいいのだが、筆者が思ったことは、そこからどういうルートで自治連合会内を二手に分かれて回るかだ。スーパー前からでは、集まった20数名は全員がまず北上して物集女街道の北端つまり現在筆者が「駅前の変化」のカテゴリーで随時投稿している駅前マンションの建設中現場前で左右二手に分かれる。誰がどちらに行くかは決まっていないが、人数は半々だ。筆者は右手のグループに参加するが、それは桂川沿いの自転車道路を南下して松尾橋西詰めまで行く。もう片方のグループは山沿いの西国街道をくねくねと南下して松尾大社前に出て、そこから松尾橋西詰めに向かう。つまり、20数名はY字型のように左右二手に分かれる。左右のグループが歩く距離はちょうど同じくらいで、ほぼ同じ時刻に橋の畔で落ち合う。そうしてから今度は全員で自転車道路から小学校の校門前まで歩くが、それでちょうど1時間を要する。1時間の夜の散歩を考えた時、山沿いの狭くて暗い道より、筆者は解放感のある川沿いがよいと思う。ほとんどが面識のない人たちなので、筆者は無言で歩くが、先日は違った。風風の湯の前を通って自転車道路に入る時、ある男性がその施設について話した。それをすぐそばで聴いていた筆者はそのことに意見を差し挟み、それで話のグループに入ることが出来た。そうして談笑しながら自転車道路を下っていると、別の男性が数日前にある場所でたくさんの蛍を見たと言った。その場所はすぐ近くで、数人がその現場を目指し、筆者もそのグループに加わった。二手に分かれた片方がまた二手に分かれても、松尾橋方向には変わりはなく、またなるべくいろんな場所を歩く方が、夜遊びをしている少年を見つけるにはつごうがよい。とはいえ、そのような少年は夏休みになってもほとんど見かけない。筆者が四半世紀前に少年補導委員を担当した時でもそうであった。では無駄な夜回りかと言えばそうでもない。夜回りを欠かしていないという評判が夜遊びする少年の増加を食い止める効果はあるだろう。もっとも、それはほとんど建前で、実際は補導委員たちの散歩という運動になっている。真っ暗な夜の道をひとりやふたりで歩くのは恐いし危険でもあるが、10数人一緒となるとそうではない。
d0053294_12114611.jpg 蛍が乱舞していたという場所にやって来ると、残念ながら一匹も見かけない。筆者は昔わが家の裏庭で見かけたことがあるので、もっと水が豊富な桂川沿いの公園近くの小川では蛍が増えていても当然と思うが、そういう目撃談を耳にしたことはなかったので、数日前の蛍の乱舞を想像してこれは実際に見たいものだと思った。だが蛍にも寿命はあり、数日前以降大雨が降ったので、死んだ蛍も多いはずで、もう無理だろうとの思いがよぎった。後ろ髪を引かれながら、歩たるが舞っていたという場所を振り返りながら松尾橋に向かうと、ふと土手の下に青白い、そして蛍としては大きな光がすーっと動いた。そのことをそばにいた男性に言うと、その光は点滅しながら筆者らが歩む方向について来る。その光まで5,6メートルで、土手下だ。その男性も確認し、ふたりで満足しながら先を進んでいるグループに追い着いた。そして、もう蛍はいないだろうと思いながら、17日の同じ時刻に今度は家内と一緒にその場所に行った。暗い道であるので家内は恐がったが、誰もいないはずで、また奪われるものもない。だが、筆者は蛍がいた時のことを考えて一眼レフのカメラを持参した。買って1年ほど経つか、その操作もよく知らず、数枚しか写したことがない。もっぱら操作が簡単な10数年前のカメラを愛用していて、今日の満月の写真も含めて、ここ6,7年、このブログに載せている写真はみなそのカメラで撮影している。家内と歩いていると、後方から男性が運転する自転車が接近して来て、背後から声をかけられた。「この間、たくさんの蛍が飛んでましたなあ」。筆者がカメラを首から下げているのを見て、蛍を見るために夜の散歩をしていると思ったのだろう。「はい、その蛍を撮影しに来ました」と応えたが、そこが1週間前に見かけた場所のすぐそばであるのに、それらしき光はない。その後付近をあちこち見て回ったが、蛍かと勘違いするのは街灯で照らされるステンレスの欄干であったり、看板の金属枠であったりする。蛍を見られなかったのは残念だが、蛍が乱舞する場所が近くにあることは確実で、来年が期待出来る。帰宅する際に別の道をたどることにした。もっと明るくて広い道の方が家内が恐がらずに済む。そうしてめったに歩かない住宅地を縫って踏切までやって来た。そこを越える時、筆者はその踏切で満月と通過する電車を一緒に撮影すると面白い写真になると想像した。それで早速翌日の18日、夜9時頃にひとりでその踏切に向かった。蛍族という言葉は夜にひとりで外で煙草を吸う人のことを言うが、カメラを持って満月の明かりを撮影しようという筆者もそれに似たものかもしれない。そんなことを思いながら、線路際を踏切に向かっていると、何となく電車がこちらに向かってやって来る気がした。そのため、ほとんど競歩並みの速さで歩いたが、予想どおりに電車はやって来て、また予想を裏切って全く音を立てずに姿を現わした。そして、ゴトリゴトリと音を立てて駅に入って行った。その電車は客を下ろしてすぐにまた桂駅に向かうはずで、駅にいるのは1,2分のはずだ。筆者は相変わらず大股でどんどん歩き、踏切に到着、そしてそれをわたって撮影アングルを定めた。そうして撮ったのが今日の最初の写真だ。同じ角度でかまえていると、背後の遠くで電車が出発する合図音が鳴った。ゴトリゴトリと音を立てながら、電車はすぐに筆者に接近し、そして過ぎ去った。その間、4回シャッターを切り、その最後の写真を今日の2枚目に使う。電車の後方の赤いランプがなかなか効果的だ。予想どおりの写真が得られたが、ただし、これは正確に言えば満月の2日前だ。昨夜も今日も雨で月は見えなかった。思いは半分だけ成就出来ればいい方だ。
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by uuuzen | 2016-06-20 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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