●『DWEEZIL ZAPPA VIA ZAMMATA‘』その1
け足しとの意味合いではないが、今日はザッパの息子ドゥイージルのアルバムを取り上げる。昨日の午後、アマゾンに注文していたの新譜が届いた。



母のゲイルが亡くなる以前、去年の秋に発売されたものと思う。気になっていたが、発売されたことを知らなかった。昨日まで3回に分けて書いたザッパの『ROAD TAPES #3』の予約時に目につき、それで早速注文した。ドゥイージルは今年47になる。本作のジャケットは珍しくも顔のクローズアップで、甘いも辛いも知り尽くし、またいささか疲れも感じられるが、それが却って好感が持てる。本作は12曲で50分、LP並みの収録時間は聴きやすくてよい。アルバムの題名はイタリア語で、「via」は誰でもわかるが、「ツァムマタ」を英語に訳すことは難しいとドゥイージルは書く。子どもが雨の水たまりを遊ぶように歩く時の音を意味するらしい。「ピチピチジャブジャブランランランラン」と日本ではそのような状況を表現する童謡があるが、「ジャブジャブ通り」と訳すと、子どもが水溜まりを踏み歩く感じはせず、洗濯屋が並ぶかのようだ。つまり日本語に訳すことも難しいが、この道は3年前に「フランク・ザッパ通り」と改名されたので、ならば本作の題名を「ザパザパ通り」と訳せばどうか。それはともかく、このような名前の道ということは、雨が降ればすぐに水溜まりが出来る未舗装なのだろう。悪路ということだ。それは昔のシチリア島でなくても珍しくなかった。日本でも半世紀前はそのような道の方が多かった。それはともかく、ドゥイージルは数年前にアメリカに移民する前の自分の祖父らが住んでいた場所を訪れた。生前のザッパは1982年に訪れ、その様子は映像に記録されていて、今年にはDVD化されるかもとドゥイージルはインタヴューに応えている。そのインタヴューは去年10月中旬、ゲイルが亡くなった直後にライヴがあったロンドンでなされ、全文はロンドンのファンジンのサイトに載った。そこで本作についてもドゥイージルは語っている。このブログでドゥイージルのアルバムを取り上げたのは2012年の4,5日で、限定発売の2枚組CD2点について書いた。本作はそれらと同じ発売元のファントム・レコードで、なぜザッパ・ファミリーから発売しないかについては、先日のアーメットとのやり取りの背景をいろいろと想像させる。ドゥイージルにすれば、自分の姉妹や弟とは無関係の仕事であることを主張したいのだろうか。
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 それはさておき、本作の題名は収録曲と直接的には関係がない。だが、ドゥイージルは祖父のルーツを訪ね、思うことが多かった。祖父一家が暮らしていた家はパルティニコという小さな町の「ザパザパ通り」にあり、その13番地であった。家はとても小さく、本作の内ジャケットにはその玄関扉をノックするドゥイージルの写真が載る。ドゥイージルによれば、祖父らは自分の故郷より美しいところが世界にあるなら見てやろうではないかと考えてアメリカに移住したらしいが、おそらく現在もその当時とさして町や家の様子は変わっていないのだろう。ドゥイージルは祖父が暮らした土地を、何もないみすぼらしいところとは思わず、とても美しいところと讃えている。自然豊かなところが気に入ったのだろう。祖父つまり先祖が住んでいた家を訪れ、その家が面する通りの名称をアルバムの題名とすることによって、自分のルーツを遡り、また独立したひとりの音楽家であることを表するのだが、そのことはザッパ・プレイズ・ザッパ(ZPZ)というバンドの活動とは別の仕事の再開を意味し、また本作を聴けばわかるように、ZPZからは想像しにくいドゥイージルの好みの音楽が示される。その音楽性はZPZを結成する以前から育まれたもので、ZPZで長らく中断していたオリジナル曲の発表が今後増えることを予期させ、この点は筆者は大いに歓迎する。ZPZはドゥイージルが強い意志で行なっている活動であり、またまだまだ父の音楽をライヴ活動を通じて若い世代に伝えて行きたい思いがあるようだ。ZPZは父の多くの曲を手がけたが、まだ手をつけていない種類の音楽がある。グランド・ワズーやオーケストラの楽曲で、後者については父がやらなかったギターとの共演を思っているらしい。また、ドゥイージルはすでにオーケストラ向きの自作曲に手を染め始めたことを前述のインタヴューで語っている。クラシック・ギター4本のための曲で、その音色を他の楽器に変えるとたとえば弦楽四重奏曲になるが、その試みが成功するともっと規模を拡充するつもりらしい。だが、ここ10年はZPZの活動に忙しく、それ以外の時間は自分の子どもと遊ぶことになるべく費やしているそうで、本作が世に出ることになったのは祖父の故郷を訪れたことで芸術的な感覚が刺激されたからだ。つまり、寄り道をしたことがよかった。またドゥイージルがそう思えるようになったことは、本作のジャケットの年齢を刻んだ表情が物語っている。
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 本作は最初の「FUNKY 15」以外はかなり古い曲で、残り11曲は20曲ほどの候補から選んだそうだ。とはいえ、録音していたものではなく、ロサンゼルスのウィンズロウ・コート・スタジオでまとめて録音された。エンジニアはザッパの『ROAD TAPES #3』の冒頭35分を疑似ステレオに加工することを手伝ったクレイグ・パーカー・アダムスだ。録音まで数か月あったのにドゥイージルはなかなか尻を上げず、内容がまとまらなかったが、直前になって20曲から選んだ。もっと多くの手持ち曲があると思っていたが、そうではないようだ。それほどにZPZの仕事に没頭し続けて来たのだろう。だが、インタヴューではそのほかの未完成の仕事についての言及があり、今後アルバムとして実るかもしれない。ともかく、本作によって新たな活動を宣言したことになり、それは母が死に、2006年からのZPZの活動も10年という区切りを迎えたことによることが大きいだろう。だが、ZPZで学んだ父の音楽性を自己の創作に活かすことは当然としても、本作を聴く限り、その影響は「FUNKY 15」以外にはほとんど認められない。そこがザッパ・ファンには物足りないかもしれないが、筆者は評価したい。ZPZは父の音楽を演奏するとはいえ、ドゥイージルは父の風刺性や政治への発言には関心はなく、父の音楽は、それはそれとして動かし難い古典として認めるとの態度だ。それに生まれ育った時代の音楽性が父とドゥイージルとでは大きく違う。本作では60、70年代の音楽つまり自分の音楽的ルーツを見定めたアレンジを施し、そこには父の音楽性も含まれはするが、その強い影響はない。では回顧的かと言えば、筆者にはそうは感じられない。筆者は60.70年代の音楽に強く感化された少年、青年時代を送ったので、それがどういう音楽性かはよく知っているが、本作は疑似60、70年代的かと言えば、そう形容することも可能だが、やはり現在の音楽だ。だが、音楽においてのその現在性の最も特徴的なことは何かとなると、これは人によって考えが違う。たとえば、本作が何らかの理由で爆発的に売れるとすれば、本作の音楽性が現在を最もよく象徴していると論評される。本作の収録曲には20年ほど前の古いものがあるが、当時の録音ではなく、現在のドゥイージルの感覚によってアレンジが施されている。それは父の古い曲を忠実の現在のバンドで再現するZPZの演奏が若者に歓迎されるという手応えを通じて学んだことでもあって、古いものがいつでも新しいという確信を得たのだ。父の音楽が時代の流行にほとんど左右されないものであったことを知れば、本作の意味も理解出来る。その意味で本作はザッパの作品の付録と言えるかもしれないが、それを言えば息子は父の付録でありながら一個の独立した人格で、本作にも紛れなくそのことが立ち現われている。
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by uuuzen | 2016-06-04 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


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