●嵐山駅前の変化、その389(マンション)
ース・バイ・ケースを「行き当たりばったり」と訳すのは厳密には間違いだろうが、当たらずとも遠からずだ。筆者のブログはカテゴリーに相当する内容の写真と文章を書いていることに表向きはなっている。



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だが、写真はそうかもしれないが、文章は思いつくままで、何を書くか決めないで書き始める場合がほとんどだ。今日は冒頭に「ケ」の言葉を使うこと番であるから、「ケース・バイ・ケース」と筆者にしてはめったに使わない横文字を思いついたが、別の言葉でも全くよかった。たまたま思いついた言葉にしたがってその後を書き続けるだけで、最後がどのように着地するのか予想がつかない。そんな出鱈目は話があるかと言われそうだが、自分勝手にどうとでも書いていいのがブログで、他人の意見は気にしない。さて、行き当たりばったりに思いつくままを書くとしても、使うべき写真は使うつもりで撮ったもので、各投稿は予め計画した部分も多少は含む。隅々まで計画し、そのとおりに実行することは不可能であるし、またそうなっても味気ないから、その場に臨んで対処する部分がある方が楽しいと言える。人生とはそういうもので、先のスケジュールがびっしり詰まっていることを喜ぶ人があるが、憐れなものだ。決められたように生きるのではなしに、何事も自分で決めて生きるのがよい。タレント、芸能人は数年先のスケジュールが詰まっているような人が大物と目されるが、それは所属する事務所が決めていることであり、当の芸能人はそれにしたがって動くロボットで、その名声は幻のようなものだ。だが、今の世の中ではその名声のように、有名は組織によって作られる。そういう組織に入らずに個人で活動していた若い女性がファンに重傷を負わせられる事件が先日あったが、TVを見ていると、どこかの事務所に所属していなかったのでそのような結果にも遭いやすいという意見をいくつか聞いた。芸能人は自由業なのかどうか知らないが、自由ではないということだ。自由に行動すると、執拗につきまとう人物に殺されても仕方がないという見本のような事件で、痛ましい。今年の春の一番大きな話題となったのは、30を越えた女性タレントが長崎出身のロック・ミュージシャンと不倫関係になったことだ。それで今日は彼女の実家が騒動による借金を返済するために多額のお金を借り入れたとTVで知ったが、娘の異性関係で一家が悪くすればもっと小さな家に転居しなければならなくなる。彼女は一時も早く仕事に復帰したようで、それは所属する事務所も同じだろう。彼女のマスコミに対しての発言は事務所の指示があったはずで、借金の半分は事務所が負うというのは当然だろう。全額でもいい。とにかく彼女に自由はない。100パーセント事務所のロボットで、耐久年数が過ぎれば自然とお払い箱だ。ま、筆者には関心のない話であったが、その話が最初に報じられた時、筆者がまず思ったのは、相手の男に妻がいて、そのことを不倫相手の女性に最初に言ったかどうかだ。言ったとして、それでも彼女が好きだと言ったのであれば、不倫という一言で簡単に片づけられる問題ではない。先日デヴィ夫人がこの件に関して、不倫でも愛を貫けばそれは立派といったようなことを書いた。全く同感だ。だが、その女性タレントは、悪夢から醒めたかのように、相手の男を「○○さん」とは呼ばずに「男性」と言った。筆者から言わせれば男も男なら女も女で全くつまらない。男はきっと自分の妻があることを言わずに女を口説いたろう。それが許せない。筆者ならそうはしない。不倫であっても、一定の正直さといえばいいか、やむにやまれない事情は最初にお互いが知るべきだ。今回の騒動では男が妻帯していることを不倫相手の女性に最初に言わなかったとすれば、女が支払う億単位の金を全額負担すべきだ。それが男というものだ。そのことには頬かむりするような男の音楽はカス同然で、聴きたいとは思わない。ま、そのような軽薄な男であることが30を越えた女がわからないというのも情けない話で、日本中がその話題で一時持ち切りになったことも平和ボケの言葉がいかにもふさわしい。
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 さて、今日の写真は1年と1日前、つまり去年5月28日に撮影した。駅前のマンション建設現場が白い塀で囲まれ、中が見えない。内部の事情を外に漏らさない状態で工事が始まるが、閉じたままでは資財が運べないから、扉はあるし、その扉が開く間は中を覗くことが出来る。だが、そうしたところでどのようなことをしているかは想像がつくし、想像しても面白いことはない。どのような建設現場も似たようなもので、ましてやマンションとなれば建築費用を極力抑えて最大の効果つまり見栄えのよい建物にすることは明白で、商品としての金額は高いが、100円ショップにならぶ商品とは本質的に変わらない。だが、日本中がそのようになって来たと言ってよい。どこでもあるような建物に、どこにでもいるような人が住み、どこにでも売られる食品を食べる。ザッパもそんなことを山手の家から眼下に光る街の灯を見ながら思い、そして曲を書いた。もう少し言えば、そういう家に住む住民はザッパの音楽を聴かない。そのことを知っていたザッパは悔しかったかと言えばそうではない。いつの時代でも理解者がいればそうでない人もいる。そうでない人を折伏することは無理だ。無理ではないにしてもよけいな時間を費やす必要はない。そのような考えは年齢を重ねるほどに強くなるが、そのことでひとつ注目したことが先日あった。これも芸能ニュースだが、寂聴がSTAP細胞騒動の女性と嵯峨野の寂庵で話をしたことだ。寂聴はその女性があまりにも袋叩きにされたことで助け船を出したようだ。仏教は悩める人をその境地から救うことが重要な役割であるから、それは当然であろう。寂聴の行為と意見に対し、STAP細胞騒動で死んだ教授もいるのだぞという意見があったが、死んだ者より生きている者が大事だ。またその死者は自ら命を絶ったが、しぶとく生き抜く方法がなかったのかと思う。それはともかく、寂聴はその女性がまた先頭に立つ日がやって来るとまで絶賛の言葉を送ったが、半分リップ・サービスとしても、極端に落ち込んでいる人を励ます意味では僧侶としては当然のことをしていると言ってよい。当の女性が今後どういう活動をしてどう有名になるのかまでは責任を負わず、それはその女性の決心と行動にすべてかかっている。寂聴が前述のミュージシャンと女性タレントの不倫についてどう意見したかしていないのか知らないが、袋叩きにされた度合いからすればSTAP女性の比ではなく、また金で解決出来る問題であるそうなので、意見はしていないだろう。話を戻して、STAP女性を叩く人はするし、相変わらず信じている人は信じるから、結局のところ、世間がどう言おうが、自分の思うように自由に動けばいいということだ。その点、自由のないロボット・タレントや芸能人は憐れだが、自ら望んでいる立場なので同情は不要だ。
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 ケース・バイ・ケースと最初に書いたせいか、今日はめったに書かない芸能人の話題に意見した。本カテゴリーは自治会内に大きな工事があればそれを定点撮影して報告することを目的に始めたが、工事そのものの話はあまりないので、自治会に広げて書いて来た。ところが、筆者は自治会長を4年務めてその後は副会長を2年、そして今は少年補導委員になっているので、自治会の話題はほとんどない。ないこともないが、ここには書けないことが多く、したがって今日も無理やりほかの話題を探して書いている。その書けないことを少し書くと、最近都知事がケチだというので日本中から叩かれているが、同じようなことはちょっとした隙があればいつでもどのような議員でもやることと思っておいた方がいい。現在の都知事もひどいが、その前やその前の人物も同じようにひどかった。それで筆者は都民はアホの集団と思っているが、もともと清廉潔白な政治家を求めるのが無理な話だ。議会や国会と自治会を比べることは無理があるのは承知だが、みんなから金を集めて行動することにおいては同じで、筆者は会長、副会長を務めた6年間、1円たりとも私用の物を購入したことはない。あたりまえのことだ。それどころか、A3が5円でコピー出来る店を探し、出かけたついでに足を延ばしてその店でコピーをしたほどだ。少しでも自治会費を無駄に使わない思いだ。ところが、それは常識外れのアホがやることで、誰も見習おうとしない。筆者は年間のコピー代としてせいぜい2500円程度を使っていたが、筆者より以前では毎年1万円の出費があった。それにたとえば今年3月の決算では文具代を含めて2万円近かったが、どういう文具が必要であったのだろう。領収書が残っているのでそれを調べればわかるが、誰もそんなことをしないし、調査請求をしない。それどころか、自分に会長その他の重要な役割が回って来ないことを喜んでいる。つまり、誰かが会長を引き受けてくれるのであれば、自治会の財源をどのように運営してもらってもけっこうとの考えだ。その思いはそのまま市議会や国会にもつながっているのではないか。昔の自治連合会ではそうとうひどいことが行なわれていたことをある人から聞いているが、それは現在の都知事よりひどい話で、かようにみんなから金を集め、それを動かす連中というものは、自分の金と錯覚する。それを寄ってたかって袋叩きにすることはまず狭い地域ではあり得ず、かくてそのまま風習として伝わって行く。それが嫌なら自治会を辞めるか、引っ越しするかだが、どこへ行っても同じで、日本はそのようになっている。なので、今の都知事が袋叩きされるのは、何か裏があってのことかと疑ってしまう。そして、さっさと都知事を辞めて寂聴と対談すればどうか。「あなたはまたきっと世の中の先頭に立ちます」「あのお、今でそうであったのに、これからどういう方法がありますか」「頭を丸めているも同然なので言いますけれど、お坊さんになればどうですか」「なるほど! そういう道がありましたね!」 そして僧侶の世界は白い塀で囲まれたようで外部の人間には中をうかがうことは出来ないが、どうせ100円ショップと同じようなものだ。
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by uuuzen | 2016-05-29 22:47 | ●駅前の変化


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