●京都岡崎の市電
ローバルな企業が京都にはいくつかある。京セラはそのひとつで、伏見の巨大な自社ビルの内部には美術館まである。



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岡崎と言えば東京上野と同じ美術館が集まる地域だが、陸の孤島と一部では呼ばれ、なかなか行きにくいとの意見がある。もっと繁華な四条河原町に美術館があればさぞかし賑わうだろうが、その役割を果たしているのが高島屋7階の催し場でそこではよく美術展が開催される。だが、岡崎の京都市立美術館のような天井の高さは求められず、重文はさておいて国宝の展示は許されないのではないか。京セラの本社ビルの美術館には去年12月8日に家内と訪れ、多少写真を撮って来たが、ブログにはそのことについて何も書いていない。それは美術館が展示替えのために入場不可になっていたからで、仕方ないので京セラの歴史を商品の展示で説明する部屋と、陶磁器のちょっとした常設展示だけを見て来た。その後伏見には訪れていないが、この調子では秋になってしまうだろう。京セラよりは規模が小さいと思うが、村田製作所やロームと、京都では最先端の電子部品を製造する会社があり、伝統産業の小企業、家内工業が束になってもかなわない税金を納めていると思うが、電子部品は専門家でなければピンと来ず、京セラの本社の美術館を訪れる一般人はとても少ないだろう。それは辺鄙な場所にあることも手伝っている。筆者らが訪れた時はほかに客はおらず、帰りがけに修学旅行の中学生が数人やって来て、担当者に説明を受けていた。それでも美術館を持とうというだけ見上げたもので、今は企業が文化的なことに金を出して会社の印象をよくしようとする。滋賀の佐川急便が持っている美術館もそうだ。それでは京都の村田製作所はローム、オムロンはどうかと言えば、ロームは毎年クリスマス・シーズンに西大路五条下がるの本社前にイルミネーションを飾る。これは市民にかなり浸透していて、それを楽しみにしている人も多いだろう。筆者は数年前に従姉夫婦の車で連れて行ってもらった。そのイルミネーションは神戸のルミナリエや二条城のライトアップのようなカラフルさはない。大きな樹木に巻きつけた小さなLEDの電球の鎖が主に白熱球の色合いで点っているだけで、その素朴さが却ってしみじみとしてよい。あまりカラフルにすると家庭で子どもを喜ばせる電飾となって、安っぽい。だが、毎年工夫を凝らしているであろうから、去年はどういう色合いであったかは知らない。ロームの名前はまた京都駅前の京都タワーの西に特徴的なビルが建っている。確か塩小路通りに面しては窓が全く見えず、全面がイルミネーションと言うか、光でいっぱいの平面になっていて、屋上に小さく「ROHM」の文字があって、それが読めない人は何のビルかと思う。そこが本社ではないが、駅前にもビルを持っている。それほどに大きな会社となったが、それを象徴するのが、岡崎の京都会館がリニューアルされた時についた名前だ。ローム・シアターとなって、これは京都市が企業名をつけさせる代わりに工事費を得たのだが、同じ手法は大阪では府立体育館で行われた。
d0053294_113392.jpg 岡崎の象徴のひとつが京都会館だが、いかにも昭和のデザインで、ここ10年ほどは老朽化が目立ち、またさびれていた。だが、それを全部取り壊して新たに建てることには市民の反対もあり、なるべく以前の形を残しながら、地震にも耐える改装が求められた。どのようなことになるのか不安もあったが、5日に岡崎に出た時に二条通りを真西へ歩んだ時、その前を歩き、また今日の5枚目の写真のように桜と一緒に写真も撮った。ぱっと見は以前とさして変わらず、これでは反対した人も矛先を収めるだろう。ただし、内部がどうなったかだ。改修に入る直前、筆者は外から見える内部のカラフルなオブジェ壁画の写真を撮っておいた。岡本太郎的なその作品はなかなか大きく、また立派なもので、それを取り壊してしまうのは惜しいが、そのまま同じ場所に設置されることはないと予想した。そのとおりで、表からはそれは見えなかった。建物と内部の装飾は一体のものと考えていいので、そういう美術的な装飾品は再利用すればいいと思うが、たぶんほかの美術家の作品が飾られたのではないか。あくまでも予想だが、もしそうなら、大きな美術品は寿命が半世紀ほどしかないことになって、全くの消耗品扱いだ。京都ではそうあってほしくないが、何しろ美術家だらけなので、建物をリフォームするからには、内部の装飾も新たにと売り込んだ作家はいるだろう。そこでまた考えるのは、そういう内部装飾品に誰が金を出すかだ。建物の一部の改築は必要として、内部の装飾までロームは考えたであろうか。そういう装飾品は建物よりも高くつくこともある。そこまで高価なものは不要としても、以前の京都会館にあったものと同じ規模となると、数千万円はするはずで、その分を京都市が負担することは考えられない。それには市民の理解が得にくい。誰の作品を飾るかで必ずどこかから苦情が出る。それならロームがそれも寄贈するかだが、そうなるとローム側と市側が相談のうえ、誰に依頼し、どういうものがふさわしいかの議論が必要で、それも簡単なことではない。美術館なら野外に設置出来る大きな彫刻はいくらでもあるが、舞台上の演目を見せる会館となれば立派は彫刻までは必要がなく、壁面に適当な絵を飾れば済むではないかと、話が小さくまとまるのではないか。それでは以前あった前衛的な壁面装飾の方がましだ。つまり、新たに買わずに以前のものを利用すればよい。いつかそれがどうなったかを確認してここに書きたい。それはそうと5枚目の写真の建物の左端の壁面は以前は蔦がびっしりと繁茂していた。その根が残っているとすぐに以前の見栄えが取り戻せるが、まさかその蔦の繁茂を考えての広い壁面ではないだろう。
d0053294_1132096.jpg 写真の順からは話が前後するが、それを言えば二条城ライトアップの「その1」の投稿の前に今日の分を書くべきであった。何度も書くように京都市美術館での「創画展」を見て、外に出たのが5時5分ほど前で、今日の写真は5枚目が5時10分頃ではないかと思う。館を出て何をしたかと言えば、今日の最初の4枚の写真の市電を見つけ、その中に入った。これはいつ設置されたのか知らないが、「その1」に書いたように平安神宮の庭の片隅にあったものを移動したのだろう。平安神宮の庭にあったことが不思議だが、平安神宮は遷都1100年を記念して出来た神宮で、市民の寄付によって造った市民のもので、そこに同じ明治に走った市電を展示するのは誰からも文句は出ないとの判断であったのだろう。当時は疏水沿いを市電が走っていたが、それはもっと小型でデザインも違う。府立図書館前に移設された市電は廃止されるまで走っていたいわば最新のものだ。筆者の記憶ではそれが平安神宮の庭にあったが、庭に入って確かめていないので、図書館前に出現したものは別に保管されていたものであるかもしれない。だが、その可能性は低い。そのような市電がどこかに展示されていた話は聞いたことがないからだ。筆者は小学生の頃から年に何度かは京都の市電に乗っていたが、当時は大阪でも走っていたので、珍しいものではなかった。また2年前の春に松山に行った時にも乗ったが、感慨深いとも思わなかった。それは市電は今でも現役であるからという理由というより、筆者は懐かしいものをことさらありがたがらないからだ。これは大分前に書いたと思うが、大阪の市電が廃止になる時、かなり話題になり、最後のその電車に乗るためにたくさんの人が押し寄せた。普段は市電に関心のない者ほどそうで、そういうひとりに小中学生からの友人であったAがいた。Aは最後の市電に乗ったことを大いに自慢した。筆者は関心がないので乗るつもりはなかったが、今にして思えばAは鉄道ファンの走りであったのだろう。筆者にはその趣味は全くなく、廃線になる市電に乗ったという記憶を一生大事にしたいとは思わない。だが、その市電がペンキを塗り換えられ、突如図書館脇の小さな公園の片隅に設置された様子を見ると、一種の野外彫刻のように衝撃的であった。それで京都市美術館から真っ直ぐそこに行ったが、中に入れることを知って嬉しくなった。中に入ると、昔乗った時の記憶がすっかり蘇った。窓の外の景色は違うが、昔と同じ空間で、一気に40年ほど前に戻った気がした。大阪の最後の市電に乗らずとも、こういう機会が長い人生の間にはやって来る。「その1」に書いたように、市電の中は半分ほどが改装されていて、ひとつの部屋と化していたが、半分は昔のままで、そこに体や顔を向け、窓の外を見ながら昔乗った記憶を思い返した。平安神宮の庭にあった頃は中には入ることは出来なかったから、これはなかなかサービスがよい。平安神宮の庭には似合わないとの批判もあったのかもしれない。それでどこに移設するかとなると、なるべく平安神宮に近い場所で、また空地となると図書館脇しかなかったのだろう。それなら移動するのもさほど手間はいらない。
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 戦後の京都の市電は戦前に比べて路線はかなり少なくなった。少しずつ廃線になって行った感じがするが、詳しいことは知らない。5,6年前、ネットで京都の市電に関するホームページを見つけ、しばらくそれを楽しんだ。古い写真が多く、また筆者が知っている路線の写真もあった。それらは市電に乗ったことのある人にはなつかしいが、市電を知らない人にはあまり意味がない。それでは岡崎の府立図書館脇に出現した市電は若い世代にどう見られるかとなると、物珍しさだ。昭和ブームが昭和をほとんど知らない世代にそれなりに生じている。それを京都市は見越して市電を移設したかもしれない。宝の持ち腐れではなく、積極的に活用しようということだ。彫刻のように展示して眺めるだけはもったいない。中は良好に保存されているから、そこをひとつの部屋として使わない手はない。かくて観光案内所として使われることになった。これがおおよその筋立てではないか。欲を言えば、岡崎に線路を敷き、実際に走らせることだ。南禅寺や蹴上辺りまでを美術館前つまり平安神宮の大鳥居前から往復すればいいではないか。立派な観光資源になると思う。市電を一部復活すればいいとの考えは10年ほど前に市役所が募集した何かに筆者は応募した。それは採用されなかったが、その代わりに河原町三条から岡崎を巡回する100円バスが去年10月から利用が始まった。それに一度乗ったことがあるが、普通の230円の市バスとは違うルートを走るので面白い。そしてやはり市電を一部だけでも復活すればどうかと思う。だが、京阪が三条から蹴上まで市電が走っていたのを、車の邪魔ということになって地下に潜ったからには、また市電を三条通りに走らせるなど、誰もまともに考えないだろう。だが、せっかくの京都に来て、大阪や東京と同じように地下に潜らされ、また安くもない地下鉄料金を支払って乗る観光客の身になった方がよい。市民の利便のために走らせるのではなく、窓の外を見ながら市電に乗るという楽しみの復活だ。そういうことに若い観光客は喜ぶのではないか。それを思うのは新幹線だ。最近はある美術家に依頼して特別な内装を施した新幹線があるらしい。筆者は全く関心はないが、そういう一部の熱烈なファンに向けた特別仕様の電車があっていいと思う。機関車トーマスを模した汽車もその類で、京都にはもうすぐ鉄道博物館が開館するが、それに乗じる形でもいいので、京都らしい市電を岡崎界隈のみに走らせると、陸の孤島との悪評もなくなるだろう。車の通行の邪魔との意見には、筆者が見る限り、京阪三条から蹴上はいつ見てもあまり車は走っていない。充分に市電は走ることが出来ると思う。京都は日本で最初に市電が走った。その歴史があるために岡崎の図書館脇に実物を据えている。もう一歩進んで実際に走らせればよい。そうなれば筆者はまたあたりまえのような顔をして、また40年近いブランクを感じることなく、その車内の窓から外を眺めるだろう。その市電の復活に京セラやロームは資金を提供しないものか。もちろん車体と内部には会社の広告を満載する。きっとグローバルなニュースになると思う。
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by uuuzen | 2016-04-14 23:59 | ●新・嵐山だより


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