●ムーンゴッタ・2016年4月
しいという言葉を最初に使うのは、ひとつには今日の投稿は「忙」という漢字を最初に使うことが決まっていたからだ。



d0053294_1494659.jpg

その話はこれまで何度もしたので書かないが、簡単に書いておくと、このブログの投稿の最初の文字は、今はオレンジ色だが、以前は紺色であった。紺色時代に使った文字はメモ帳に順に書き写してあり、それをまた最初から今度はオレンジ色に変えて同じ順で使い始めた。折り返しというわけだが、人生は折り返しの時点をもうとっくに過ぎているかもしれない。だが、それは誰にもわからない。大地震の予想がなかった熊本にそれが急に起こり、先のことはわからないことを改めて思ったが、たいていの人は普段からそんなことを考えて、つまり内心不安を抱えながら生活するのではない。何事も心配すると切りがないことを知っているからで、何か起これば起こった時のことと、高をくくるのでもないが、ま、何事も仕方がないと半ば諦めの気持ちを抱えながら生きて行く。地震の予想は天気予報よりはるかに難しいらしく、今後も天気予報並みに当たることはないと思うが、そうなると、学者でも地震専門というのが一番気楽かもしれない。それを言われると地震学者たちは憮然とするに決まっているが、天気予報にははるかに及ばないほど予測不可能な地震をいくら研究してもほとんど無駄で、学者などと自称するのはよほど図々しいか、アホだ。今回の地震で少し驚いたのは、一回の大地震ではどうにか建っている家が、二度目にぺしゃんこになったことだ。しかも耐震設計がなされていた。これは、いくら耐震設計をしたところで、たび重なる大地震の前には自信がないということで、耐震設計をうるさく言うようになってはいるが、それもいい加減なものだとわかった。何事も完全、完璧などなく、やらないよりかはほんの少しはましという程度だ。そう考えると、先に書いたように、何が起こっても仕方がないと諦めの気持ちで生きて行くというのが、今後もほとんどの人の気持ちではないだろうか。それにしても家が壊れた様子を何度もTVで見ると、地震保険に入っていたのだろうか、また建て替える費用はあるのだろうかなどと、現実的なことをつい考えてしまう。それは筆者が地震に対して何の準備もせず、また家が壊れた場合に建て替える金がないからだ。そして、自分が地元の小学校の講堂や校庭で寝起きする姿をふと想像するが、今日もそのことを思いながら一方で浮かんだ映像は、満月だ。熊本の被災者たちも満月を見ているだろう。これまでと同じようにそれは光っているので、なぜ自分の境遇ががらりと変わったのか。そんな被災者の気持ちになってみると同時に、被災者は満月を見て、「ああ、きれいだな」と思う心の余裕もあるとも想像する。
d0053294_150259.jpg

 さて、話を最初に戻して、「忙」は本当にそのとおりで、2月1日から休みなしに毎日原稿と格闘している。つまり多忙で、それでブログの投稿も滞っている。何を何日に書くかは決めてあるので、多忙が終わればまた投稿を始めるが、来月に入ってからのことだ。それで、ずっと家の中にこもり切りなので、話題もないが、今日は満月で、しかも今朝雨が降っていたのが午後からすっかり晴れ、雲ひとつない夜空に満月が浮かんだ。今日は22日で風風の湯は「夫婦の日」ということで半額だ。金曜日でもあるので、22日でなくても半額だが、半額の半額になるかと言えば、それは無理で、ひとり500円払って午後6時20分からきっかり2時間入って来た。8時20分に家内と外に出ると、阪急嵐山駅の左上に満月が見えた。カメラを持って行こうかと昨夜は思っていたのに、1日経てばすっかりそのことを忘れる。それで家に帰った後、カメラを持ってまた風風の湯の玄関前に行って写真を撮った。それが今日の1枚目だ。2,3枚目は5,6歩駅前に向かって進めて撮った。桜はもうすっかり葉だけになっているが、風風の湯の東端の道路際に八重桜が10本ほど植えられ、それがかなり遅咲きで、今満開を少し過ぎたくらいだ。まだ若い木なので、花は少しだけだが、10年ほどすればその10本は道路から見れば風風の湯の建物を見えなくするほどになるだろう。そんな頃まで筆者が生きているかどうかわからないし、また風風の湯も京都に大地震があればどうなるかわからない。そんなことを言えば何でもそうだが、何でもどこでも起こり得ることを、熊本大地震が示しているようで、地震大国の日本に長年いると、地震のほとんどない国の人とは違って、人生観が違って来るのではないか。1,2か月前にネットで読んだが、九州で巨大地震があると、600万人だったか、桁違いの死者が出るとあった。阿蘇山や桜島が連動して噴火する際の巨大地震であったと思うが、そういう地震が学者の間で想定されているのは別に驚くことではない。阿蘇山も桜島も煙を上げているから、いつか大噴火するのではないかと、子どもでも予想出来る。ただ、その時期がいつかが問題で、その答えを学者は持ち合わせていない。それでもしも起きれば何百万人も死ぬと概算をするが、それとて子どもでもわかる。そう言えば熊本大地震の被災者の子どもが講堂で元気に走っている様子を先ほどのTVで見たが、屈託がなくてとてもかわいらしかった。大人の様子をしっかりと見てどういう深刻なことが起こっているかをよく知っているが、それでも子どもなりの健気さと前向きな活力がある。それは満月のように自然で美しい。そういう子どもを見て同じ講堂にいる被災者は少しは気分が和らぐのではないか。もっとも、子どもの声は聞きたくないという老人も多いが。そうそう、今日の風風の湯の大きなガラス窓に、筆者は右手でぐるりと直径1メートルほどの大きな円をひとつ描いた。そんなことをするのは全く子どもじみていることを自覚してはいるが、子ども心になって落書きもいいではないか。それに○はなおいい。毎回同じように大きな円を描くことにしていて、だんだん慣れてうまくなっているが、外気が暖かいので、浴場側に露がほとんどつかなくなって、描いた円はあまり見えない。
d0053294_1501540.jpg

[PR]
by uuuzen | 2016-04-22 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編)


●桂川距離標、その1 >> << ●神社の造形―吉川大明神
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
何年も前に書いた文章に感..
by uuuzen at 16:20
はじめまして。興味を引く..
by 文学座支持会元会員 at 11:15
最近あまりに多忙で録画は..
by uuuzen at 15:31
唐突に失礼いたします。ど..
by タイタン at 14:59
暴力事件は訴えても警察が..
by uuuzen at 15:11
地下鉄の件事件になります..
by ネイル at 19:07
上から目線で頭が悪い人
by 名無し at 08:13
上から目線で頭が悪い人
by 名無し at 08:13
漢詩や篆書など、中国のサ..
by uuuzen at 12:57
サーチしました所、ビスタ..
by インカの道 at 11:38
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
         ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2017 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.