●『WHO THE F*@% IS FRANK ZAPPA ?』支援者への特典
剣さが伝わったのかどうか、アレックス・ウィンターも100万ドルの大台を超えたことに驚いたようなメールが今朝届いた。いかにもアメリカらしいキックスターターの仕組みだ。



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これはその名前にもあるように、ボールの蹴り始めで、そのボールがどこへどう転がって行くかは予想がつかない。キックスターターのサイトに書いてあるように、店ではなく、企画に賛同した人は出資をするという形で、その見返りは集まった金額で計画がどう成就するかで変わって来る可能性がある。つまり、頓挫することがあり得る。これは誰が考えてもわかる。早い話が、アレックスが急死すればそれで終わりだ。1億円以上もの金を8000人以上から集めたとはいえ、本人にそういう事情があればどうしようもない。それでは金を出す人が損を見ると思う人は最初から参加しない。つまり、アメリカン・ドリームではないが、企画者の夢に賛同し、自分も夢を見ることを楽しむかどうかだ。100万ドル程度はポール・マッカートニーならばすぐに自腹を切ることが出来る金額だが、アレックスの今回の企画の名称がいみじくも語るように、「ザッパ?それ誰?」である現在のようで、せっかくの遺産がなかなか陽の目を見ない。世界で1万人未満の人が今回の企画に参加したことは、やはり少ないと見るべきだが、よくぞ100万ドル集まったと思う。日本からどれほどの人が参加したかだが、100人前後だろうか。筆者にはそのことが全くわからない。ファン・クラブもなく、音頭取りがいない。日本盤を現在発売している会社があれば、そこが窓口になって何か動きを起こすことも出来たかもしれないが、ユニヴァーサル・ミュージックは日本盤の紙ジャケ発売の企画が数年前に挫折し、以後そのままになって輸入盤しか手に入らない状態だ。これでは日本でファンが増える見込みは限られるのではないか。だが、筆者は昔からそうだが、ファンが多かろうが少なかろうが、そんなことは関係なしに自分が好きなものは好きでいいと思っている。
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 話が少し脱線するかもしれないが書いておく。ザッパは作品がよければそれを作った人物がどんな肩書きなどを背負っていても関係ないといったことを発言したことがある。確かにそうだが、日本ではそのことに関してどうだろう。先頃法螺吹きの方言のホラッチョという異名をちょうだいしてマス・メディアから消えた人物がいた。筆者は全く関心がなかったので、その人物がしゃべっている場面をほとんど見たことがないが、日本では誰でも尊敬するようなアメリカの有名大学を出て、世界に通用する資格も持っていたという。そういう人がなぜ日本のTVのコメンテイターになっているのかが筆者には理解出来ないが、つまりはそういう超有名な肩書きと目立つルックスがあれば、どんな人物でもTVで有名になり、高額な収入が得られるというのが日本だ。虚飾まみれのアホ世界と言ってよく、うまく人を騙す者が尊敬され、有名人になる。その点、かのホラッチョさんは少々脇が甘かった。日本では首相はそれクラスの政治家も同じようなことをしているではないか。なので、ホラッチョさんもいずれまたTVに出て来ると思うが、当然ホラッチョという名前を使う必要がある。話を戻すと、日本では早い話が、どれだけいい仕事をしても有名になることなど出来るはずがない。一番大事なことは、嘘まみれでもいいからいかに人を騙し、憧れさせるかだ。そのことを実はザッパもよく知っていた。レーガンなどはその代表であったからだ。となると、馬脚を表わしたホラッチョさんはまだ可愛げがあって、憎めない。おそらく大多数の日本人はそう思っている。今からハーヴァードに入ってMBAを取ればいいではないかとの意見があったことに驚いた。そんな資格があれば、日本のTVにちゃちなゲストで出るだろうか。また、出るとすれば、MBAなど全くつまらない資格で、日本のTVタレントは誰もそんなものを取る必要はない。ということは、ホラッチョさんは有名になる手段を勘違いした。MBAの詐称をしたところに、恐ろしいほどの劣等感がある。そして、それは日本の大多数の人の思いを代弁している。でもねえ、MBAの資格を取って何するの? そんなのが本当にほしいの?
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 ザッパの格好よさはみんなが羨む資格を取ったことではない。有名大学出を自慢する小物でもない。ザッパの言いたかったことはただひとつ。「やれると思うならやってみな」だ。それはどういうことかと言えば、自分のやることに責任を持ち、命がけでやるということだ。覚悟と言い代えてもよい。それが男の格好よさというもの。口では誰でも何でも言える。その男の口に女はいとも簡単に体を横たえるから、格好いい男が早々と女に関心を失うことは筆者もよくわかる年齢になっているが、本物の男を知る女もごく稀にいるから、男も生きて行けるというもの。で、その本物の男というのは、口だけではないということ。それでザッパは「黙ってギターを弾け」と言ったが、そういうザッパをホラッチョさんは死ぬまで理解出来るはずがないから、一時は全国的に有名になり、そして瞬時に萎んでしまった。つまり、格好悪い男であったということ。でも、ホラッチョさん、安心してください。どうせ虚飾が幅を利かす世の中で、すぐにまたみんなの前に出て来られますよ。ま、ホラッチョさんはどうでもいい。ザッパが「黙ってギターを弾け」と言ったことは、どんな男も座右の銘とすべきだが、多くの男は自分の本分を見つけることなく老いて死んでしまう。あるいは肩書きや高収入を得たことで、いっぱしの人物になったかのように錯覚してしまう。ザッパはそんな男でもなかった。ということは、大多数の男から理解されず、それゆえ女からもそうと言える。その結果、世界で1万に足りない人たちがアレックスの企画に賛同した。これは妥当な数なのか、少ないのか、多いのか、筆者にはわからず、またどうでもいいことだ。アレックスさんがファンの代表として頑張ってくれるなら、ま、300ドルは寄附しましょうかという思いだ。アレックスも1億円以上も集まれば肚をくくっていい仕事をするだろう。
 さきほど河原町でビールとウィスキーをたくさん飲んで来たので、かなり酔っているのかもしれない。それで予定とは違うことをどんどんと書き進め、ここまで来たが、先の「黙ってギターを弾きな」に戻ると、筆者はこのザッパの言葉をとても気に入っている。筆者のザッパ本をあるザッパ・ファンが読んで、「ぼくならもっといい本が書ける」と言ったが、その時思い出したのが「黙ってギターを弾きな」だ。書けると思うなら書けばよいだけの話で、筆者はそう返答したが、すると「ライターになる気はない」との返事だ。他人が書いたものを読むと、文章の不思議なところだが、詠んだ本人がその書き手のすべてを飲み込んだ気になる。これは読んだことに対して批判精神が湧いたからだが、そこに本や文章のよさがある。簡単に言えば、人を動かすからだ。だが、書くと読むことは全然違う行為だ。そこを、文章を読む人はたいてい勘違いする。文章を書くことはひとつの構成作業で、そこには流れや自分だけのこだわりがある。ましてや本となるとさおさらで、そこには人知れない苦労と努力がある。そういうことを知っている人がザッパ・ファンだと思っていると、そうでもない。それで筆者はザッパには関心があるが、ザッパ・ファンはどうでもいい。筆者が強い関心を抱く人物は、黙って自分のギターを弾いている。つまり、格好いい人だ。口先だけの人物をホラッチョというが、それを理解しない人物はザッパ・ファンにもいる。構成は文章に限らない。絵や彫刻、それに耳のいい人は音楽となるが、ある作曲家のある曲を聴いて、「あれくらいなら大したことがない」と思うことがある。だが、そう思う人のほぼ100パーセントが、その作曲家の足元にも及ばない。他者の作品を侮ることはたやすいが、作品というものを生むことはそう簡単ではない。だが、そのことをほとんどの人は理解したくない。そんなことより、どんなホラッチョな手段を使ってでも有名になれば勝ちで、日本ではそう思う人がだいたい成功するようになっている。つまり、程度が低いのだ。そのためにザッパを理解する人も極端に少なく、今後何百年経ってもそうだろう。「ザッパ? それ誰?」。アメリカでもどうやらそうであるらしく、アレックスはうまい名称を考えたものだ。さて、ようやく今日の本題。支援者の特典として、ザッパのテープ収蔵庫から映像や音源がいくつか紹介された。筆者はようやく今日それらを確認した。最も気になっていたのは、1967年秋にニューヨークでエリック・クラプトンと録音したギター・デュオの7分の演奏だ。
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 映像はなく、また音もいいことはないが、なかなか面白い。最初の4分45秒はエリックがザッパの伴奏でソロを弾き、その後交代してザッパがソロを取る。そのザッパのソロの最初のフレーズが、後年よく使われるもので、一瞬でザッパとわかる。そこが面白い。つまり、7分の演奏のうち、1、2秒がいい。筆者はこの演奏を7,8回聴いたが、あまりぴんと来なかった。最初に聴いて思ったことは、アルバム『スリープ・ダート』の「ジ・オーシャン・イズ・アルティメイト・ソリューション」だ。ほとんどその曲と同じと言ってよい。つまり、ザッパはアルバムで発表する何年も前に曲のおおよその形を仕上げていたという、今までによく知っていることを確認させられた。エリック・クラプトンはザッパの100倍は有名であるから、このギター・デュオ曲をCD化すると、きっとエリック・ファンは喜ぶが、ザッパがなぜ当時アルバムに収めなかったかはよくわかる。まず録音の悪いジャムということで、またそういったジャズ演奏は売れないことを知っていた。70年代のフュージョン・ブームとなれば話は別だが、ブルースではないそういった即興演奏は、67年ではごく一部のファンにしか受け入れられなかった。では発掘されたその録音は意味がないかと言えば、筆者が書いたようにいろんなことを考えさせ、またザッパの考えが後年まで変わらなかったことがわかる。ザッパは黙ってギターを弾き続けた。そして、エリックとの演奏をアルバムに収める必要も感じないほどに、よい演奏、録音を次々とものにしていった。つまり、アレックスとジョー・トラヴァースが今後発掘する音源や映像は、このエリックとのデュオのように、「ああ、そうだったのか」と納得させはするが、やはりアルバムに収める必要がないとザッパが思ったことに同意出来るものと考える。それは、ザッパは構成、仕上がりに厳格で、どこも隙のない作品を人前に出そうと決めていたということだ。ザッパ家のテープ収蔵庫のトン単位の重さのテープやフィルムがあって、その上にザッパのアルバムがある。そういうことを多少でも作品づくりする人は理解するが、残念なことに世間にはホラッチョばかり。つまり、格好悪い連中だらけということ。
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by uuuzen | 2016-04-10 23:48 | ●新・嵐山だより(特別編)


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