●彦根城にて、その1
格がないとみなされているようで、彦根城は姫路城のように同じ国宝でありながら、世界遺産にはなっていない。天守閣が今ひとつ目立たないからだろうか。



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玄宮園というとても立派な庭があり、また美術館も併設されていて、城の周囲の環境も姫路のように都会的でごちゃごちゃした感じがないので、江戸時代の情緒で言うなら圧倒的に彦根城がいいが、世界遺産の指定基準はいといろとほかに見るところがあるのだろう。明治維新になって各藩の城は取り壊されることになったが、彦根城が残されたのは明治天皇がそう命じたからとのことだ。明治という新しい時代とともに、古い象徴は必要ないとばかりに取り壊すというのは、かなり思い切った、またもったいない話だが、それまで結っていたちょんまげを切り落とすのと似ているかもしれない。まずは形から入ろうということだ。古い時代の象徴があると、考えも改められないとの考えだ。せっかく苦労して造った城で、しかもまだ充分使えるのをそのように壊すのは、世界的にも珍しい文化ではないだろうか。イスタンブールにある有名なアヤソフィア大聖堂はビザンチン帝国時代のキリスト教の聖堂だが、それをオスマン帝国は内部のモザイク壁画を塗り潰し、また建物の四方にミナレットを建てて、イスラムの聖堂に転用され、今に至っている。最近のISによる古代の遺跡の破壊とは違う考えで、キリスト教とイスラム教の仲が剣呑でないのがいい。日本にはそういう宗教対立がないのであるから、江戸時代の城を全部取り壊すというのはどうも行き過ぎに感じられるが、壊された城はその木材など、どのように処分されたのだろう。古民家の木材を飛騨高山辺りの古美術商はよく取り扱っていると聞くが、城の材木は民家に使うものよりもっと頑丈なものであったはずで、それを薪にしてしまうのはもったいない。だが、民衆に払い下げても、それをそのまま使った大きな屋敷など建てられず、やはり薪になったのだろうか。薪は毎日必要なもので、燃料になるのなら全く無駄になったとは言えないが、それでもやはりもったいない。今は尼崎のように、金持ちが大金を寄付し、天守閣を復元しようという動きがあるが、耐震設計が必要で、江戸時代のような木造は難しい。また出来たとしても鉄筋コンクリートより金がかかるだろう。となると、江戸時代の城はそのまま残しておいた方がやはりよかった。
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 日本は建物をあまり重視しない。ヨーロッパのように地震が少ないところで、石造りで何百年も保つ建物が普通で、また人々はそれを自慢する。だが、日本では建物は完全に消耗品扱いで、せいぜい50年が寿命だ。そのような意識を国民に植えつけておいて、30年ローンで人生を縛る。つまり、まともに働く意識を家で釣る。だが、家が余って来ている今、誰も住んでいない家にこれまでの何倍も税金をかける考えが出て来ている。古い建物が無人では物騒であるからというのが最大の理由だろうが、空家にしておくより誰に貸すことを考えているからでもある。だが、家を借りて済む人は、どうせなら新しい方がいいから、築20年や30年の物件には見向きもしないだろう。それでそういう空家に税金がこれまでの何倍もかけられると、家主は手放す。そうなれば不動産屋が安く買って、取り壊し、最低の費用で最大に見栄えのいい建物を建てる。つまり政府はそうなることを望んでいる。そこに、明治になって城を取り壊した思想の原点があるだろう。建物はどんどん取り壊す。ヨーロッパのように築100年や200年の住まいを大切にするという考えが芽生えないのは、地震が多く、また良質の石を算出しないからと言えるが、ヨーロッパのような石造りの建物では、日本の風土には合わない。木造が理想的なのだ。だが、今は純和風の建物は珍しい。それで都会では駅前にタワー・マンションが建ち、その高層階に金持ちが住むが、そう言えば最近東京のそうした建物から物を投げ落とされる事件が相次いでいる。江戸時代、いや、昭和も戦後すぐの頃なら考えられなかった事件で、アホほど高いところに行きたがるという言葉を思い出す。そういうアホがタワー・マンションに住んで下に物を投げ、歩いている人に当たって死んでも素知らぬ顔だ。タワー・マンションはアホのためのものということだ。いや待てよ。タワー・マンションは現代の城と言ってよく、現代の殿様は大金持ちで、江戸時代の殿様はアホであったということになってしまう。明治になって城を取り壊したのは、100年もするともっと背の高いビルがどんどん建つことを見越してのことであったかもしれない。そうなると、もはや取り壊された城を復元する関心は薄れる。江戸時代と同じ木造ならいいが、鉄筋コンクリートなら、タワー・マンションの方が立派だ。そこの最上階に現代の殿様たちが住む。
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 高層マンションから物を投げ落とす人がいて、それが歩行者に当たるかもしれないとのニュースは、アホの存在を伝えることのほかに、江戸時代の城と違って、いかにも貧しい立地を教えてくれる。城から物を投げても、城下町の人たちに当たることはあり得ない。城の周囲に広い土地があるからだ。その点、タワー・マンションはすぐ際に誰でも通れる道がある。江戸時代の城と違ってそれがいかにも貧しい。庭のない建物は、貧乏人が住むのにふさわしい。大都会では個人の広い庭はなかなか無理な話で、その代わりに公園がある。だが、庭と公園は全然違う。公園は空地で、校庭に似ている。昭和30年代の木造建築ではちょっとした庭があるのはあたりまえであった。それが急速にそうではなくなり、庭があってそこにさまざまな木があっても、それを全部失くして部屋を作る。豊かなになったと言われる日本だが、実際はその逆で、金がたくさん回るようになって来て却って精神的には貧乏になって来た。そのためかどうか、城は人気で、彦根城もたくさん人がやって来る。ひこにゃんという有名なキャラクターが出来てもう10年ほどになるのか、築城400年祭はひこにゃんのお蔭で大成功であったのだろう。彦根の名を日本中に知らしめた。ゆるキャラ・ブームはそのひこにゃんから始まったと言ってよいが、実際はイヴェントのキャラクターはもっと昔からあった。ひこにゃんが登場した時、筆者が思い浮かべたのは、京都の「未来くん」だ。これはよく覚えている。京都国体があった時に発案されたもので、その国体の開会式に小学生低学年の息子はマス・ゲームの一員として参加した。牛若丸が聖火を持って走っている形で、国体に際しては各競技用に数十のヴァリエーションが造られた。その立体は京都市内で割合よく見かけ、わが地元でも保育園の玄関前に長年置かれていた。邪魔にならない場所であったのに、飽きられたのか、いつの間には撤去された。その撤去で一番記憶しているのは京都駅前だ。そのとても目立つところにもあったのに、交通の邪魔と思われたのか、やはり姿を消した。またこの「未来くん」は最初は黒目であったのが、それでは不気味と言われ、白い丸が加えられた。そっちの方がかわいいが、完全な黒目も公家さんらしくてよい。その「未来くん」が京都から消えたことは、京都に未来がないことを意味する。キャラクターにも寿命があるということだが、それはそうだろう。家が簡単に建て変えられる日本で、キャラクターが20年も使い続けられるのは珍しい。その点、ひこにゃんはどうだろう。いつまで使い続けるだろう。もう10年ほどになると、もう10年は人気を保てるか。どうせなら100年以上はそのままでいてほしい。そして「未来くん」も復活させてほしい。今日の4枚の写真は次回説明する。
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by uuuzen | 2016-02-15 00:15 | ●新・嵐山だより


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