●玉藻公園
画どおりに事を運ぶことが好きな筆者だが、よく欲張るので、計画したことの半分程度しかいつも実現出来ない。簡単に言えば時間と金がないからだが、準備不足や勘違いで手間取ってしまうことも多々ある。



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今日で高松でのことは全部、ただし回った神社の写真は除いてだが、投稿が終わる。それで先ほど玉藻公園の案内図のチラシがあるかと思って調べると、もらっていないことがわかった。それでネットで地図や案内図を調べ、ようやく書く気になった。もらったと勘違いしたのは、一昨日載せた披雲閣の中から庭を眺めた写真に写っていた天守閣のような櫓の前で、係員の男性ふたりに出口がどこかと訊いた時、雨に濡れても大丈夫なコーティングを施したA4サイズの古びた地図を示され、それで現在地を教えてもらったからだ。てっきりその地図を入場の際にもらったと勘違いしていた。もらったのではなく、筆者がヤフーの地図を印刷して持参し、それと櫓の係員の地図がごっちゃになった。それほどに玉藻公園は迷路のように複雑だ。濠は外的の侵入を防ぐもので、城というのはだいたい複雑に出来ているのがあたりまえだ。高松城は海辺にあるので、舟でやって来る敵は眼下にすぐに見えた。よい場所に建てたものだ。今はすぐ北にフェリー乗り場があるが、10年前はそのどれかで下ろされ、まだ真っ暗な早朝、バスに5分ほど乗せられて駅前まで連れて行かれた。バスに乗ったので、距離はかなりあるかと思えば、筆者の足で10分ほどだろう。それはさておき、ヤフーの地図をダウンロードし、そこに筆者が歩いた道筋を青線で示そうかと思ったが、地図を拡大してもどこをどう歩いたのか思い出せない。とにかく同じ場所を二度ぐるぐる回り、そして櫓の前に行ったが、その櫓は同じようなものがふたつあり、筆者が係員に現在地を教えてもらったのは北東隅に近い月見櫓であることが今わかった。筆者はその係員に、南東隅の出入り口に行きたいと言った。月見櫓に至るまでに披雲閣を取り巻く庭を二周したが、それで南へ歩けばいいのに、反対に北に進んだ。そして月見櫓を南東隅の艮櫓と勘違いしていることを係員から教えてもらった。その時は疲れが一気に出た。また披雲閣まで戻り、さらに南へ行く必要があるからだ。つまり、高松城の敷地内の北から南まで歩いた。もちろんそれだけではない。メディアアート展に行くのに敷地内の北西端から入り、ほとんど敷地内を全部歩いたに等しい。計画どおりに事が進まないのは、たいていは筆者が悪い。いつもそのように方向を間違うから、家内は50メートルほど後を歩いて来る。というのは、先を歩く筆者が間違いに気づいて後戻りすることがしばしばであるからで、筆者の真横を歩いていると、同じように無駄な距離を歩かねばならない。
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 筆者らが玉藻公園内のどこから外に出たかは、今日の3枚目の写真からわかる。そのつもりで撮ったのでもないが、今見ると、「旭橋」の文字が見える。それでネットで見つけた案内図と照らすと、その橋は公園の南東端にあることがわかった。そうそう、そこから出るつもりで、披雲閣を出た後はうろうろし、かなり無駄な距離を歩いた。なぜそこから出たかったかと言えば、神社がすぐ近くにあるからだ。その神社は旭橋を出て50メートルほど東、県立ミュージアムの敷地の南端にある。地図にそう出ている。ところが、先日書いたように影も形もなかった。そして塀が巡らされていた。ミュージアムの駐車場か何かを拡張工事でもしているのだろう。それで今またネットの地図を見ると、もうその三門神社は表示されていない。その神社は真東へと走って来た琴電がちょうど90度のカーヴを描いて南に向かうカーヴの始まり付近に位置している。線路は昔から変わらないはずで、やはりミュージアムの敷地の南東端にあったのだろう。その神社を探すために、筆者はまたうろうろした。何せ線路が急カーヴしているところで、見知らぬ土地でなくても方向感覚がおかしくなる。そういうところで鳥居がないかときょろきょろしている姿は異様だろう。ないことを知って次の目当ての神社に向かったが、今地図を見ると、その三門神社の20メートル南に香川大神宮があるではないか。筆者が印刷した地図には表示されず、もっと拡大した地図でない限り、見つけられない。また、その神社のほとんど真横を歩きながら、家が何軒か建っていて、それに遮られて見つけることが出来なかった。ま、神社の写真は「神社の造形」でいずれ載せるのでこれくらいで話を打ち切るが、今日の1,2枚目は一昨日の写真の披雲閣から見た庭に立って撮ったもので、蘇鉄の威容が伝わるかと思う。これくらいの蘇鉄がわが家にもほしいが、それは大名クラスの大金持ちでも無理だろう。何しろ何百年か経っている。ヨーロッパの貴族ならそういう家柄はいくらでもあるが、蘇鉄を育てる気候ではない。1枚目の写真はよく手入れされた松があまりに立派で、披雲閣を取り巻く庭を歩いていると、大名気分になれる。背後に高いビルが見えないように規制しているのかどうか知らないが、京都の広々とした枳殻邸は、まるで東京都内であるかのようにせっかくのいい眺めの背後にマンションがいくつか見える。つまいr、もう江戸時代らしさは京都には求められないということで、地方都市と言っては悪いが、高松のようなところに堂々たる本物の日本がある。京都はみんな寄ってたかって食い散らしたような街になっていて、それが年々加速化し、見るべき桜や紅葉も昔に比べると、恐ろしく貧弱になっている。それに気づかないのは、劣化の速度が緩慢であるからだが、歴史的時間で見れば一瞬で、戦後の京都はよくもまあ、ここまでひどいことになったなと言ってよいほどに、きれいな砂糖菓子が虫食い穴だらけになったような状態だ。何の計画もないからそのようなことになる。
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by uuuzen | 2016-02-13 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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