●天恩山五百羅漢寺
と兔ほどの歩みの速さの違いがある。筆者と家内はよく往復1時間ほどかけて梅津のスーパーまで買い物に徒歩で出かける。自転車を使う時もあるが、ここ数か月は歩きだ。



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お互いずしりと重い買い物袋を両手に持って帰るが、自転車なら重い思いをせずに済んだのにと多少は頭をかすめる。だが、歩くのも重い荷物を持つのも運動だと思えばよい。筆者は歩くのが自分ではさほど速いとは思っていないが、家に着く頃には家内と100メートルかそれ以上の差がつく。それで途中で筆者は立ち止まり、家内が追い着くのを待つことがあるが、家内は走った後のような荒い息を吐く。それで筆者は兔で家内は亀と形容すればいいが、それには別の理由がある。筆者は速く歩き過ぎるためか、目的地を見逃すことがある。目黒雅叙園で展覧会を見た後、次の目的地の五百羅漢寺を目指して歩いたが、家内は疲れ切っていたのか、筆者の後方50メートルかそれ以上離れて歩いて来る。途中で見失う恐れのある曲がり角では多少待つが、通行人が少ない場合は50メートルくらい離れていても姿はよく見える。昨日載せた地図を見てほしいが、五百羅漢寺まで100メートル少々というところに大通りがある。その信号を待つ間に家内は追い着いた。渡ってすぐに筆者はまた早足になって先を急いだが、目指す五百羅漢寺が見当たらず、その代わりに「目黒不動尊」と記した大きな看板が見えた。中年の女性のふたり連れがその奥に入って行ったのが遠目に見え、代わりに今度は若い女性が出て来た。その時に撮ったのが昨日の3枚目の写真で、筆者はそっちの方へ向かってまた歩き始めると、後方で家内の怒鳴り声が聞こえた。振り返ると、家内は「どこ行くのん、ここやよ」と言う。「天恩山五百羅漢寺」と浮き彫りした黒くて大きな石柱が立っているのに気づかなかったのだ。家内は呆れていた。こんなに大きく書いてあるのに、その真横を歩きながら気づかないとはよほどどうにかしているとなじる。筆者はようやく思い出した。五百羅漢寺は木造ではなく、ビルだ。何年か前、この寺についての分厚い本を読みながら、すっかり忘れていた。「目黒不動尊」の看板の下を先に進んだところに寺があるはずで、そこだと勘違いしていた。このような調子であるから、筆者は亀としての家内の何倍も歩くことが速くても、結局は家内の方が先に着く。つまり、筆者は労多くして得るものが少ない。これは家内がいつも筆者を評して言う言葉だ。そのことを筆者は自覚するので、遠回りすることをよしと考える。癪だからだ。要領がよさそうで効率がきわめて悪いことを筆者はよくする。そのことの端的な例がこの五百羅漢寺を見過ごしたことだ。
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 この寺についての本は正直なところ、少しも面白くなかった。得るところがなかったと言い代えてもよい。筆者が知りたかったのは、江戸時代の頃の話だ。だが、そのことはほとんど書かれず、代わりにビルとして寺が蘇ったことの苦労話に終始し、それはそれで明治以降の東京における禅寺の存続の難しさを伝える意義があるが、金にまつわる生臭い話はあまり知りたくない気がする。昨日書いたように、同じ問題は現在の京都でも深刻で、出世稲荷社が経済的理由で縁もゆかりもない新たな場所に移転してしまった。同じことが五百羅漢寺ではさらにひどく生じた。この寺は元禄時代に現在の江東区の本所にあった。今はその地域は海からかなり奥だが、江戸時代はほとんど海辺であった。前述の本ではこの寺があった場所に小さな石碑が建っていることを紹介している。人気のある寺で、浮世絵に描かれてもいるが、木造の五百体の五百羅漢像以外にオランダからもたされた大きな油絵が何点か、それに内部の階段もサザエの貝殻の形をした特殊な形の建物があって、名所になっていた。それが幕府の庇護を受けられなくなった明治維新以降衰微し、明治41年に目黒に移転した。戦後に黄檗宗から離れて単立になったが、宗派が何かと言えば、ホームページに記されていない。本堂には禅宗らしく本尊の釈迦如来と羅漢像が置かれているが、別に阿弥陀堂があって、当然阿弥陀像がその本尊であるので浄土宗ということになる。禅宗の雰囲気を残した浄土宗の単立寺院ということで、こういうことは珍しくないだろう。京都の石峰寺も黄檗宗から一時浄土宗に変わり、そしてまた単立の黄檗宗になっている。黄檗宗で言えば、この五百羅漢寺の北東隣りに黄檗宗の海福寺がある。真正面に立ってその写真を撮ったのに写っていなかった。海福寺は江戸時代から同じ場所にあるのではないだろうか。となれば、本所から引っ越して来た五百羅漢寺は肩身が狭かったのではないか。入場券代わりにもらったリーフレットによれば、大正、昭和と羅漢像はやっと雨露をしのぐほどの状態であったというから、地元住民からも見放されていたのだろう。その頃のこの地域がどのような様子であったのか知らないが、もっと静かで人が少なかったのは言うまでもないだろう。五百羅漢は現在は大きくふたつのグループに分けて設置されている。鉄筋コンクリートの本堂では釈迦如来を中央にその両側に、イギリスの国会のように檀上にずらりと黒ずんだ像が居並ぶ。それらを間近に見るには靴を脱いで内部に入らねばねらないが、中から話声がよく聞こえて来たこともあって、半ば遠慮、半ば面倒臭くなって靴脱ぎ場からガラス越しに眺めただけであった。その前にまず羅漢同を拝観する順路で、そこでは廊下沿いにずらりと並ぶ羅漢像を間近で鑑賞出来る。それで堪能したこともあって、本堂内部には入らなかったとも言える。羅漢像は等身大の坐像で、どれも似ている。数えていないが、羅漢堂と本堂とで半々の割合で、全部で500はあったように見えたが、リーフレットによれば羅漢像を含めて仏像は305体とある。これだけでも伝わったのは寺のかつての困窮ぶりからすれば奇跡だろう。よくぞ全部売却せずに済んだものだ。修復はし続けなければならないので、昭和54年に現在の寺が整えられたのは文化財保護の観点からもよかった。
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 木造の五百羅漢像は珍しい。滋賀にも有名なものがあって、昔の映画の撮影に使われたことがあるが、目黒の羅漢はどうなのだろう。鉄筋コンクリートの寺にしてしまうと時代劇の撮影は無理だが、それでも高価でありまた維持困難な木造の寺であれば、いつまた経済的な困窮が訪れるかわからない。それはともかく、筆者がこの寺を訪れたかったのは、前述のように本を読んだことのほか、この寺がかつて授与した五百羅漢の木版画を何年か前に入手したからだ。それとよく似たものは筆者が買って読んだ本にカラー図版が載っているが、筆者が所有するものが寺に展示されているかどうかを知りたかったのだ。聖宝殿に元禄時代から伝わる寺宝が展示されていて、宇治の満福寺と同じ形をした「かいぱん」(魚梆)があった。黄檗宗の看板のようなもので、たまにオークションに出品されるが、明治維新以降は廃絶した黄檗宗の寺から流出したのだろう。本掲載の五百羅漢の木版の掛軸も展示されていたが、どうやら筆者が所有するものはなさそうだ。何しろ寺のこれまでの運命を考えると、元禄時代から明治までのものは五百羅漢像や釈迦如来像以外は残っているのが珍しいだろう。当然五百羅漢の木版画の板木もなく、復元は現在の木版画の技術からはまず不可能と思われる。きわめて精緻な彫りで、幅25センチ、高さ1メートル弱の紙に500人の羅漢や釈迦三尊を表情や仕草を違えて描き分け、しかも賛もある。そのような版画は江戸時代に庶民に売られたもので、それほどに有名であった寺が時代が変わって疲弊した。それが蘇ったのは、それを願った人がいたからで、それで本にはその経緯が細かく書かれたのだろう。人間臭い話は羅漢が修行中の身であることからしてふさわしくないとは言い切れない。この寺はTVでもよく宣伝されるのと同じような建物内にコインロッカー形式で位牌を安置する現代的な墓所を持っていて、遠い田舎に墓を持っていて不便を思っている人にとってはいい菩提寺になるだろう。だが、戦後は信心深い人が減り、今後またどういう試練の時が待っているかわからない。そう思えば隣りの海福寺はどのようにして経営が成り立っているのだろう。今日の2枚目の写真は左手が拝観受付で、門を入ってすぐ右手に折れると羅漢堂にすぐに入る。そこでは右手に羅漢像が並び、羅漢堂を出ると3枚目の大きな再起地蔵尊の前に出て来る。この像の左手奥が4枚目の本堂で、その真正面に聖宝殿がある。その内部を一巡すると、2枚目の写真の受付に出て来る。つまり、時計と反対回りに境内を一周することになる。リーフレットのイラストでは、1枚目の写真の玄関つまり山門左の駐車場のある大きな建物の屋上が「憩意の広場」となっている。そこに上れば眺めがよさそうだが、筆者らは気づかなかった。それに気づいても、もう3時近く、兔のように渋谷に急ぐ必要があった。
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by uuuzen | 2016-01-23 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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