●柴又帝釈天参道
定をしっかり立ててもその半分ほどが実現すればいい。先月末の東京行きに際して計画したことは、8割ほどは実現した。筆者にすれば上々の出来だ。



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本当はトーク・ショというギャラが出る仕事に行くのであるから物見遊山の気分ではよくない。だが、せっかく数年ぶりの東京であるから、3,4日は滞在し、その間に気になっていたことをこなしたい。それで1週間ほど前から計画を立てた。最初にふたりに会うことを考え、それぞれ手紙を送ったが、どちらも駄目であった。いや、もうひとり長年会っていない人が渋谷の神宮前に住んでいて、その人にも便りを送ったが、返事は年賀状で来て、そこには筆者のケータイ電話の番号がわからないので連絡のしようがなかったと書いてあった。急なことであったので、相手はケータイで連絡を取り合って会おうと思ったのだ。そこでやはりケータイを持たねば駄目かと一瞬頭をよぎり、家内もそれ見たことかといい加減にケータイを使えとうるさい。それはさておき、予定した3人とも会えないことになり、次の予定を立てた。まだ訪れていない美術館が都内にはいくつかあるが、それを少しでもこなすことだ。結果的にそれらは予定どおりに訪れることが出来た。そうした施設として、数日前に脳裏に浮かんだのが、家内が何年も前にTVで見た柴又の帝釈天で、その時、家内はいつか行ってみたいと言った。それでまず東京に着けば真っ先にそこに行く計画を立て、地図を印刷した。筆者はフーテンの寅さんのシリーズ映画『男はつらいよ』の熱心なファンではない。たぶんまともに見たのは2,3本だろう。それもほとんど内容を覚えていない。それでもそこに漂う昭和の懐かしい雰囲気は好きで、東京にもそんな下町がまだあるのかといつも不思議に思った。幸い22日の朝は天気がよく、家内ともども両手に荷物を持ちながらでも、電車に乗っての移動はさほど苦にならなかった。どこかのコイン・ロッカーに荷物を預けて移動すればいいのだろうが、そのロッカーにまたうまく戻れるのかどうか不安だ。つまり、帝釈天を訪れた後は別のルートで渋谷に出るかもしれない。それは、出来れば浅草に出ようと考えたからで、結果的にはそこに行く時間がなく、目黒に直行した。そのことは後日書くとして、22日の東京行きで最初に訪れた柴又について、今日から何度かに分けて投稿する。
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 24日の夜は新宿のアコースティック・アートという地下のライヴ・ハウス兼飲み屋で3時間弱楽しく過ごしたことは先日書いたが、そこの小柄でとても人のよいマスターは寅さんの大ファンのようで、映画は全部持っているので、コピー出来ると言ってくれた。筆者は最近映画やドラマを見る時間がないと言うか、見る気になれず、ファスビンダーのDVDも半分はまだ見ずにそのままになっているし、録画し玉マザーズの韓国ドラマも大量にある。それに見た映画の感想をここに書くこともしていない。そういう状態なので、寅さんのDVDが手元にあっても見ることはないので、マスターのそのありがたい言葉を聞き流した。その一方で東京には寅さんのファンが多いことを思った。それは関西と比べてそうかと言えば、筆者の想像だが、やはり圧倒的に関東で人気があるのではないか。それでも寅さんの映画はNHKの大河ドラマと同じで、毎回ロケ地を変え、大阪や京都で何度か撮影し、日本全国の有名な観光地のほとんどを網羅しているのではないか。その挙句にウィーンを舞台にしたこともあった。こうした筋立ては、寅さんを世界的なものにしようとの映画会社の考えであろう。実際それはかなり実現し、北朝鮮のキム・ジョンイルは寅さんの映画の大ファンであったと昔報道されたことがある。それに缶コーヒーの宣伝にアメリカ人俳優が寅さんに扮してコマーシャルを録ってもいる。東京人が寅さんのファンであることは、ヤマハのザッパ担当のKさんとの話でもわかった。彼も寅さんが好きだとのことで、また東京らしい下町はもはや柴又辺りにしか残っていないとも聞いた。となると、寅さんの世界はもうきわめて珍しい東京のレトロ感を示す文化財ということだ。それはさびしいことだが、まだそういう場所がわずかでも残っているところを喜ぶべきかもしれない。そうそう、Kさんは柴又の次に浅草もと言葉を足したが、そこは現在は外国人観光客が増えている観光地で、東京を未来都市のようなきらびやかなビルばかりにせず、昭和やそれ以前の雰囲気を伝える町は意識して保存して行くべきだろう。そういう日本独自の何かがなくなれば外国人観光客も減少するのではないか。その場所にしかないもの、つまり町の個性はJRの駅がどこも同じようになってしまったことによって激減した。地方創世と言うのであれば、独自性をまず持とうと町の人たちが努力すべきだ。だが、建築資材や道路など、町を形成する素材が日本中同じで、しかも新幹線網の充実によって日本が狭くなると、町が個性を生むことは難しい。そこで重要なのが、町が持っている歴史だが、東京はそれが浅い。柴又もそう古いところではない。だが、帝釈天の門前は味のある観光地らしく、またどの店も風格があった。
d0053294_22594545.jpg さて、柴又に出るには京成電鉄に乗り換える必要があるが、日暮里で乗り換えるのに、西日暮里で下りた。それで辺りをきょろきょろしながら、誰にも声をかけられず、また切符を買い直して1駅乗った。往路がそのような具合で田舎者丸出しであったが、復路もまた間違い、危うく切符を改札に入れる寸前に下りた駅を間違ったことに気づき、また電車を乗り直すなど、時間をかなり無駄にし、早々に浅草行きは断念した。それに日暮里に戻ってそこからどう浅草に行くかもわからなかった。山手線に浅草駅があると思っていたのに、路線図を見てないことに気づいた。今でも日暮里から浅草にどう出るのかわからないでいるが、地図をたくさん印刷して出かけたというのにその有様だ。それはともかく、どうにか京成電車に乗って柴又にたどり着いた。それなりに観光客はいるが、思ったほどではない。寅さんの映画が作られていた時とはやはり全然違うだろう。渥美清は死んで柴又駅前に銅像が建ったはいいが、それは華々しい時代が終わった証拠でもある。この銅像は実にリアルに出来ていて、また設置されている場所もこれ以上ふさわしいところはない。それで真っ先にその写真を撮った。帝釈天の門前はすぐで、石畳が敷かれた道を行くと、両側に土産物屋や川魚屋、それに食堂や菓子屋などが並んでいる。その光景はほとんど京都の伏見稲荷大社の参道とそっくりだが、柴又の方が倍ほど長い。「柴又帝釈天参道』と大書された門の下をくぐって進むとすぐ左手に自然石を使った大きな石碑があって、その前に一匹の猿の石像が置かれていた。その写真を撮ったが、なぜ猿であるかの意味は、帝釈天は庚申参りで有名であるからだ。庚申は京都でも馴染みだが、今年はちょうど申年なので年末から正月にかけて帝釈天は例年より人出が多かったのではないか。これはついでに書いておくと、筆者の今年の年賀状は三猿を図案にして作った切り絵を用いた。この三猿は「悪いこと」を見たり言ったり聞いたりするなとの戒めの意味だが、筆者にはそれは確かにいいことかもしれないが、誰かが悪いことをされていてもそのことを見て見ぬ振りをすべしという否定的な行動を取れ、つまりよけいなことに関係するととばっちりを受けるので、素知らぬ顔をしろとの意味もある気がしている。もっと言えば、その三猿を庶民に繰り返して教え込むことによって、幕府は庶民からの批判を受けないようにした面があるように思う。それで筆者は切り絵のホームページではその三猿の図案に別の意味を与えた文章を書いた。
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by uuuzen | 2016-01-16 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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