●薔薇の肖像、その13
念になった朝の薔薇の花の写真がある。今日は半ばシリーズ化している薔薇のクローズアップ写真の「その13」を投稿する。どれも去年11、12月に撮影した。



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晩秋から冬の薔薇だ。わが家の近くや嵯峨、梅津がほとんどで、東京の渋谷で撮ったのが1枚ある。今日の4枚目の右下だ。真正面を向かせるために手を添えた。ホテルを朝8時半頃に出て、すぐ近くの国学院大学の前を南下し、明治通りに出る100メートル手前の左手の民家の庭先で見かけた。幸いその家の誰にも出会わなかった。もし見つかると、人の家に咲いている薔薇を立ち止まって勝手に撮るなと言われたかもしれない。薔薇の花の数メートル奥の扉をちらちら見ながら、誰も出て来ないことを祈った。それはともかく、寒い時期なので、薔薇の花はあまり見かけない。年が明ければそれこそもう駄目で、どの木も根元近くで切られている。その直前に16枚をよくぞ揃えた。冬の薔薇はでっぷりした形になるのが多く、またそのままの形で枯れてしまう。それはそれでまたいいもので、筆者は冬の薔薇が好きだ。紅葉が散って寒々しい眺めの中、薔薇がぽつんと咲いているのを見ると、花盛りの春よりも何となく楽しい。そういう冬景色の中でもうひとつ鮮やかなのは柿の実だ。東京都内でもそれはあるのだろうが、筆者が歩いた限りでは見かけなかった。何と言っても嵐山や嵯峨の田舎とは違う。だが、薔薇と言えば都会的な印象があるのに、東京ではビルが多い地域ばかりを歩いたこともあって、薔薇の花が咲いている庭のある家を見かけなかった。少し郊外に行くときっとそうでもないのだろう・薔薇の好きな人は世界中にいる。朝の渋谷を歩いたことは後日地図つきで書くとして、今日は別の話を。
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 今日は家族3人で母の家を訪れた。耳がかなり遠くなっているので、TVを大音量で鳴らしている。また、同じことを何度も質問するので、認知症がゆっくり進行しているのがわかる。それでも筆者や家内、息子の顔を見るとすぐにわかるし、話をしていても奇妙なことを口走らない。それどころか大声で笑い話をよくする。それもその日の気分にかなり負っているようだが、高齢になっても虫の居所が悪かったりするのは当然だろう。だが、今日の母はいつもとは違ってとても機嫌がよかった。3人揃ってやって来たことが嬉しいのだ。帰る時は必ず、またやって来いと言う。妹家族がすぐ近くに住んでいるとはいえ、その生活をあまり邪魔することは出来ず、ほとんど行かないと言う。それでさびしいのだ。20代半ばから子どもを3人育て、再婚しなかったので、夫の存在というものがほとんどなかった。それはそれで気楽とも言えるが、さびしさもある。家内は筆者の言うことを何でも聞き、どこへでもついて来るが、筆者がいなくなればひとりで元気に暮らすだろうか。それはそうだろう。仕方のないことで、誰しも死のお迎えがやって来るまで生きる。母の家系はみんな長命で、90代で亡くなっている。筆者のその口かと思うが、筆者は父親にそっくりだそうで、ならば60代で死ぬ可能性が大きい。一方、家内は母や姉が70代半ばの寿命で、家内の方が筆者より早く死ぬ可能性が大きい気がしている。そんなことを考えるのはいやなので、なるべく先のことは思わないようにしているが、そうしていても確実に干支が変わり、気づけばまた年賀状を印刷している。元気に動き回れる間に行きたいところに行っておくべきで、そう言えば先月は家内も思い切って東京に行ってよかった。ただし、たった2日の滞在で、さしてどこも見ていない。また行けばいいと思いつつも、先月のようなトーク・ショーの機会はなく、出かける名目がない。ないことはないが、わざわざ高い旅費を使ってまでもという気になる。それは結局のところ経済的な問題だが、欲を言えば切りがないことは家内もよく知っている。それでともかく先月22、23日の東京滞在はとてもいい思い出になったようだ。もっと若い頃に東京見物をしていればよかったと家内は思っているようだが、冬の薔薇を思えばいいではないか。家内は62歳だが、もうすっかり真冬の薔薇で、大きく開花することなしにそのまま萎んで行く。だが、その姿はそれはそれで冬の薔薇のようにきれいだと思えばいい。
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 母親の家から戻った後、息子はまたザッパ本を読み始め、重大な印刷ミスを指摘した。それは予想しなかった間違いで、正月気分が一気に吹き飛んだ。家内は寝込む始末で、うきうきして東京に行ったのが恥ずかしいとまで言う。明日はヤマハの担当者にメールを送るが、誤字脱字などの訂正作業は正月明けにとんでもないことになりそうだ。それでも今日は母の家に行く前に、河原町通りの新しく開店した丸善に立ち寄り、筆者のザッパ本が並んでいるのを一家で見て、家内はとても喜んだ。そうであるからこそ、悲惨な訂正箇所を息子が発見したので落胆が大きい。間違いは直せばいいが、印刷されたものは元に戻らず、それをどう購入者に謝るか。ま、正月から怒ると今年はずっと怒り続けることになりそうなので、今は忘れておく。母の家から河原町にまた出ると、もう日暮れであった。どこへもお詣りしていないので、どこへ行くかと話し合い、結局一番近い八坂神社にした。そして運だめしにくじを引いた。200円也。24番が出た。末吉だ。いつもそのようなものを引いている。凶はまだ出たことがない。それで凶よりはいいと末吉で満足する。末吉はいつかいいことがあるということだ。そのいつかをみんなが心待ちしている。人間はみなそうだ。そして、待って待って待ち続け、何もいいことがなかったというのがだいたいの思いだが、それでは癪に障るから、まあこんなものかと思う。母との話の中で、母が会ってみたい人の名が何人か上がった。それらの人は筆者もよく知っている。だが、母も筆者ももう3,40年は会っていない。先方もごくたまには母や筆者のことを思い出すだろう。だがそれだけのことだ。わざわざ探し出して会いに行くというほどの思いもない。またあってもその気力、体力がない。それに、昔住んでいたところにはおそらくもういない。母が会ってみたいという人の中にYさんがいるが、筆者が記憶するYさんは母の記憶というか親しみの思いとほとんど同じで、幼い筆者は筆者なりにYさんの天真爛漫な人柄を好んでいた。Yさん一家はとても貧しかった。それにもかかわらず、Yさんはいつも笑顔であった。当時30代後半だったか。世の中にこれほど楽しく生きている人はいないと思うほどに陽気な女性で、3人の子どもはみなそんな母親を嬉しく思っていたことだろう。旦那さんはごく平凡な目立たない人であったが、筆者や母に優しかった。そんなYさんを母はよく覚えていて、一度会えるものなら会いたいと言う。筆者もそうだ。Yさんがその後どのような人生を歩んだのかはわからないが、生きていれば80歳ほどで、きっと陽気なままだろう。そうであってほしい。慎ましい生活の中でのYさんの笑顔と笑い声は、筆者の記憶の中でほとんど冬のふっくらとした薔薇のように美しい思い出となっている。それに、きっと3人の子どもはまともに成人し、Yさんを支えているだろう。それは末吉の人生と言ってよいが、Yさんのような人が、人生の最終段階で他人から見ても吉であるような人生を送らねばならない。
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by uuuzen | 2016-01-03 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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