●高槻の今城塚古墳、その2
でたいのかどうかわからないので誕生日で、その思いは年々強くなる。数え年で年齢を言っていた時代でも門松を見れば年齢が1歳増え、高齢者であればその分死期が近づいてめでたい正月がそうとも思えなくなる人があった。



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筆者は正月は好きではないが、それはもっと別の理由からだ。子ども時代に正月をゆったりとした気分で味わったことがなく、また普段の生活のリズムが乱されるのが何となく気に食わなかった。今では素直に正月らしい雰囲気は楽しめるが、それでも億劫なことがある。年賀状だ。今年もそろそろその図柄を考えねばならない頃になって来ているのに、さっぱり気分が出ず、きっと大晦日に慌ててパソコンで印刷しているだろう。それはさておき、家内の誕生日の10月19日は、どこかで昼を食べるのであれば案内状をよく送ってくれる高槻のがんこと決めた。がんこは京都や大阪にもあって珍しくないし、またどの店でもメニューはほぼ同じで、味もそうなのだろうが、大阪市内は遠いし、三条河原町店に行くよりも高槻の方が便利だ。それに何と言っても高槻店から案内が来ているのであるから、その案内状を持参しての特典を受けない手はない。筆者はどうでもいいが、家内は合理的にそう考えた。だががんこで食べるだけでは高槻行きはもったいない。それで神社巡りを計画し、その最初に有名な奥天神に行くことを計画した。この神社は山手近くにあって、長い石段を上って社がある。30年ほどか、もっと前か、家内と筆者は一度そこを訪れたことがある。たぶん40年近く前だ。その時、参道で家内の友人の妹さんに出会った。筆者は知らない女性なので何とも思わなかったが、彼女はまじまじと筆者を見、そして家に帰って姉さん、つまり家内の友人に筆者のことを話したそうだ。その内容が面白い。嘘か本当か、「郁恵さんがとても男前とデートしていた」というもので、まだ20代前半の筆者は男前に見えたのだろう。それ以降その神社を訪れていないが、近くに家内の姉の家がある。10月19日は、がんこで食事した後にその神社と、そして姉の家を訪問しようかと家内に言ったが、突然訪れると相手は困るから、神社だけにしようと言った。そして結果を言えば、その神社も訪れなかった。それは昨日書いたように、阪急電車の高槻駅を下りてすぐに、今城塚古墳の広告を見たからだ。筆者は食事を終えてすぐにそこに行こうと決めた。幸いいくつかの神社を印刷した地図にその古墳公園の場所も含まれていた。ただし、初めて訪れる地域で、方向音痴の筆者はきっと道を間違える。それにどこをどう寄り道するかもしれない。これも結果を言えば、がんこで食事した後、すぐにその寄り道をして時間を多少潰した。
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 それはがんこのすぐ近くで見つけた民藝店だ。昔からそこにその店があったことは何となしに知ってはいたが、高価な民藝家具を専門に売る店で、筆者には縁がないと漠然と思っていた。ところがその日は何か惹かれるものがあり、ふらりと店内に入った。すると、年配の夫婦が奥にいて、ご主人が姉が亡くなったので店を閉めることになり、在庫処分市をしていると言ってくれた。大きな家具やまた民藝調の重い陶磁器に筆者は関心がない。だが、壁際の棚に小さな土人形がそこそこ並べられていて、どれも1000円か500円、あるいは300円で、みな半額以下の価格とのことであった。在庫であるので、現在の価格はそれより何倍もするだろう。ただし、そういう郷土玩具に関心のある人は少ない。筆者はすぐにでもほしいものがなかった。安ければ買おうかという程度で、結局1個300円のものを10個ほど買ったが、買わなくてもよかったものだ。筆者が買わねばそのまま在庫となり、やがては捨てられるかもしれない。そう思ったのではないが、どこそこのどういう玩具であるかを知っている人が持つべきで、筆者はたまたま入った店、しかも数日以内に閉店するという機会にそれらを見つけた縁とでも言うものを思った。同じ形のものがたくさんあったところを見ると、亡くなった店主は何十年も前にまとめ買いをし、そのまま大半が在庫になったのだろう。とはいえ、昭和30年代といった古いものではなく、せいぜい昭和50年代頃だろう。1個100円でも高いほども混じっていたが、ま、ついでなので入手した。そして帰宅してその包みも解かないままで、やはり買わなくてもよかったかもしれない。筆者は人形好きかと言えば、どちらかと言えばそうで、時にとてもほしいものに出会う。どんなものでもいいというのではない。また種類は問わない。御所人形もあれば素朴な無名の人が造った土人形の場合もある。そういう心に響く者を入手した時、いつも思うことは、筆者が生きている間は絶対に手放さないという思いだ。その人形にさびしい思いをさせたくないのだ。とはいえ、筆者が死ねばまたそれらは世間に放浪し始め、誰か大事にしてくれる人があればその手元で新たに時を過ごす。人形とはそのように多くの人の心を響き合う経験をする存在で、それを思うとそう粗末には扱えない。作り手の思い以上のものがそこには宿っていて、その人形は大事にしてくれる人を絶えず求めている。
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 さて、回り道をしたことを書いたが実はそうでもない。今城塚古墳に行きたかったのか、当然そこで有名な復元された埴輪群だ。それはいわば郷土玩具の小さな土人形のもっと巨大なものだ。古代の人々も人形に宿る心を信じたのだろう。そして死後の世界も現世と同じように楽しく安泰であってほしいために、現世のいろんなものを埴輪にして墳墓の周囲に並べた。そういう風習な中国からやって来たもので、秦の始皇帝が作らせた兵馬俑を思えばよい。つまり現代の日本の郷土玩具の土人形は何千年の歴史のつながり上にあって、筆者がたまたま気づいた今城塚古墳に訪れようとする直前に、店仕舞いする民藝店を見つけ、そこで10個程度の土人形を買ったことは、何のつながりもないばらばらの行為ではなく、仕組まれた運命と考えてもいい。話を戻して、その民藝店で30分ほど過ごし、そして古墳を見て来た後にまた戻ることを決めたが、そのとおりに行動し、さらに亡くなった店主の弟さんと話した。その際、筆者がうろ覚えな土人形を3個奥から持ち出されたが、帰宅後に調べるつもりが、その人形の写真が載っている本をまだ確認していない。さほど高価なものでもないが、珍しいものであることは確かで、また新品同様に状態がよかった。ただし、その土人形はまじないに使うもので、飾って楽しむものではない。それで筆者は価格を提示して買うことをしなかった。その後その店には連絡していないので、それが売られたかどうかはわからない。民藝店を後にして地図を片手に古墳まで歩いて行くことにし、以前にも書いた西国街道沿いの、江戸時代に仇討のあった場所を示す立て看板のある寿司屋を目指した。そこから西に歩いて行けばそのうち古墳に到着出来るからだ。また、その寿司屋の前には二度訪れたことがあるが、西には歩いたことがなく、その日はついにそこを歩けると思った。ところがその寿司店に着く前に、目の前にレンタ・サイクル店が現われた。1日借りて600円だったと思う。早速2台借りて家内と自転車で古墳まで行くことにした。そうすると途中で神社にも立ち寄ることが出来る。自転車を使ったのは2時間足らずで、家内は600円が高いと筆者に文句を言ったが、徒歩ではもっとそうであったに違いなく、筆者は貸し自転車屋を見つけたことを喜んだ。ただし、家内にはとても乗りにくく、それが文句にもつながった。
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by uuuzen | 2015-12-14 23:59 | ●新・嵐山だより


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