●『フランク・ザッパを聴く―アルバム・ガイド大全』その1
が降ると慌てて干し柿を部屋に入れる。今年は暖冬とのことで、干し柿には春のような陽射しが注ぎ、内部が沸騰しているのではないだろうか。小蝿が飛んで来るので、干し柿作りにはあまりいい天候ではないのだろう。



d0053294_11573591.jpg吊るして2週間で食べられるとのことで、それが今晩だが、昨夜初めて1個食べた。甘味がない。もう数日、うんと冷え込まないとおいしくならないだろう。それはさておき、今日は今年の秋に執筆した本が出版社から届いた。いつもザッパ・ニュースのメールを送ってくれるアメリカの大西さんやザッパ・ファンの大平さんに早速先ほど発送を済ました。手渡し出来る人にはそうすることとし、また本を喜んでもらえそうな人にも送るが、ザッパの知名度は筆者の周囲ではゼロに等しい。また本を読む高尚な人物がいないので、本を書いたことも伝えない。人それぞれに趣味があるので、読書が高尚とは言えないとの意見があるが、本を読まないことは文盲と同じようなことで、柳澤淇園に言わせると、「役立たず」だ。自分ひとりの思考や得られる知識、情報はわずかなものだ。本には広い未知な平原が広がっている。それをコンパクトにまとめてくれているので、「役に立つ」ことが多い。ただし、そう確信するにはまずその本を読まねばならず、また読んでもさして役に立たないことがあるので、時間と金の無駄を感じることもあるだろうが、それを感じることも役に立つことと思えばよい。それはさておき、筆者の今回の本は日本全体で1万人にひとりも読まない。1万人にひとりの割合で売れれば1万2000部だが、それほど売れる本は少数派ではないか。大ベスト・セラーとなると100万部単位の数だが、そのことを夢見ながら書く人は多いだろう。数万人にひとりしか買わない本は、一般人からすれば存在しない本であることを意味する。それで筆者は周囲の人に自分の本が出たことを言わないが、言ってもたいていの人は興味なさげに無視する。面白くないからだ。世間とはそんなものだ。自慢に聞こえるからだろう。だが、数万人にひとりでも読んでくれる人がいるという事実は喜ぶべきだ。そう言えばこのブログは毎日100人ほどの訪問があるが、その9割が検索でたまたま見かけて訪れ、そして1,2行読んでほかのサイトに移って行くとしても、1割はまともに読んでくれるかもしれない。ま、そんな期待は少しも抱いておらず、筆者は好きで書いているだけだが、本となれば出版社が絡み、最初から少しでも多くの人に読んでもらえることを尽力するという前提がある。それはたとえばポピュラー・ソングで言えば、印象深い聴きどころを創造することと言ってよいが、ザッパのアルバムを解説する本であれば、そういった創造の部分はなかなか盛り込みにくい。それでも何らかの工夫はほしいし、また書き手の個性が図らずも出てしまうから、書きたいように書くという腹のくくり方をするしかない。
d0053294_11575361.jpg 数万人にひとりしか買わないと書いたが、書き方によっては評判が評判を呼び、1万人にひとりは読むようになることもあり得る。だが、まさか1000人にひとりといった単位になるはずもない。それはザッパというあまり有名とは言えない音楽家についての本であるからと筆者が思っているのではなく、だいたい音楽評論本とはそのようにあまり売れないものであるとの常識を知っているからだ。また、ザッパがあまり有名でないとして、それを評論家が文章によって有名にするということは、日本であり得るだろうか。有名評論家であればそのこともあり得るかもしれない。だが筆者はそうではない。それを自覚するので、数万人にひとりしか買わない現実を受け入れ、またそこにわずかでも希望を見たい。ザッパの音楽はそのまま変わらない作品として存在することに対し、その音楽について何か文章を書く行為は、書き手の思いの表明に過ぎず、読み手はその書き手のザッパに対する思想を汲み取る。したがって書き手が賤しければザッパもそのように思われる。そのことはどのような書き手もよく知っているはずだが、どの書き手もザッパではなく、自分の殻から出ることは出来ない。そこに評論の危うさがあるし、また評論家は常に自分を振り返り、評論の対象としている作品や作り手を貶めていないかに気を配らねばならない。だが、残念と言うか、当然と言おうか、そういう書き手は少数派だろう。ザッパがロック・ジャーナリストを嘲笑したのもそこからわかる。また、尊敬する音楽家をもっと広く知ってもらいため、また当の音楽家を崇め、気に入ってもらいたいために、歯が浮くようなことを書くことも、その音楽家やその作品を馬鹿にしていることになることを自覚しないロック・ジャーナリストは多いのではないか。ともかく、ザッパはそういう書き手を嫌悪した。このことはよく知っておいた方がよい。筆者はザッパの音楽をもっとたくさんの人に知ってほしいとはほとんど思わない。それは多くの人にわかるはずがないと思っているからでもある。そのことでザッパが不幸であったかと言えば決してそうではないだろう。本によって多くに人にザッパを知ってもらおうとすることが可能か。多くに人が読みやすい、わかりやすいことを書けばいいと言う人があるが、そのことでザッパの全身像が伝えられるか。筆者はそうは思わない。むしろ曲がった姿を伝えてザッパに迷惑をかける。ザッパがたとえばエリオット・カーターの音楽をアメリカ中に聴かせたいと言ったとして、ロック・ジャーナリストがまともにカーターの音楽を聴き、そこにザッパの音楽との類似性を云々出来るか。アメリカではまだあり得るかもしれないが、日本ではほとんど無理だろう。結局ザッパの音楽をより多くの人に伝えるために本を書くとの勇ましい態度は、本人が儲かるだけの話で、ザッパの名誉を高めることにはならないだろう。簡単に言えば、量ではなく質だ。数万人にひとりでも本質をよく理解する人があれば、それは付和雷同で読む人の数千人に匹敵するだろう。筆者が自己満足を旨にこうして書いていることにかすかな望みをどこかで抱いているとすればそのことを思うからで、それはザッパも同じであったと思っている。それはともかく、今日届いた本は、家内がとても喜んだ。そのような姿を見るのは10年ぶりか。印税が入るからといった理由ではない。つい先日筆者が毎晩怖い顔をしながらパソコンに向かっていたことが、このような形となって目の前に現われたことに驚くからだ。また、最も身近な家内が喜んでくれなければ筆者も立つ瀬はない。数万人にひとりでもまだ贅沢で、筆者以外にひとりでも大喜びしてくれる者があれば何も文句は言うまい。今日はいちおう「その1」と題しておくが、「その2」は書かないかもしれないし、書くとしてもかなり後になるだろう。干し柿と同じで、もう少し時間が経たねば本当の味はわからない。
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by uuuzen | 2015-12-16 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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