●『200 MOTELS THE SUITES』その6
ルバムの解説と言うより、感想に過ぎないが、それは本作につてブックレットをまだ少しも読んでいないからでもある。今回はゲイルは何を思ったのか、ザッパのアルバムとしては初めて大量の関係者にライナー・ノーツを依頼した。



文字が小さいのでとてもそのままでは読む気になれないが、ざっと眺めた感想を言えば、全員が賛辞を連ねている。順に書き手の名前と文章を書いた日を挙げると、フランク・フィリペッティ(今年3月6日)、ゲイル(今年8月29日)、スコット・テュニス(今年3月6日)、スティーヴ・ヴァイ(去年8月14日)、ジェームズ・ダラー(今年8月24日)、ジョー・トラヴァース(去年10月2日)、マイケル・デ・バレス(今年3月12日)、ディーヴァ(今年3月14日)、ピーター・アッシャー(去年8月2日)、カート・モーガン(今年8月28日)、そして指揮者のエサ・ペッカ・サロネンの紹介がモーガンの前にある。最も新しい文章はゲイルで、亡くなる1か月半前だ。日付は書かれた日なのか、ゲイルに届けられた日なのかはわからず、ゲイルは最初から関係者の多くに声をかけていたのだろう。それだけ本作に思い入れがあった。最も長文はスコットで、彼は本作の演奏の一員として参加している。ヴァイはザッパのアルバムにライナーを書くのは二度目で、また本作には参加していない。ヴァイもかなり長文だ。フィリペッティは2007年の『バッファロー』のテープをデジタル化した人物で、それ以降ゲイルとは親交を深めたようだ。本作ではミキシングを担当していて、オーケストラの生演奏を一発勝負で扱うのであるから、アナログのテープをデジタル化し、またミキシングする以上に大変な作業であった。そのミキシングの助手がカート・モーガンだ。ジェームズ・ダラーはディレクターで、ブックレットの表紙のザッパ家の居間での写真では左端に座る。雰囲気からして40代であろう。またこの写真は中央のゲイルだけが光が当たって霞んで見える。半分霊界にいるようでもあるし、また神々しくも見える。これは写真を加工したのではなく、テーブル上に置いた機器の光のためだ。その機器は発光ダイオードのようで、おそらくステージの小道具として使われた光る椅子だ。それにザッパの分身であるラリー・ザ・ドゥオーフが座る写真がブックレットに載る。この椅子は舞台上で目立つ唯一の小道具で、その点は1971年に『200モーテルズ』の映画のセットに比べるとかなりさびしいが、本作はオラトリオの上演であるから、そういう小道具は不要でもある。
 ブックレット表紙の写真でゲイルの背後に立つ男アンドリュー・グリックはどういう人物かわからないが、ネットで調べるとプロデューサーとある。右端のふたりは衣装と照明のデザイナーで、この写真は遅くて2013年春頃だろう。面白いのは、各人の名前を記すのに、背景に写り込んでいる『ザ・イエロー・シャーク』のポスターのザッパやニクソンのそれも含めていることだ。このふたりの視線がゲイルらの会合を密かに見つめているようにも思える。本作の演奏は映像は撮影されなかったそうだが、ブックレットの写真にはビデオカメラで撮影している男がひとり箇所のすぐ背後に写っている。これは後に商品にするための撮影ではなく、ザッパ家のプライヴェート用かもしれない。その映像が公表されない限り、ブックレットの写真から演奏の様子を想像するしかないが、舞台最前列に横並びになる歌手は、写真によれば全部で12名で、クレジットでは13名になっている。ディーヴァが演じたのはジャネット役で、映画ではルーシーとともにグルーピーを演じたが、台詞だけの登場であったと思う。本作ではディスク2の「ペニスの大きさ」以外は女性合唱のひとりとして参加しているのだろうか。あるいは彼女らしき声は、ディスク1の7曲目のソプラノ歌手の歌の合間にわずかに歌う別の女性かもしれない。
 細部を書いていると切りがないが、昨夜の最後の話の続きを書くと、『200モーテルズ』のディスク1の17曲目「ミステリオーソ」は筆者が好きな曲だが、本作には含まれない。これが不思議で、やはり本作の13の組曲以外にザッパは『200モーテルズ』に用意したことになる。またディスク1の最後「ルーシーの退屈したヴァイオリニストの誘惑と終結曲」の「終結曲」は、ザッパらしいぎくしゃくしたメロディがフェイド・アウトするが、この印象的な部分は本作では省かれている。正確に言えば、ぎくしゃくしたメロディをユニゾンで奏でる楽器音がなく、伴奏のみがディスク2の2曲目つまり全体では11曲目「正しく押し込め」の最後に収められる。これは『200モーテルズ』のオーケストラの録音もそうであったのが、後日ザッパは物足りないと感じ、スタジオで音を重ねたと思われる。だが、その重ねた音をアリ・アスキンは補うことが出来なかったのだろうか。せっかくの聴きどころであるのに、本作ではそれが欠けている。同じような物足りなさを言えば、10曲目「部屋を盗んでいる」だ。本作では約14分の長さがあって、前半は『200モーテルズ』の「歯科衛生のジレンマ」だが、同アルバムのヴァージョンは後日スタジオで録音し直されたもので、またフロ・アンド・エディの声は若干高く変調されている。それが漫画的でとても面白いが、本作のようなライヴ・ステージでは模倣出来ない。その技巧性が劣る点以外に、どうも音の広がりがよくなく、かなり色褪せて聞こえる。ただし、後半には『フィルモア・イースト‘71』のB面に収録された「ブワナ・ディック」の冒頭の朗々と歌われる部分が登場する。このフロ・アンド・エディの実力を示した曲が、元は『200モーテルズ』に使われるべきであったことが本作でようやくわかったが、当時のザッパはフロ・アンド・エディに「ペニスの大きさ」もステージで歌わせていたので、本作はオーケストラ用の作品とはいえ、ロック・バンドで演奏出来る部分もあるということだ。そう言えば、本作のマークとハワード役を本物であるフロとエディを起用することは出来なかったのだろうか。もう彼らも70代で、声は衰えていて無理だったのだろうか。『200モーテルズ』はこのふたりがいてヴォーカルが光っていた。
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by uuuzen | 2015-12-06 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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