●切株の履歴書、その8
京に12月22日に行くことになった。解説を書いたザッパの『ロキシー・ザ・ムーヴィー』の上映が渋谷であり、それが終わるのが深夜になるようで、日帰りは無理だ。



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東京へ行くのは2年9か月ぶりになる。今回は全く予想していなかったが、クリスマス前の寒い頃となると、そう活発に動き回ることが出来ないか。せっかくの機会なので、2,3日は滞在してもいいかと思っている。筆者の個展であれば関東に住む年賀状をもらっている人などに知らせてもいいが、ザッパの演奏する映像を大音量で聴く催しとなると誰でもというわけには行かない。ま、その上映会で会わずとも、その前や後でもいいが、年末の忙しい時なので会おうと言うのも何となく気が引ける。それに筆者はケータイ電話を持っていないので、数日前にどこで何時に会うかを決めておかねばならない。ところが筆者は東京の地理に疎い。そういうことを考えると、たくさんの人に会うことはやめておこうという気になる。めったに東京に出ないし、今回の次となればまた数年先かもっと先になるであろうから、なるべく会える人には会っておきたいが、さてどうしたものか。東京でぜひ見たい場所というのもほとんどないが、今年は神社づいているので、まずは渋谷の神社をいくつか見て回ろうかとヤフーの地図をざっと見ると、道が京都のように碁盤目状になっておらず、筆者ならすぐに道に迷いそうだ。それに直線距離で近いと見えても、実際はその1・5倍から2倍の距離を思っておいていい加減で、また初めての場所なのでさおさら遠く感じるだろう。だが、せっかく行くのであるから、ブログ用のネタなど、それなりの収穫がほしい。ホテルは主催者のヤマハに取ってもらえるが、上映会場のある渋谷をお願いした。渋谷には泊まったことがないが、筆者はこれまで泊まった東京のホテルをほとんど覚えていない。これは東京の地理を散り散りに覚えているからだろう。つまり、どこがどうつながっているのかわからない。街が巨大で、筆者には京都くらいがちょうどよい。それはそうと、東京に飛び出しボーヤの看板はあるだろうか。ネットで調べればすぐにわるだろうが、滋賀から生まれたもので、京都でも多いが、関東にはどの程度認知されているのだろう。
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 さて、今日は6月以来、切株の写真を載せる。先日京都駅八条口前のアヴァンティの前庭にある円形の植え込みの写真を「○は○か」に載せた。その中央に樹齢10年ほどか、太くない木の切株があった。邪魔になったのか、あるいは枯れたのか、見栄えのよいものではなく、早く別の木を植えればいいが、落ち葉を掃除するのが面倒なので切られたかもしれず、街中では樹木は嫌われものかもしれない。それで東京では街路樹はどんな具合なのかと今思った。大阪の御堂筋の銀杏並木のような名物があるのだろうか。大学の敷地内ではなく、街路だ。東京は大阪よりはるかに緑が多いと昔聞いたことがあるが、それは緑地帯のことで、ひとり当たりの公園の面積が大きい。街路樹は緑地帯に含まれるのだろうか。緑地帯と言わずに何本の木があるかを調べればいいように思うが、木もさまざまで、低木となると計算しにくいし、また木というイメージに乏しい。また、東京に緑地帯が多いことはそれだけ切株も目立つかもしれない。あるいは関係がないか。筆者は切株を見つけると写真に撮るようにしているが、公園や街路樹、寺や神社など、大きな樹木のあるところ、つまり緑地帯では必ずあると言ってよい。切株はあまりいいイメージではないので、喜んで撮ることはない。むしろその反対だ。前にも書いたが、人間が死ぬことは切株になるようなもので、その人の生涯が年輪のように表面に現われる。もちろんほとんどの人はそのことを知らないし、知っても気に留めず、自分の人生が年輪のようだと思うのは、死を見据える老人だけだ。今日の最初の写真は去年の7月、京都鷹峯の源光庵に行った時に庭の片隅にあったものだ。2本の木が一本になったようで、2本とも切株になっている。まるで心中だが、これはこれでめでたい雰囲気がある。2枚目は今年の4月か、桂の地蔵院の前で見かけた。家内が通う病院へ向かう途中でその前を通った。この寺は地味だが、なかなかよい雰囲気だが、門前の道路に面した一角が整地され始めていた。それで写真のように邪魔になる木を伐採したのだが、駐車場か何かにするようであった。鄙びた雰囲気の地域なのに、嵐山と同じく住居が建て込んで来ている。3枚目は7月31日の満月の夜、愛宕山に登って見かけた。山頂の愛宕神社の門の外側のすぐ際で、そうとう古い切株のようだ。またそんなところに木があれば邪魔ではなかったかと思うが、昔の絵はがきでも見ればこの木がどれほどの高さがあったかわかるかもしれない。それは年輪を数えても推定出来るが、写真のように年輪が読み取れないように表面が荒れている。切株になればみんなから忘れ去られるということで、人も木も生きている間だけ存在感を示し得る。
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by uuuzen | 2015-11-17 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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