●『200 MOTELS THE SUITES』その3
のように創作意欲と力が湧く。それはやはり30代ではないだろうか。音楽家はもっと早いかもしれない。ザッパは本作の作曲に5年ほど費やした。ということはマザーズを結成し、ツアーをするようになってからすぐということになる。



およそ200軒のモーテルに泊まったというのは、熱心なファンならツアーの日程からもっと正確に割り出すだろう。同じ場所で2,3日演奏する場合は同じ部屋に泊まったであろうから、そういうことも計算に入れて200というのは100の倍で多さを示すにはなかなかよい。これが2000では長期過ぎるし、300や400ではまたピンと来ない。それで200はそれより実際は数十ほど多くてもその数がいいとザッパは判断したはずで、その多さはツアーをするロック・ミュージシャンならあたりまえだろうが、ザッパはツアーの多忙さの中でしか作曲の時間が見つけられず、またそのことを逆手に取って自分の境遇をドラマ化した。ベートーヴェンやモーツァルト、そのほかの大作曲家の誰でもいいが、そういう生活をテーマに作曲することはなかった。あるいは現代音楽家でもそうだろう。そこにザッパの大きな特徴がある。つまり、後にザッパはプロジェクト/オブジェクトや、「いつでもどこでも何の理由も全くなしに」の主義にせよ、自分のやることすべては音楽行為だとみなすが、そのことは本作が作曲された事情からしてわかる。この自分のどのような経験でも音楽作品になり得るとの自信は、何か美しい風景を見たり、鳥のさえずりに感動したりするといった、芸術行動のきっかけとなると世間では思われていることとはあまりに乖離がある。つまり、美しさに起因しない芸術行為で、それが芸術になり得るかと思う人は多いだろう。それで結局ザッパの芸術は私小説と言ってもよく、しかも人間の愚かな部分を俎上に載せるもので、その中に自分自身を含めるところがあった。ただしそれは本作当時のことで、ザッパは本作のようなオーケストラ曲がどれほどの人に歓迎されるかについては懐疑的であった。それでもツアーに明け暮れながら、少しでも暇を見つけてはこつこつと音符を書き連ねて本作を作曲したのは、頭の中に響く音を現実化させるために必要なことであったからだ。イマジナリー・ノーツをリアルなものにしたい。その望みをザッパは生涯持ち続けた。
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 ザッパはツアーに明け暮れるロック・バンドが世間でははみ出し者で、特異な存在であることを自覚していたが、そうであればその生態、彼らが遭遇する出来事をドラマ化することに意味があると考えた。実際そのとおりで、本作で示されるロック・ミュージシャンを含む人間喜劇はアメリカの70年代初頭という時代性、国柄の断片を記録することになった。だが、それもロックに関心のない人、あるいはザッパに関心のない人にはほとんど無意味と言ってよい。だがザッパにどうすることが出来たか。誰もが自分は自分であることしか出来ず、自分の内にあるものしか表現出来ない。そしてそのことは、必ずしも美しい自然を謳い上げるべきでないことは明らかだ。さて、本作はザッパが遺した楽譜を忠実に演奏したものだが、ザッパはその楽譜のみを組曲として演奏する計画を抱いていたであろうか。ザッパがロックのツアー中にも本作を作曲したことは、二足のわらじ的行為で、二足とも重要だ。それで1971年に『200モーテルズ』の映画やアルバムはロックとオーケストラ曲がサンドイッチ状態にされたが、それはザッパがそう望んだからだ。しかも完全に分けることは難しい。そのことはオーケストラ曲に当時のメンバーの名前が随所に歌い込まれることからも言える。本作では『200モーテルズ』と同じようにそういう名前が登場するが、『200モーテルズ』を知っている者には理解出来ても、本作を先に聴く人には意味不明の箇所で、そこを思えばザッパは本作をコンサート用に書き変える意志があったのではないかと想像してしまう。その作業の時間がなかったか、あるいは煩雑なので断念したのではないか。それほどに『200モーテルズ』はザッパやマザーズ、それにザッパが作り上げた架空の人物たちが入り混じって登場して複雑になっているが、本作のように13の組曲として演奏してもなお、そのことは払拭出来ていない。だが、少なくてもロック曲を取り除いてオーケストラ曲が見えやすくなったことは確かだ。ただし、そのことがいいかどうかは聴き手の判断によって異なるだろう。混沌とした味わい、そしてロック曲にもなかなかのいい味わいがある『200モーテルズ』と違って、本作は整理されたカヴァー演奏、つまりドゥイージルのZPZによるフランク・ザッパの曲を聴いているような気分にさせる。また各曲を比較すると、必ずしも本作の音のバランスがいいとばかりは言えない。そのことは歌手の声質にも言える。それは『200モーテルズ』はもう45年も聴き続けていて、大きな基準になっているからという理由だけではない。ザッパはアルバム『200モーテルズ』をまとめるに当たって、泉のように溢れる才能やまた曲から厳選した。本作にはそこから洩れた楽譜も演奏されるが、それを聴きながら筆者はザッパがそれらを『200モーテルズ』に収めなかった理由がわかるような気がする。
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by uuuzen | 2015-12-03 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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