●がんもどき、その8(一周年)
の危険性というものがないことは子どもにもわかるが、年齢を重ねるほどに病気になりやすく、ついには癌などで死んでしまう。



d0053294_225377.jpg

長く生きることはそれだけ危険な目に遭う頻度が多くなるが、そういう意味とは別に、長生きすると体のあちこちが故障し始める。その故障を早く見つけて早く修理すれば深刻な状態にならずに済むということで、定期健康診断を受ける。そんなものがなかった時代に比べて寿命は延びたが、健康診断によって悪い箇所を見つけることは、嫌なことをわざわざ知ろうとすることで、よけいなことと考える人もあるだろう。医者と対面する機会が増えるから、医者は自分が世の中の役に立っていることをより実感し、その分、思い上がる。それはさておき、筆者のように60代前半の年齢になると、自分より年配者により目が行くようになって来たことに気づく。毎週金曜日に駅前の温泉に行くが、その日は60歳以上は半額であることも手伝って、筆者より上の世代が目立つ。尻の肉が落ち、背が曲がり、体はシミと皺だらけだ。自分もすぐにそういう体になるのかと思うと、老醜を否定して自殺した三島由紀夫の気持ちが少しはわかる。それでそういった老体を見て筆者が思うことは、そういう人たちが健康であってもどこかがすでにおかしくなっている、なりかけているという事実で、生きてはいても死に近いことだ。死は完全に現世とはシャット・アウトされるから、生きている間はどんなに病気が深刻であろうと、それは死とはまるで違うと言えるが、見方を変えればそうも言えない。たとえばよぼよぼの体で歩くこともおぼつかない場合、それはもう半分は死んでいるも同じだ。半分はまともな生活が出来ないのであれば半分は死んでいることになる。そう考えると、老人だらけの風呂場は、半分ほどは死の世界と言える。そのことを先日ふと思ってぞっとした。
d0053294_2262172.jpg

 これが小さな子どもやまだ10代、20代の若い人ばかりなら、がらりと雰囲気が違って同じ場所でも活気にあふれて見える。そう見えるほどに筆者も老境に入って来たことになるが、幼い子や青年を見てきらきらして羨ましいなとはさして思わない。むしろ、そういう若い命もすぐに艶を失うことを思う。それは自分の姿を見て感じる。つい先日はまだ20代であったのに、気づけば60を超えている。まさか。だが事実なのだ。それでも深刻な病気になったことがないだけでもありがたいと思わねばならない。それがもういつおかしくなるかわからない年齢で、体が言うことをきかなくなる前にやるべきことはやっておかねばと思うこのごろだ。さて、2,3日前、家内が手術して丸1年が経つと言った。もうそんなになるかと筆者は返答しながら、そう言えば去年入院した家内の病室の窓から外を撮った写真が4枚あることに気づいた。今日はそれを全部使う。最初が10月30日、2枚目が11月1日、3枚目が2日、4枚目が3日、5枚目が4日だ。これらを撮った時、1年後に使おうと多少は思った。そして1年後に家内の健康が戻っていることを祈ったが、幸いにも再入院や手術をせずに済んだ。前に何度か書いたが、超高価な薬を何か月か服用し、肺の影はかなり小さくなった。薬が効いたのだ。完全には治っていないが、薬の副作用で肝臓を悪化するので、肝臓の機能を示すさまざまな数値と睨み合いをしながらの服用だ。若い医師でまだ30そこそこだが、彼は半年は服用をやめようと言った。それが来年春だが、家内は咳込まずに元気そうであるので、腫瘍が大きくなっている心配はなさそうだ。ただし、完治はしておらず、経過観察の状態だ。
d0053294_2264156.jpg

 家内が心配するのは、身内からもらったお見舞い金だ。完治したならそれを祝って何かお返しの品でも送るが、来春の検査でまたどうなるかわからない。そういう状態ではなかなか説明しづらい。それでともかく何事もなかったかのように元の生活を続けているが、長年働いて来た家内は最近よく言うことがある。それは働いて来ても少しも面白いことがなく、それどころか職場でいじめに遭ったことを思い返して、損な経験ばかりして来たと愚痴を言う。それも筆者が自宅にいて代わりに家内を働かせたためだが、済んだことをくよくよ考えても始まらないので、家内の愚痴があるとなだめに回るしかない。反対に筆者に愚痴がないかと言えば、人間であるので腹の立つことはある。それどころか家内よりそれは多いだろう。だが筆者が腹立たしい相手を思い浮かべた時、そういう連中ももういい年齢なので、10年もしないうちに死ぬか、あるいは誰も相手にしなくなると思って憐みさえ思い浮かべる。つまらない人間のことで立腹するほど筆者も時間がたくさんあることはなく、自分がやっておくべき仕事だけに専念すればいい。そして家内がよく言うことは、筆者が満足出来る仕事を成し遂げることだ。これから残りの人生でそれをぜひ見届けたいと笑いながら言うのだが、筆者はそれに対して、「金は儲からないよ」と返す。すると、「それはわかってる。お金がほしいと言ってるのではなく、思い描く夢が現実のものになることを願うだけ」などと言うが、それがなかなか難しい。健康と金がまず必要で、さらに意欲と運だ。そうそう、去年家内が入院することになった時、1階に掛軸を一幅飾った。床の間ではなく、階段の壁に沿ってで、これを書いている場所からよく見える。白衣観音の版画で、その上に般若心経の全文を彫った朱印が捺してある。何となく気に入って買ったものだが、家内の病気が完全に治るまで外さないことに決めた。そして家内も別段それが邪魔だとも言わないので、この1年ずっとそのままにしている。その掛軸が目に入るたびに、家内が手術をしたことを思い出す。それは戒めとしてはいいことだ。そう言いながら不健康な生活で、今年の健康診断では要医療の項目が3,4つあった。それに毎週金曜日に温泉で血圧を測ると、下が100近くあって、高血圧だ。この1年でそうなった。戒めが少しも効いていない。
d0053294_2265477.jpg

 血圧が高いのは母親もそうで、遺伝であろうが、それ以外に何となく思い当たることがある。最近また荒々しい寝言をよく言うようになって、立腹の原因が除去されていないのだ。それを取り除くには何かで解消する必要があるのはわかっているが、仕事に追われればそれはそれでまたストレスを感じる。また、1日中座り続けていることが運動不足となって、それが高血圧の原因になっているだろう。よくないことはみんなわかっているつもりなのに、習慣が変えられなのは、たとえばタバコと同じようなものではないか。体によくないと知りつつもやめられないことが人間にはある。人のふりみてわがふり直せとよく言われるが、自分は自分で傍から見ればおかしなことをしているものだ。ともかく、ここ数か月で、血圧が上昇して来たのは、毎週金曜日に風風の湯で測る血圧によってわかる。同じ生活状態ではますます上昇するはずで、自分ではもっと以前の生活と大差ないと思っているから、たぶん老化に伴って以前と同じ生活であっても血圧が上がるようば体になっているのだろう。では、以前にも増して運動をすればいいかとなると、老いて行くのに運動量を増やすことは理屈に合わない。つまり、筆者は若い頃からの積み重ねで、この年齢になって血圧が上がるようになって来たのだ。そうとしか考えられない。長年の習慣の結果ということだ。どんな病気でもそうだろう。体は嘘をつかない。血圧が高いと脳溢血で倒れると言われるし、サウナから水風呂に入った途端にそういうことにもなりやすいそうで、筆者は本当に注意しなければならない。こんなことは今まで考えたことがなかったが、家内が1年前に肺を手術したことからもわかるように、気づけばどこかがおかしくなっている。
d0053294_22251023.jpg

[PR]
by uuuzen | 2015-11-01 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


●信行寺の若冲天井絵初公開 >> << ●倉敷美観地区、その1
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
> フランクザッパさん ..
by uuuzen at 17:50
コメント欄がわからなかっ..
by フランクザッパ at 13:51
ご指摘どうもありがとうご..
by uuuzen at 12:22
Frank zappa ..
by ザッパ at 08:30
何年も前に書いた文章に感..
by uuuzen at 16:20
はじめまして。興味を引く..
by 文学座支持会元会員 at 11:15
最近あまりに多忙で録画は..
by uuuzen at 15:31
唐突に失礼いたします。ど..
by タイタン at 14:59
暴力事件は訴えても警察が..
by uuuzen at 15:11
地下鉄の件事件になります..
by ネイル at 19:07
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
         ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2017 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.