●嵐山駅前の変化、その375(マンション)
宴という雰囲気ではないのでシンポジウムと題するのは改めた方がいい。正しく言うのであれば、講演で、一方的に先生方の意見を聞くものだ。



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前回のこのカテゴリーへの投稿から6日後の今週の月曜日に、また渡月橋付近の河川及び道路の改修工事についての地元の意見を取りまとめるためのシンポジウムが天龍寺で開催されるとの案内文書が届いた。今年筆者は組長も担当しているので、早速その文書を町内の回覧に付したが、噂をすれば何とやらで、前回書いたことが1週間経たずに埒が明いた。つまり、会合の案内が届いた。その回覧文書は、その会合への参加申し込み書を兼ねているが、12名まで名前が書く行があるのに、1枚でひとりしかFAXで申し込めないようになっているのは、文書を作った人の落ち度だ。この文書は各自治会に10数枚ずつ配布されているはずで、自治連合会全体では200枚ほどになるが、それらすべてが申し込みに使用されても200名だ。これは嵐山地区だけなので、嵯峨を含めるとその倍以上になる計算だが、実際に集るのは100人がせいぜいで、またそれでちょうどよいほどの部屋が使われる。嵐山地区からの参加は10名未満で、それは今回のように自治会を通じての回覧文書がなかったからでもある。筆者は確か4回出席したが、前回書いたように、毎回どういう話となったかを簡単にまとめて自治会の回覧文書とした。9割以上の人は読んでいないと思うが、残り1割は熱心で、筆者に会うと、その後会合はどうなったのかと訊いて来た。動きがないと筆者は返事するしかなく、それで多少はもやもやした気分であったが、そのことを前回の投稿で書くと、ようやくまた会合が開かれるとの案内が来た。会合は9月16日の午後3時から5時までで、誰でも参加出来るが、ただし前述のように申し込み用紙をFAXする必要がある。そこに名前や所属自治会を書き、また質問がある場合はそれを記す。当日は質疑応答はなく、予め提出した質問に主催者が答えてくれるだけだ。これは前回、大声を上げて抗議した人がいたためであろう。怒号が飛び交えば、質疑応答はまともなものにならない。それで今回は質問があればそれを前もって把握し、どう答えるかの時間を取るということだ。9月9日までに申し込みをせねばならない決まりで、どうしようか迷っているが、これまでの経緯を知っているからには欠かさずに注視したい思いはある。ただし、今回の講演の内容は今までのことを繰り返すようなものに思え、いつまで勉強会を続けるつもりであるのか多少の疑問が湧く。3人の講演者が出席し、基調講演は「流域治水の歴史と論理」と題して東大の名誉教授が語る。そして次に話題提供として、「歴史をとおしてみる嵐山らしい景観」と「嵐山における流域治水の可能性」で、これら3名は国交省の立場で考える人なのか、そうではないのかと言えば、当然主催者側の気持ちを汲む考えの持ち主であろう。おそらくそういうことがわかっているので、前回は講演の最後で怒号を出す人がいたのではないか。初めに結論ありきで、それを補強するための意見を持っている学者ばかりを呼ぶなということと思う。国交省の計画にも一理あるはずで、そこを主張する学者の意見も聞かないことには、嵐山はごく一部の人たちの思うとおりに治水工事がなされてしまうと考える人もきっと多い。いや、大半の人は国がやってくれることは間違いがないと素直に信じている。そのため、嵐山と嵯峨とで地元住民の意見をひとつにまとめることは不可能に決まっているが、会合を重ねて国交省の言うとおりに工事を進めると、後で取り返しのつかないことになるということを、住民に理解してもらおうというのが、これまでの会合に参加してわかったことだ。
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 9月の会合はそのことをさらに補強するためのものであると思うが、それならもうあまり必要ないだろう。筆者は国交省が計画している工事には反対で、現状のままでいいと思っているが、それは簡単に言えば2年前の台風18号と同程度の雨量があり、そして同じような被害を受けてもかまわないという考えだ。それはTVでさんざん放映されたように、被害が最も大きかった旅館が言っていることで、半世紀に一度の大きな被害があっても、それは保険などでどうにか対処することにして、嵐山の景観は現状のままにしてほしいというものだ。ところがその考えは嵐山地区に限ってもごく一部の人のもので、その他の人たちはまず関心がないか、あっても景観重視よりも、被害がないように万全な治水態勢を保ってほしいとの考えだろう。あるいは、やはり景観を守ってほしいという人もかなりいるとも思うが、それはおそらく渡月橋に近い自治会、すなわちわが自治会の住民が主で、南の松尾大社に近づくにつれ、めったに渡月橋まで行かないので、景観は二の次という意識であると思う。このように嵐山地区は南北で意識が違い、ひとつにまとまることは難しい。不可能ではないが、それには強力な人格が必要だ。簡単に言えばまとめ役だが、それは戦前までの話で、今はそのような人が登場すると、「もしもの時はお前は責任を取ってくれるのか」とたいていの人は考える。その責任とは具体的に言えば、床上浸水などの被害があれば、弁償してくれるのかということで。これは個人の力では無理であるから、結局力を持っている人、そうありたい人は尻込みし、国の思うままの工事を許可する側に回るしかない。とはいえ、それも住民の意志の強さによる問題で、個人がこの問題に対してどれだけしっかりとした思いを抱き、覚悟が出来るかどうかだ。そのためにも問題点はどこにあるかを勉強すべきで、そのための会合がこれまで重ねられて来て、また9月にも開かれようとしている。何となく以前から書いて来たことのまとめになっているが、とにかく久しぶりの会合で、どこで話し合いが止まっているのかを再確認しておく必要がある。それでざっと簡単に書くと、国交省は2年前の台風規模を思っているのではない。その4,5倍の毎秒当たりの流量があっても渡月橋が冠水しないような工事をしようと計画している。なぜそのような大量の雨水を想定しているかと言えば、半世紀に一度の雨では被害がたびたびあって地元住民は困るし、また国交省としてもそのたびに護岸を元どおりにするなど、出費が嵩む。それで思い切ってたとえば200年に一度の豪雨でも大丈夫なほどに渡月橋を含めて周辺を大きく変えようという考えだ。何度も書いて来たように、それは数年前の法律で決まったことで、よく言えば日本は成熟して、これまでには考えられなかったような大判振る舞いの工事を河川に対して行なうと言うことだ。住民の命と財産を守るために税金を投入してびくともしない堤防その他を造って行こうとの考えで、これはダムや道路がもう飽和状態になっているからとも思える。常に大きな公共土木工事を行ない、そのことで経済を活性化させようという考えで、ダムや道路を見てもわかるように、必要のないものまで造ってしまいかねない。いや、絶対にそうなる。渡月橋付近がどう変えようとしているのかと言えば、まず中の島を半分ほど削り、橋を数十メートル延長する。そして周辺の道路を嵩上げし、高さ数十センチの壁を道路の端に設置する。その壁で浸水を防ぐというのだが、200年に一度来るかどうかわからない豪雨に対して、無粋な仕切り壁を嵐山名物のように誰の目にも見えるところ、また通行の邪魔になるところに設ける。まるで桂川を不気味な生き物と見て、それが暴れないように頑丈に閉じ込めようとしている。200年に一度の雨で大丈夫であっても、300年に一度では堤防その他が壊れる。そうなると、かえって地元は大きな被害を受けるというのが、以前の会合で聞いた京大の学者の意見だが、そういう考えを国は持とうとしない。知っているのはあたりまえだが、つごうの悪いことは住民には言わないというのが、今の国家のやり方だ。そういう疑心があるので、地元住民はいろんな学者の話を聞くことで、どうするのが嵐山にとって一番いいのかを考えようとしている。
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 だが、勉強会を何度重ねても意見を変えない人はいる。それにこの会合の音頭を取っているのは嵐山の景観で収入を得ている人たちで、大きな景観の変更は反対の立場を取っている。嵐山の景観が素晴らしいので観光客は訪れる。嵐山が治水の名目で大改造されてしまえば、昔ながらの情緒は消え、誰が気分のよい時間を過ごそうと嵐山にやって来るか。話が堂々巡りになるが、嵐山の景観で飯を食べていない住民の方が圧倒的に多い。たぶん1対1000くらいの割合ではないか。大多数の住民は、景観はいい方がいいに決まっているが、一方では洪水の被害は嫌だ。だがこのふたつは両立は出来ないというのが国の考えで、どっちかを選ばねばならない。だが、国はそのように住民に匙を預けてくれているかと言えば、ひとまずはそうだが、期限がある。それに、ひとりでも地元住民が反対すれば、地元の意見はまとまりがないということで、国は計画を推進するとのことだ。ひとりでも反対があれば聞き入れないというのは、いかにも役所の横柄な態度に思えるが、嵐山と嵯峨の合計住民数は2万にはならないが、1万未満ではないはずで、それだけの人の意見がひとつにまとまるはずがない。ということは、これまで重ねて来た、今後もそうであるはずの会合は意味をなさないことになりはしまいか。また、これなら全員が賛成出来るかいう対案を地元が出せば、国はそれを聴きいれないこともないと思うが、その対案を作るにしても、会合を重ねる必要があるから、会合の主催者たちは大変な立場にある。結局のところ、お互い歩み寄って間を採るということになりそうな気もするが、それが甘い考えであることは、前回の話し合いの中でわかった。国交省はデータを積み上げ、何年も要して案を練って来ていて、それを撤回することも、修正に応じることもまずしないだろう。国交省の役人は嵐山の景観を喜ぶような心を持ち合わせておらず、自分の任期の間に揉め事がないようにということを願っている。一方、地元住民は郷土愛があるし、それは観光客が減少して商売に支障を来すという理由ばかりではないだろう。そうそう、昨日のTVニュースで、八幡と久御山に架かる流れ橋が4年連続で流されたので、もう全部木造にせず、橋脚の数を半分ほどにし、鉄筋コンクリートを一部使うことが決まったことを知った。全部鉄筋コンクリートにするのが理想だろうが、それでは桁違いの費用がかかる。それで間を採って、橋脚に鉄筋コンクリートを使うことにしたのは、渡月橋やその周辺をどのように改修すればいいかについてのヒントを与えているのではないか。つまり、地元と国が歩み寄って最も安くつき、それでいて治水効果が最大という方法を探ればよい。国は計画どおりに事が運ばないので文句を言うに決まっているが、嵐山の美観も保存すべきということを知るべきだ。さて、今日の写真は去年8月30日の撮影で、明日がちょうど1年だが、明日は満月なので今日にする。マンションとは関係のない話を書いたが、このカテゴリーは地元に関する事柄を書く。
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by uuuzen | 2015-08-29 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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