●飛び出しボーヤ、その27
きと思われたかもしれないが、そうではないことを書くために今日はまず書く。昨日の投稿に、家内と松ヶ崎の住宅地を歩いたことを書いた。



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電柱の下に透明なゴミ袋が置いてあって、その中に高級な酒の空き瓶がたくさん詰められていた。電柱の下に透明なゴミ袋が置いてあって、その中に高級な酒の空き瓶がたくさん詰められていた。それはわざわざ立ち止まって袋の中を覗き込んだのではない。袋の外から丸見えで、また多少歩行者の邪魔になるような位置に置いてあったので目立った。また、その日は資源ゴミの回収日であったのだろうが、そう言えばその家しかゴミ袋を出していなかったような気がする。たまにそういう光景に出会う。すでに回収車が行った後か、もしくは曜日を勘違いしているからで、後者の場合が多い。ともかく、そのように目立ったゴミ袋であったが、酒の空き瓶をたくさん入れたゴミ袋は筆者には珍しかった。というのは、家内はよく瓶を処分するのに酒屋が引き取ってくれないかと言うからだ。つまり、酒の瓶はゴミ回収車が持って行ってくれないものと筆者はぼんやりと思っていたし、また今も思っているが、一升瓶やビール瓶は右京区役所で回収コーナーがあって、それはゴミ回収車が持って行ってくれないことを意味しているのではないか。それで家内は一升瓶やビール瓶は昔は酒屋が1本10円程度くれたのに、今は厄介者扱いのようで、どのように処分していいかわからないでいるらしい。また、瓶は酒だけとは限らず、ジャムやちょっとした甘味など、缶とともにたくさんある。それらの小さな瓶は資源ゴミとして捨てていいのだと思うが、筆者は家庭ゴミについて真剣に考えたことがないため、実際のところはよくわからない。話を戻して、松ヶ崎の住宅地での前述のゴミ袋は筆者には目立った。だが、ほとんど一瞥しただけで、袋の中をじっくり覗き込むことはなかった。それなのになぜ瓶のラベルが確認出来たかと言えば、それが見えるように5,6本が全部横倒しになって上を向いていたからだ。それに瓶の形の違いもある。そんなことを一瞥で認識し、下町の家から出るゴミ袋ではないと思った。下町の住民でも高級な酒は飲むが、そういった瓶がまとめてたくさんとなると、まあない。せいぜい1,2本だ。言い訳めいたことを長々と書いたが、酒の空瓶が入ったゴミ袋を見て1分も経たない頃に出会ったのが、今日の最初の写真だ。右手に見えるのがその道で、これが真っ直ぐ東西を貫いているから、かつて住宅地として開発された時に田畑の中に造られたのだろう。そう言えば工芸繊維大学の近くには住宅地に囲まれた田んぼがあった。同大学の南西門から最寄のバス停まで歩いたのだが、その距離は500メートルほどか。そのバス停で待っていてもやって来るバスは1系統だけだったと思うが、もう500メートルほど歩くと、頻繁にバスが走る大通りに出る。それでそこまで目指したが、最初の写真はその途中で撮ったと思う。写真に写る真っ直ぐな幅広の道は、京都ではいかにも高級住宅地の雰囲気があるが、筆者が思ったのは自治会がどのように機能しているかだ。大きな家ばかりでは住民はさほど仲よくならないだろう。そうであれば自治会は機能しても、最低限のことをするだけで、体育振興委員が熱心なあまり、近所の人たちがしばしばその人の家に集り、ビールを飲んで打ち解けるといったことはないだろう。それよりも、ひとり書斎にこもって高級な酒を毎晩飲む様子が想像出来る。自治会の集まりもよしあし、好き嫌いがあるが、下町ほど人間関係は濃いと思う。わが自治会はどうかと言えば、仲よくなる人はさほど何度も会わずとも打ち解けるし、毎月顔を合わせて話をしても、好きになれない人がある。そう考えると、無理して自治会の付き合いなどしなくてもいい気がするが、親しくなれる人との最初の出会いはやはり自治会の集まりであるから、自治会はあった方がよい。ただし、それにどこまで権限を持たせるかで、先に書いたように、いくら会合を重ねても仲よくなる人とそうでない人に誰しも分かれるから、筆者は過剰なことはせず、最低限の行事だけこなせばいいと考える。体育振興委員がビールを振る舞って近所の人がたくさん集まれるようにするといったことは、本人がしたいのでやっているだけのことで、それを規則として縛ってしまうと、委員になることを渋る人がたくさん出て来る。それに、無料でビールが飲めるなら会合に参加するという人も多いはずで、ビールを振る舞って懇親を図っているようでも、ビールが出なければほとんどの人は訪れないということになる。最近自治連合会の副会長に聞いた話だが、地蔵盆が終わったその日の夕方、後片づけを全部済ましてしてから酒やビールを出して手伝ってくれた人をねぎらうことにしている自治会がある。ビールは缶や瓶入りではなく、サーヴァーを借りて来て生ビールをジョッキに注ぐ。ある中年夫婦はそのサーヴァーの前に陣取って、ふたりでジョッキ10杯ずつを平らげたそうだ。無料となればそのように厚かましい連中がいる。せいぜいひとり2杯までの量しかないのに、立て続けに10杯ずつも飲まれると、後の人が困る。そういう考えが出来ない大人がいる。それが下町の下品なところと言えばそれまでだが、そういう連中の行動を眺めるだけで自治会という集まりに嫌悪を催す人はいるはずで、自治会の行事は懇親を図るのはいいが、難しいところがある。それを承知で次はこうしようと対策を練って行く楽しみもあるが、それには会長級の人たちがどれだけ普段から意識が通っているかが問題となる。
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 松ヶ崎で見かけた飛び出しボーヤは最初の1枚のみだ。金持ちの家でも子どもはいるから、その看板は必要だ。だが、道幅が広いので、子どもが飛び出しても下町で事故が起きる数分の1の確率だろう。それを知ってか、飛び出しボーヤは写真の広くて長い道に1か所しかなかった。電柱に巻かれたものはそうとう古いし、またそれでは運転中の車からは見えないだろう。それで市販されている新しいものがその真横に置かれた。これはホーム・センターで売っているもので、女の子の場合、パンツが白と青がある。どちらが新しいかと言えば、筆者の考えでは青だ。青の方が全体に目立つからで、また白パンツに比べてその1色が多く、それだけ印刷に手間がかかっている。この女の子とセットになっているのが今日の3枚目だ。2枚目とともに大山崎山荘美術館に行った後で旧街道を少し歩いた道のりで見つけた。2,3枚目とも新幹線の高架下で、また高架は補修工事が行なわれていた。3枚目の中央に見える飛び出しボーヤは青の制服姿で、それで対になる女の子のパンツは最初は白だったのだろう。3枚とももちろん筆者が目当てにしたのは市販されている女子、男子の飛び出しボーヤではなく、3枚それぞれに写る珍しいデザインのものだ。2,3枚目は同じ印刷なので市販されているかもしれないがめったに見かけない。2枚目は道の奥が阪急の大山崎駅で高槻方面だ。3枚目は高架の反対側で、やはり奥が高槻方面だ。2枚目を撮った後、10分ほど長岡京を目指して街道を歩き、そして右手に折れて国道に出たが、そこで引き返し、また新幹線の高架沿いを戻った。同じ道では面白くないので、高架下を挟んで反対側の新しい道を進んだ。すると景色が全く違い、3枚目では下町っぽい家や店が並んでいた。だが、それらはすべて新幹線の高架際で、陽当たりや騒音の問題があるはずで、また旧街道沿いとは高架によって半ば断絶されていて、やはり自治会がうまく機能しているのかと思った。2,3枚目はその高架下を横切る道路で撮ったもので、工事期間中は高架下を全部塞いでしまうことは当然出来ず、旧街道とそれに沿う新しい道との間は往来が出来るようになっている。工事が終わると、塀でしっかりと塞がれている箇所は全部取り払われ、筆者らが歩いた時とは違って街並みの雰囲気はもう少し明るくなるだろう。それはともかく、筆者は半年ほど前に2枚目の旧街道を北に歩いた。ところが、すっかりその記憶が消えていて、どの角をどう曲がって川沿いに出、それからMさんの家に辿り着いたのか記憶にない。季節が正反対であるので景色の見え方も違うのだろうか。帰宅して地図を確認すると、確かに2枚目の道を歩いた。にもかかわらず、家内と歩いた時が初めての気がした。筆者はごくたまに、数歳頃の記憶が急に飛び出す。その時、「ああ、あの時の独特の空気の匂いだな」と思いながら、その記憶を今度はいつでも思い出せるようにとふんばるが、数秒の後にすっかり消え、真っ暗な記憶の広大な海を覗き込んでも、もう何年も、あるいは何十年もそれが出て来ない。また、そういう記憶が蘇っている時、筆者は自分が自分でないような気がするが、もっとわかりやすく言えば、自分は以前の自分の生まれ変わりで、生まれ変わる以前の記憶が、ごくごくたまにふとした拍子に湧くと思うことにしている。その遠い記憶の想起は、楽しいというべき種類のものだが、筆者が喜んだ経験を思い出すのではない。言葉では表現しにくいが、ある光景といったものではなく、遠い昔に筆者が感じたことだ。だが、それがまた記憶の底にすぐに沈んでしまい、意志で思い出せるものではないところ、理性では価値がないと思っているものだろう。いつ事故に遭って死ぬかもしれない人間だが、その一方で、自分では思い出したくないのに、何かの拍子で思い出すことがあるし、また思い出したいのに、思い出せないこともあって、記憶は飛び出しボーヤのようなものだと思ってみる。今日は3枚とも家内が写っている写真にしたが、猛暑でなかったので多少歩いても平気であった。そうそう、2,3枚目はMさんの家に向かうのが目的ではなく、サントリーのビール工場がどこかを確かめるためであった。だいたいの場所はわかっているのに、初めての道では方角がわかりにくい。地図を見ると、ビール工場の最寄の阪急の駅は西山天王山で、筆者らはその工場まで半分も歩かないうちに大山崎駅に引き返した。
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by uuuzen | 2015-07-24 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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