●嵐山駅前の変化、その370(マンション)
の分け目が不自然で、きっと鬘であろうと意見が一致した。先日投稿した韓国ドラマ『大切に育てた娘ハナ』の出て来るイ・テゴンのことだ。



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まだ髪の毛が薄くなる年齢ではないはずだが、若くして禿げ始める人は少なくない。家内の弟夫婦が千葉に住んでいて、一家が大の韓国ドラマ好きで、会うたびに今はどのドラマが面白いか情報を交換する。『ハナ』が面白かったことでは意見が一致したが、筆者も書いたように、最後の方は引き伸ばし過ぎた嫌いがあると言い合った。弟夫婦とは1年に一度くらいしか会わないが、今日は家内の妹の主人が大腸癌の手術を受けたので、その見舞いにみんなで申し合わせて高槻の病院に訪れた。筆者は初めて見る病院だが、JR高槻駅から歩道橋で病室までつながっている。つまり、車椅子で不自由なく往来出来る。玄関を入って新館につながるまでの通路の途中に、330号ほどの版画が壁にかけてあって、鉛筆書きのサインを見ると、「YUKA OSHITA」とある。サインを確認しなくても大下百華さんの作品とわかったが、彼女とは平安画廊で10年ほど前の個展で二度ほど話したことがある。なかなかの美人で、とても細身なのに、100号級の数版の木版画をどんどん作るという猛烈な制作ぶりに驚いたものだ。病院の関係者が彼女の作品が気に入って購入することにしたのか、それとも画商の売り込みなのか、日本中に病院は多いので枚数は捌ける。それはさておき、手術後1週間で、もう管は使用せず、立ったままで話が出来る。本人のリハビリぶりが効いているのだが、4日後には退院するそうで、手術の8時間も要したことは、徹底的に病巣を取ったのだろう。筆者と同じ年齢だが、手術から間もないこともあって、とても痩せて、また老けて見えた。だが、人間はそんなもので、筆者も同じ手術をすると一気に年齢より老けて見えるようになるだろう。見舞い金をわたした後、祇園祭りで買った粽の土鈴を取り出すのを家内が忘れかけていたが、どうにか思い出して手わたし、またその際に筆者は少し説明した。子どもだましみたいなものだが、それを見るたびに、祇園祭りの山鉾が建てられる頃に手術を受けたことを思い出すであろうし、また二度と手術したくないと思って体によくないことを控えるようになることに多少の助けになるのではないか。見舞いが済んだ後は阪急高槻駅近くの居酒屋で2,3時間過ごし、それから筆者は思い出したことがあったので、またJR高槻駅まで戻り、ある場所を探しに出かけた。写真も撮って来たが、それについては後日投稿するかもしれない。さて、何に話をつなげるかと言えば、JR高槻駅のすぐ北側に見舞いに訪れた病院があり、またその隣りには高層マンションが2棟建っていたが、もう1棟建設中で、全150戸になると表示があった。阪急不動産の所有で、阪急が鉄道の各駅のなるべく線路に近い場所にマンションを次々と建てていることの実例を目の当たりにした。これからますますどの駅前にも高層マンションを建てて行くのだろうが、JR高槻駅は前述の空中回廊によって百貨店、大学、病院が最短距離でつながっていて、これ以上便利なことはないというのが売りの大きな理由だろう。これまでも書いて来たが、高齢になると田舎暮らしに憧れる人があるが、2,3年持たない場合が多いらしい。田舎のしきたりに馴染めないことが大きな理由で、老いてからでは環境に順応しにくくなり、新たな人脈がなかなか築けない。それで都会の高層マンションに孤独に暮らすことになる。まだそのような資金がある者はいいが、そうでない者は古びた家で家と同じように朽ちて行く。またマンションに転居する余裕はないが、ちょっとしたリフォームくらいは出来る人は、資産を切り崩して気になっている箇所をまっさらにするが、そうした途端に死んでしまいそうな気が筆者はしているので、なるべくそんなことに大金は使いたくない。
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 さて、今日は久しぶりにわが自治内内に建つマンションの現場の写真を載せるが、いつものようにちょうど1年前の撮影だ。つまり去年7月19日で、同じような空気感が伝わる。ただし、工事はもう始まっていて、業者の旗が翻っているし、また真っ白な背の高い塀には阪急不動産の所有であることを示す大きな看板が取りつけられている。JR高槻前のような高層マンションは法律上無理で、また箱状ではあるが、屋根つまり庇があって、駅前のホテル「花伝抄」に色も形も似ている。またそのホテルと隣り合わせに建つので、外国人観光客は間違うのではないか。全25戸で3LDKで5000万円台と聞いたが、同時に着工されたのが、JR嵯峨嵐山駅近く、もう少しわかりやすく言えば天龍寺のから東へ100メートルほどのところに建つマンションだ。これは法律の網が違うので、色も形も和風を守る必要はなく、完成図のパースを見ると、ごく普通のマンションだ。もちろん箱のてっぺんに庇はない。今日はなぜ庇を思い出したかと言えば、最初は韓国ドラマのイ・テゴンの頭髪に絡めて書いたが、実は経は久しぶりに「駅前の変化」のカテゴリーに投稿するからだ。つまり、「久しぶり」と「庇」の語呂合わせだが、禿げを隠すのに苦労するのと同じく、筆者も毎回投稿の冒頭の一字を探すのに骨が折れる。それでも、どのような文字であっても、投稿内容をどうにか即興でまとめる自信のようなものがついて来ている。これはごまかしの才能があるということか。つまり、禿げを隠す才能があるということだ。そう言えば、家内の弟は東京に本社がある営業の偉いさんになっているが、今まで真っ黒であった髪が今回は筆者と同じほどに白が混じっていた。染めるのを止めたとのことだ。面倒だからというのが理由ではなく、年齢相応に自然にした方がいいと思ったのだ。またその方が却って若く見える。染めていることを隠す必要がないことが自信につながるからだ。そう言えば今日見た韓国ドラマでは、女性は髪が豊富なほど若く見えるので、鬘をうまく使うべしと言っていた。筆者は60を越えると禿げると思っていたが、そうはならず、髪はすこぶる多い。多過ぎると言ってよいほどで、2か月散髪しないと、湯上りにはライオンのようになる。それはそれでいいが、帽子を被るのに困る。正確に言えば、帽子を取った後だ。髪が帽子のためにへなっとなってしまうからだ。帽子を被らなければいいが、真夏は困る。つまり、髪と頭皮の保護には庇が必要だ。話が庇に戻った。語呂まで戻すと、今日はどんな格好で見舞いに行くか家内と話し合った時、家内は1枚の半袖のシャツを箪笥から取り出した。それを買ったのは大分以前だが、2,3回しか着ていない。筆者はボタンがついた前開きのシャツが大好きで、たくさん持っていると思うが、自分で箪笥の底などを探さないので、何を持っているか記憶にないものが多い。今日家内が取り出してくれたのも、家内があちこちごそごそしている間に見つけたもので、麻であるのでとても涼しい。Mサイズで、肩幅はぴったりなのに、丈が5センチほど長い。それでズボンの中に裾を入れるか、外に出したままにするかが問題となり、筆者は外に出したが、自分でも長いのはわかる。それでも今日はなぜかそのおっさん臭い雰囲気がよいと思った。見舞いに行くのに体の線に沿ったタイトな派手な色ではよくないからだ。それでシャツがダボダボっぽいのであればズボンもということで、家内に「ピチズボ」ではなく「ダボスボ」を出してもらった。こういう言葉を筆者は即興で作るが、家内もすぐにそれがわかる。筆者は最近ズボンを買わないので、ほとんどが家内に言わせれば「ダボズボ」で格好悪いが、「ピチズボ」は暑くてかなわない。真夏はダボダボがいい。そう思って今日は「ダボシャツ」に「ダボズボ」にしたが、筆者が気にするkほど誰も見ていないことは知っている。むしろ「ピチシャツ」に「ピチズボ」の姿であれば、年齢に似合わず、「怪しい」と思われる。そう思っているのに、筆者は今年はレイバンの赤のフレームのサングラスを買おうかと思い、祇園祭りの宵々山では大丸前の専門店に家内と覗き、それをかけて鏡を見た。なかなか似合うではないかと思ったが、実際は家内に買ってやろうと思ったのだ。だが、60を越えた夫婦がお互い赤の派手なフレームのサングラスをかけ合っている姿は、やはり「怪しい」か。そんなことをしていると、キモノ姿の若い男性店員がやって来て、「その赤いものは男女兼用です」と言った。振り返ると、筆者のサングラスがレイバンであることを悟って、それを指摘した。筆者は10年もっと前に買った古いものですと答えたが、その店には筆者のものとほとんど同じ型がいくつもあって、店員によると、もう定着した形になっているとのことであった。
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 結局見ただけで店を後にした。レイバンのサングラスを置く店は四条河原町交差点にもあったが、宵々山に入った店はとても品揃えが豊富で、これでは誰もがレイバンで面白くないとも思った。レイバンがアメリカからイタリアに買収されてからは、プラスティック・レンズとなり、またいかにもイタリア風のお洒落の雰囲気が増したが、それは悪く言えば軽過ぎて、かつての厳格さを愛する者には全く物足りない。何でも流行があって、今はこれが最先端の格好よさと思っているものが、必ず古くさく感じる時代がやって来る。それでもその古臭さが新しいと思う人もいて、今は昔ほど流行を気にせずに済むのではないか。つまり、筆者が「ダボシャツ」に「ダボズボ」を着ようが、自信さえあれば、それは変には見えない。また「ピチシャツ」に「ダボズボ」姿を家内はいつもおかしいと批判するが、筆者はあまりそう思っていない。上半身がピチピチのシルエットで、下半身が足の太さがわからないダボダボというのも面白いではないか。そう言えば、ザハ・ハディッドは子ども頃、変わった形の目立つ服装を好んだらしい。普通のが嫌であったのだ。そのことと彼女がデザインする建築物とは真っ直ぐにつながっているだろう。安藤忠雄はコンクリートの打ちっ放しの箱型のビルで名を挙げたが、彼から見ればザハのデザインは逆立ちしても考え出せないものだろう。またそこを知って彼がザハのデザインを新国立競技場に選んだのは立派と思う。それが建築費の高騰で白紙に戻されたが、森元首相の言う、国がたった2500億を出せないものかと言うのは何となくわかる。5月に国はアメリカからオスプレイを買ったが、1機200億円ほどで、それと比較すればザハのデザインで建ててもよかったのではないか。牡蠣をどろりと垂らしたような形が気に食わなかったと元首相は本音を漏らしたが、それはなかなか的確な形容で、ザハの建物は有機物を思わせる。もう機能優先のただの箱といった建物にはみんな飽き飽きしている。そういう中に斬新なデザインの建物が出来ると、世界的に話題になる。ソウルでは4年越しでザハがデザインした東大門デザイン・プラザが開館したが、写真を見る限り、度胆を抜かれる。そして一度は見たい気がする。出来て3か月程度なので、これからどれほど人気が出るのか出ないのかだが、ソウルのど真ん中にそういう建物を造るところに、日本とは違う韓国の熱気のようなものを見る。新国立競技場が駄目なら、また別の建物をザハに設計させようということになるかもしれないが、そのような機会が今後10年以内に日本にあるかどうかだ。それに決まったところで、また値段が高いということで御破算になるだろう。橋下市長は新国立競技場の建設費を知って、貧乏人がフェラーリを買うようなものだと言ったが、それがいけないこととは筆者は思わない。筆者はどちらかと言えばそのような生活をしている。無収入同然であるのに、ほしい物はとびっ切り高くてもかまわない。それくらいの贅沢がなければ生まれて来た甲斐がない。あるいは男の気概がない。ザハのデザインした新国立競技場は、世界にふたつとないもので、それは貧乏人のフェラーリとは比べられない。買い物というのは、今しかないという機会がある。それを逃すと二度となく、今回の新国立競技場はそういうものであった。先日のTVでは、コンペで上位に選ばれたザハ以外の案が10近く紹介されていたが、正直なところ、ザハのデザインがずば抜けて斬新であった。日本はそういうものを受け入れる度量のようなものがバブル期以降はますます萎んで来ているのだろう。駅前に高層マンションは林立するが、どれも同じような形で、筆者は全く住みたいと思わない。そう言えば大阪は中之島に近代美術館を建てると言いながら何十年も経っているが、ザハにデザインさせればどうか。貧乏都市の大阪がザハの建築でちぐはぐに見え、もっと面白くなる気がする。
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by uuuzen | 2015-07-19 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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