●睡蓮、もう寝
でて食べるのかと思っていると、生食も出来るらしい。蓮の実のことだ。昨日、展覧会で若冲の絵を見ていて、蜂の巣状の蓮の花床が描かれていることに気づき、筆者はその実を食べたことがないことを思い出した。



d0053294_0573432.jpgそれで、隣りにいた大志万さんと田中さんに話しかけたところ、彼女たちは食べたことがあると言う。蓮の実が食べられることはおぼろげに知っていたが、どこで売っているのか、店頭で見たことがない。先ほど調べると、今月下旬が食べ頃らしく、生食すると、甘いらしい。それはぜひとも食べてみたい。蓮の花は天龍寺を入ってすぐの池に咲いているので、そこで採って食べようかと冗談を言うと、大志万さんは「いけませんよ」と真顔で答える。池の中に入らねば採取は無理で、筆者はとても無理だとわかりながら言ったが、彼女は池の畔に立って手を伸ばせば1本くらいは掴めるかと想像したのかもしれない。そう言えば、若冲の絵を見たMIHO MUSEUMでは、待合室の前の円形広場に、蓮の鉢が2,3置いてあって、桃色の花が咲いていた。あれが枯れれば蜂の巣状の花床が出来るが、今月下旬に訪れると、こっそりそこから数粒程度は引き抜くことが出来るかもしれない。抜いた途端に口に運べば誰にもわからないし、咎められてももう遅い。そんな漫画みたいなことを想像しながら、筆者は訪れるにも足がない。展覧会つながりで思い出した。奈良国立博物館の新館は、1階の奥に庭があって、そこは自由に出入り出来ることを前回訪れた時に知った。次回はそこに出てみようと思うが、チケットの半券をもぎる受付カウンターの背後にその庭と内部を仕切るガラスの壁面がある。そしてガラスのすぐ向こうに蓮の鉢がたくさん並べられている。そのことは以前から知っていたが、仏教に因む展覧会が多いので、蓮が似合うと思って育てているのだろう。今月下旬になるとそれらの鉢植えは次々と実の収穫期を迎えると思うが、鉢に近寄って実を蜂の巣状の花床から抜き取ろうとすると、ガラス越しに係員や入場のためにやって来た客と鉢合わせになる。係員は入場者の方を向いて、庭にいる筆者に背を向けているので気づかないかもしれないが、入場者はみな気づくはずで、「あの怪しい人、何を怪しいことをしているの?」といった顔をし、それがチケットのもぎり係員に悟られ、彼女たちが振り返ると、ガラス越しに筆者は蓮の実の2,3粒を口の中に放り込んだばかりという漫画のような光景が生まれるだろう。「あの、お客さん、蓮の実を採って食べないでください」「はあ、すんません」「こちらに出て来てください」「あ、はい」「当館の所有物を私物化してもらっては困ります」「はあ、あまりにお腹が空いていたもんで…」「嘘!」「はあ、嘘とわかりますか」「わかります!」「では、どう弁償すればいいでしょう」「もういいです」。ということになって、まんまと蓮の実を食べる経験をすることが出来るが、多くの入場者の顰蹙を買い、ひょっとすれば札つき人とみなされ、今後出入りが禁止にならずとも、筆者だとわかれば警備員がずっとそばを離れないかもしれない。「あの、警備員さん」「あ、はい」「わたしを尾行してもらっては迷惑です」「はあ、また蓮の実を食べられるかと思いまして」「今は実が出来る時期ではないでしょうが。生姜の季節ですよ!」「しょうか、でもほかの何かを採られては困りますから」「そんな実はないでしょう」「実はなくても蓮の蜂の巣を持って帰られるかもしれません」「あんな穴空きの巣には興味ないです。穴に詰まっている実が食べたいのです」「そうですか、では来年の7月にまた尾行いたします」「次は鼻孔にも実を詰めますよ」「ははは、やはり怪しい。備考として書き留めておきます」
d0053294_0575298.jpg 蓮と睡蓮は同じスイレン科と思っていた。筆者が70年代後半に毎週買った『週刊朝日百科 世界の植物』では蓮と睡蓮は同じ仲間となっている。ところが、蓮はハス科という別の系統の植物とするのが近年の研究で、そう言えば睡蓮と蓮は葉の形も、実もそれも大きく違う。共通しているのは水生植物であるという点だけで、有用の点からすれば蓮の方が断然上だ。実は食べられるし、根はレンコンになって日本では欠かせない食べ物だ。そう言えばMIHO MUSEUMの売店ではレンコンを4ミリほどに輪切りしたものを象った木製の飾り物を売っていた。直径が5センチほどと小さいので、コースターにはなりにくい。いったい何のために使うのかわからないが、レンコンではそのままの形で保存出来ないので、わざわざ木で作ったものだ。レンコンの穴空き状態は見通しがよくなるたとえに使われ、それでおせち料理にレンコンは使われる。蓮の花床は実が収まる穴が20個ほどはあるが、そこを覗いても見通しが利かず、真っ暗は洞穴に見えて、どこか不気味だ。それに実がそこに収まっている状態もどことなく虫めいて気味が悪くもあるが、生食で甘いのなら、目をつぶってでも食べる。それはそうと雑談がひど過ぎるが、眠いので今日はこのまま突っ走る。睡蓮の題名にしたのは、昨日投稿した枳殻邸の印月池に睡蓮の葉がたくさん繁茂していたことのつながりだ。今日の写真は先日家内と訪れた大山崎山荘美術館の池で、そこにも睡蓮があった。これは当然だろう。同館はモネの睡蓮の絵をいくつか所蔵することで有名で、地下の別館にそれはほとんど常設展示されている。今は睡蓮の季節なのでなおさらで、先日も3点が飾られていた。だが、本物の睡蓮は葉ばかりが目立って、花はなかったか、まだ小さな蕾だろう。つまり、まだ幼くて睡眠中だ。「寝ている子を起こすな」という表現を知ったのは小学生の事だったが、大人がそう言うのを聞いて、大人の世界にはエロティックな秘密が多いことを感じた。だが、エロティックな思いは子どもにもある。その後性教育の是非が問われ、正しい性の知識を教えるということになって来たようだが、脱脂粉乳が給食で出された筆者の世代は、先生から教わったことはなく、自然と大きくなって、つまり人生から目覚めて性の知識を得た。「寝ている子を起こすな」は、その寝ている子の年齢に大きく関係する問題で、筆者らの世代と比べると、今はもっと若い年齢を思っているだろう。栄養が充分に摂取出来るようになって昔の子より今はませているし、生殖機能の発達も早い。それで中学生になれば避妊について学校で教えるということになっているのではないか。中学生はもう充分に睡眠から目覚めている。話を戻して、蓮と睡蓮は同じ仲間ではないとなれば、今日の話の進め方はかなり強引だ。蓮はその花床の蜂の巣すなわちハチスが訛ったものだというのは昔から知っていたが、睡蓮が同じ仲間でないなら、「蓮」の文字を使わなければいい。植物の分類学は時代とともに進化しているのか、あるいは変化しているだけなのか知らないが、人間の分類の考えは植物界を知悉することにならないはずで、どれだけ人類が進歩しても、分類に困る植物があるだろう。つまり、植物の幾分かは人智を超えたところにある。そう考えると、分類はいい加減なもので、着目する箇所が違えば分類も変わり、学者によって考えも違う。蓮と睡蓮が今でも同じスイレン科と考える人もあるはずで、蓮をハス科に独立させるのであれば、これまでスイレン科とされて来た別の植物も別の科を立てなければならなくなるだろう。先日筆者は蓮と睡蓮は同じ仲間で、インドでは仏教は睡蓮のイメージもあるといったことを書いた。LOTUSは睡蓮と筆者は思っているが、ロータスのロとスイレンのレの音がラ行であるからという単純な理由からで、また睡蓮は熱帯性のものが日本の植物園によく栽培され、そのカラフルな花色はいかにもインドという気がする。
d0053294_0582377.jpg 睡蓮は花が散った後、蓮のように花床が大きくなって実が出来るのだろうか。それに近い品種もあるかもしれないが、睡蓮は花を楽しむだけで有用なところがあるとは聞いたことがない。それはさておき、大山崎山荘美術館の山に面した庭に大きな池があって、大きな鯉が泳ぎ、飛び石も据えてある。この美術館が出来た当初からその飛び石を踏んで池の中を歩くことは許されなかったが、池は建物の1階ではテラスから、2階はバルコニーから見下ろすだけで、係員も庭の手入れをあまりしないのか、10個ほどある飛び石の一番奥、立ち位置から7,8メートルのところに、高さ1メートルほどに伸びたオオアレチノギクの1本の雑草が生えていた。それが眺めの中心にあって、せっかくの睡蓮の池をどう撮ってもそれが入る。2枚目の写真にそれが写っている。飛び石を歩いてそこまで行って引き抜いてやろうと思ったが、そんなことをすれば係員が飛んで来る。「あの、お客さん、草木を採らないでください」「はあ、すんません」「こちらに出て来てください」「あ、はい」「当館の所有物を私物化してもらっては困ります」「はあ、あまりに見苦しいと思ったもんで…」「何がです」「雑草が目についたもんで」「どれですか」「これです」「嘘!これが雑草ですか!」「オオアレチノギクです」「キク科の植物ですよね」「あ、はい」「名前がついているのに雑草とはひどいですね」「これは荒地によく生え出るものです」「嘘!」「では、どう弁償すればいいでしょう」「もういいです」。ということになって、まんまと池の飛び石を歩き、気になった雑草を抜くことが出来るが、多くの入場者の顰蹙を買い、ひょっとすれば札つき人とみなされ、今後出入りが禁止にならずとも、筆者だとわかれば警備員がずっとそばを離れないかもしれない。「あの、警備員さん」「あ、はい」「わたしを尾行してもらっては迷惑です」「はあ、また勝手に植物を抜かれるかと思いまして」「雑草ならばいいでしょうが」「しょうがない人ですね。何かを採られては困りますから」「そんな失礼な言葉はないでしょう」「失礼にも草木を持って帰られるかもしれません」「あんな雑草には興味ないです。目障りなだけです」「そうですか、こちらもそうなので今度来られれば尾行いたします」「次はあんたの鼻孔に雑草を詰めますよ」「ははは、やはり怪しい。備考として書き留めておきます」。大山崎山荘美術館での展覧会の感想は後日書く予定だが、それとは別にもう一回同美術館で撮った写真を載せるための投稿がある。MIHO MUSEUMからの帰りのバスは、筆者の隣りに大志万さんが座り、京都に着くまで話をしたが、彼女は疲れ気味のようで、瞼を何度か閉じかけた。それを見て筆者は「眠たいですか」と声をかけ、寝ている彼女を起こした。子どもではないので、大人向きの話も出来る。何の話をしたか記憶にほとんどないが、彼女に言わせると筆者は珍しいらしい。社交性があって、誰とでも気軽に話せるというのがその理由だが、それは裏返せば異性であることを意識させないということにもなるだろう。「あの、大山さん、起こさないでください」「はあ、すんません」「そちらに向いていてください」「あ、はい」「わたしの時間を私物化してもらっては困ります」「はあ、あまりに心地よさそうに思ったもんで…」「何がです」「瞼を閉じかけてうとうとしているのが」「嘘!」「はあ、嘘とわかりますか」「わかります!」「では、どう弁償すればいいでしょう」「もういいです。起きます」。それで京都に着くまで話をしたが、睡蓮やモネ、蓮の実の話題は出なかった。
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by uuuzen | 2015-07-04 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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