●渉成園(枳殻邸)、その5
めを果たす。誰かに命じられた務めでなく、自らそれを作る場合、それは見上げたことか。そうは言い切れない。危害を及ぼされない限り、誰が何をしようが自分とは関係がなく、務めの考えとは無縁で一生を過ごしたいと思うのが人情だ。



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頑張る人は頑張ればいいが、自分は御免だ。楽して暮らしたいと思うから、宝くじに当たらないかと思ったりもする。それも務めだが、報われることは稀だ。だが、自分で課した務めは、報いがあることを期待しない場合がある。それが見上げた行為かと言えば、それも言い切れない。ともかく、務めを果たしていると自認している姿はあまり他人には喜ばれない。たとえば筆者はこのブログを10年少しの間、1日も欠かさず書いているが、始めた時に義務と考えた。それを果たす区切りがあるまで続けようと思ったのだが、そのことは他人にはどうでもよく、筆者のこだわりに過ぎない。であるから、その務めを他者に誉めてもらいたいとは思わないが、そのように書くと、内心誉めてもらいたく、また自慢していると受け取られるのが落ちで、自ら務めを課して果たしているということは口外しないのがよい。齢を重ねてわかって来ることのひとつに、他者への関心が薄らぐことがある。そのため、高齢者は孤立しがちになるのだろう。他者へ関心を抱くと、それがストーカーと間違われたりするから、高齢者は淡々と生活し、他者と関わりを持たない方がむしろ喜ばれる。だが、喜ばれることを気にするのは他者に関心のある証拠で、老いるとそのようなことも考えなくなる。そう考えると、老いることを拒否するのであれば、他者に関心を抱くことだが、これが難しい。筆者は関心のある人物はいるが、ほとんどすべてと言っていいほど、もうこの世にいない人だ。それならストーカーだと糾弾されることもない。それに死者に思いを寄せるのは限りがなく、自分が死者になる寸前まで思いを持続させることが出来る。こう書くと、その死者は神格化されていることになった、神ではないかと言われそうだが、筆者はそうではないが、神を信じている人は多い。そして、神を信じるのであれば、死者だけではなく、生きている人に関心を持つことが出来るだろう。つまり、神を信じると、老けにくいという理屈になる。そこからは、神でなくても、何か信じることがあれば老けにくいということになり、信じ続けることを務めとは思わないことだ。務めと思うから、いつか止めようかと考える。務めには、無理やりという雰囲気が漂う。筆者はまだそういう境地になれない。そこで務めではなく、ごく自然に、息をして生きているように、あたりまえというように、自分を信じるべきで、そうすれば務めから得られることが豊富になるのではないか。さて、今日は「務め」として枳殻邸の最終回を書く。順路にしたがって写真を撮りながら歩き、最後の見所に着いた。順序としてはあたりまえだが、誰からも期待されていない行為であり、また感想であるから、単なる自己満足で、そういう姿を他者が見るのは面白くはない。それで少しでも面白く感じてもらおうと、何か工夫を凝らすべきかもしれないが、空気を吸って吐くように自然であることを示したいのであれば、今日は今日の気分で書くしかないし、いつもそのようにしているが、何が言いたいのかと言えば、筆者が何をどう考えていても、こうして書くことが面白いかそうでないかがただ大切であって、それを思うからこそ、今日も課した務めを果たそうとしている。
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 前置きは以上。枳殻邸は詩仙堂の石川丈山が庭を設計したとされる。その証拠と言うか、丈山に因むものが何かあるかと言えば、受付でもらったパンフレットを見ると、枳殻邸の最も大きな建物で、印月池を真正面に見る位置に建つ閬風亭の中にある扁額の写真が載っている。「閬風亭」の三文字を丈山独特の隷書で書くもので、これは実物を見たいものだが、建物内部に入ることは許されない。それはさておき、この建物は丈山の命名であることがわかり、また丈山がその内部から東の印月池、そしてその向こうの東山の借景を考えて、庭をどのように造るべきか考えたことがわかる。つまる、その扁額ひとつがとても重要ということだ。丈山がどういう顔をして身長がどれだけか、またどんな食べ物を好んだかなどがわからずとも、その三字の隷書によって、丈山の人柄が想像される。筆者は丈山の隷書が大好きというのではないが、大いに気にかかる。それは同じような書を知らないからだ。創造的ということだが、創造的なものすべてが好きということはない。創造的な物事は面白いが、それと好悪は別問題だ。そのため、丈山の書は見事だと思うが、そこから感じられる人柄は、冷徹さを連想し、近寄り難い。おそらく丈山はそういう人柄で、人間嫌いであったのではないか。それでも気になるのは、筆者にもそういうところがあるからかしれない。それに、丈山は死者で、どう思われようが本人はわからない、筆者が名誉棄損で訴えられることもないから、死者について関心を抱くことは気楽だ。それはさておき、「閬風亭」の名前はいかにも衒学的で、そこに丈山の性質も表われている。パンフレットの説明によれば、「閬風」は崑崙山脈の頂部にあるとされる山の名前で、仙人が住むとされる。丈山が仙人のような生き方を望んだことは、詩仙堂からわかる。パンフレットには、閬風亭が賓客を迎える大書院と書いてあるので、一般公開をしないのはもちろんで、また皇族か世界的有名人でもない限りは無理だろう。だが、慶応元年(1865)の再建で、さほど古い建物ではなく、またその座敷から印月池方向を見るとどんな具合かは、パンフレットの表紙の写真から充分にわかる。先に書いたように、手前に池、その向こうに木立があって、遠景は東山だ。ただし、木立の背が高すぎて、東山は少ししか見えない。これは丈山の設計時とはかなり違うだろう。枳殻邸はカラタチで四方を取り巻いていたのでその名前がついたはずで、現在の河原町通りにある塀とその内部の背の高い木立は、外から完全に内部を見られないことを思って造ったものであるだろう。その時期がいつか知らないが、戊辰戦争後ではないか。それ以前はカラタチの背丈は低く、子どもなら割合簡単に中に入ることが出来たのでないか。寺とはもともとそういうものだ。順路の最後は、閬風亭の前の芝生を散策しながら、東の池やその借景を楽しみ、多少でも丈山の思いを汲むことが出来る。ところが、今日の最初の写真からわかるように、東山は見えず、代わりにホテルなどのビルや電線が見える。これは全くの艶消しで、丈山の望んだ仙人の境地からは遠い。パンフレットの表紙の写真がいつ撮影されたか知らないが、これなら今は閬風亭は賓客用と上品ぶることもないように思えるし、さすが丈山は山手の詩仙堂は仙人にふさわしいと思っただけはあって、平地に建つ枳殻邸は仙人ではなく、凡人向きと成り果てたかのようだ。現代の仙人の住居は、高層ビルの最上階で、実際そこが最も高い価格で販売される。だが、ビルの寿命は数十年だ。今後写真に見えるホテルがもっと低いものに建て変わる可能性は充分にある。
d0053294_1535057.jpg 2枚目の写真が閬風亭で、左に見える石碑は3枚目に載せたように、明治天皇がそのところでしばし休憩されたと彫られている。当然閬風亭の扁額や、座敷からの眺めも楽しまれたが、明治天皇と同じ場所に立って同じ眺めが楽しめるかと言えば、明治時代は借景にホテルはなかった。枳殻邸からすればせっかくの庭の最も美しいはずの眺めが、外部の建物でぶち壊しにされているので、苦々しいだろうが、同じようなことは日本中で問題となっている。それを突き詰めると、人口の割りに居住空間を建て過ぎで、日本経済がそのような仕組みで成立していることをどうにかする必要がある。家を買うことが男の一生の目的と務めになり、銀行ローンで一生縛られ、その支払いが終わった頃には家は寿命が来ているし、子どもが相続しても問題を抱えるだけとなっている。では家を買う必要はないかとなると、家賃では高齢になると払いにくいという問題が生じやすく、どっち道人間は「住」で一生振り回される。それが人間の務めとは言い切れないと思えばホームレスになる勇気も生まれるかもしれないが、ホームレスが氾濫して枳殻邸のような豪華な園つきの邸ばかりが大事にされるというのもおかしな話で、何事も拮抗しながら存在している。それはこれが最も妥当であろうという考えの下で均衡を保っていると言ってもよいが、突き詰めれば居住空間を増やし過ぎということをもうひとつ突き詰めれば政治の問題に行き着くが、それを突き詰めると、民主主義を選んでいるからには個人の責任ということになって、印月池の向こうにホテルが丸見えというのは、多数決で決まっていることと結論づけられる。実際そのとおりで、大多数の人は枳殻邸に関心を抱いたり、訪れたりしないし、訪れる人もホテルが見えることを忌々しく思って仕方がないと諦める。話を3枚目の写真に戻すと、明治天皇の石碑の近くに見事な梅の実をつける木があった。この3枚目の写真は右に家内がこちらを向いて立っているのを撮ったが、家内は切り落とした。筆者の目的は、家内を撮ることにもあったが、明治天皇の石碑とその際の梅の木とその実により関心があった。実は南高梅と同じほどの大きさで、誰もがそれに驚いていて、もぎっている人が多かった。というのは、熟して地面に落ちている実がとても多く、放置すればみなそのようになりそうであるからだ。梅の木の前でしばらくいると、続々と人がやって来る。筆者は順路の先がどうなっているかを確認するために南の端まで行ってみた。そうして北を向いて撮ったのが4枚目で、中央奥左寄りに白く写っているのが家内で、誰かに話しかけられているのが見えた。後で訊くと、東京から来た60代の女性で、よく喋る人で、書を学んでいるが、源氏物語に関係した石塔に関心を抱き、それを見ておこうとしたそうだ。家内は侵雪橋からよく見えると言ったそうだが、閉園間近になっても慌てて人が来る。4枚目の写真の左手は南の出口であったが、家内が遠くで話をしたままなので、また梅の木の前に戻り、ふたりで北口まで戻って外に出た。自ら課した務めをひとつ終えた気分だが、もぎ取った梅の実をどう使うかという新たな務めが生まれ、仙人ではなく俗人はそのように次々と生まれる、あるいは自ら作る務めに振り回されながら老いて行く。それで「金の心」を掘り当てられるかどうかは保証がないどころか、そのことも忘れてしまう可能性が大きい。
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by uuuzen | 2015-07-03 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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