●ひび是口実、その3
緒書きをもらったかどうか記憶になかったが、チラシ類の山からひょいと出て来た。不退寺のものだ。それを見ずに同寺へ行ったことの感想を以前書いた。



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せっかくなので少し引用しておくと、建物は南門、本堂、多宝塔が重文で、仏像は聖観世音菩薩立像と五大明王像、そして業平の舎利塔も重文になっている。話は変わるが、4日前だったか、関西TVの朝の番組で、最近頻繁に見かけるお笑い芸人が京都の見所として鈴虫寺を推していた。彼は京都出身のようだが、阪急松尾駅から徒歩で鈴虫寺に向かう道がとてもよいと言っていた。バスが走る物集御街道を歩いては少しも面白くないので、月読神社の前を通る山沿いの道のことを言っているのだと思うが、確かに風情はある。筆者は何度か歩いたことがあるが、その道よりもっといいのが、不退寺の南門から数十メートル下がって東に入る道だ。その道については「不退寺への道は退くな、その5」「佐保路の松と盆栽の松」に書いた。そして、その道で見かけた/蔦が壁に生える家や「飛び出しボーヤ」の看板の写真もすでに投稿したが、後者は琺瑯製なのか、表面に細かいひび割れが生じ、色も半分ほど褪せていた。その写真を今日は3枚目に再度使うことにするが、改めて投稿しなくても、先週土曜日に投稿した際のURLを書き写すだけで表示出来る。それはともかく、5月に行った不退寺の近くでは、ひび割れを3つ見かけ、それらの写真を撮った。そのひとつが「飛び出しボーヤ」で、残りふたつを今日は説明する。その前に、昨日家内と大山崎山荘美術館に行き、その新館へ通じる窓の外枠に塗られた肌色のペンキがひび割れがひどくなって、半分ほど剥がれかけていた。そのほかにも同じペンキは塗られているが、その窓枠の一部のみがそうなっていて、雨で濡れやすい箇所なのかもしれない。まだ1,2年は大丈夫だと思うが、早めに塗り直した方がよい。そのことを思ってその窓下を見ると、足場を組まずに脚立を立てれば充分なようで、何となく安心した。だが、窓枠のてっぺんは高さ3メートルの脚立が必要で、そうなると脚立の下部は大きく開くし、それでは窓下のごく狭い場所では設置出来ないかもしれない。家内もそう感じたらしく、屋根からロープでぶら下がって塗る必要があるのではと言った。それはともかく、休館日に業者が入る必要があって、建物は定期的な修理が欠かせない。筆者は隣家を倉庫代わりに使っているが、人が住まないのであれば固定資産税は安くなるという情報を家内がどこかから仕入れ、筆者にそのことを言う。隣家の固定資産税はわが家と同じかもう少し高いかもしれないが、隣家のそれが少しでも安くなるのはありがたい。だが、ネットで調べると、空家が多くなっているので、数年先には政府は空家に数倍の固定資産税をかける計画があるようで、そうなれば隣家はわが家より高くなる。そのことを考えると、今のままにしておいた方がよい。空家だと指摘されると、たまに本を出し入れするし、また裏庭の手入れをしているので、空家とは言い切れないと反論出来る。それにしても誰も住まない80平米近い居住空間が本のための倉庫とはもったいない。だが、天井、壁、床は新たに張り変える必要があり、それをしようと思いながらそのままになっていて、住むことは出来そうにない。ある人に言わせると、100万ほどかけて新しくし、月10万くらいで貸せばいいとのことだが、そのように事を運ぶのは面倒で、また貸すのは嫌だ。空家状態はもったいなく、固定資産税も馬鹿らしいかもしれないが、筆者は金銭勘定に鈍感なところがある。そう言えば、今貸している駐車場は、四半世紀以上、本を入れた倉庫を置いていた。それは全くの無駄であったと言ってよく、中に油虫などが生息し、本その他はほとんど処分した。倉庫など置かずに駐車場として貸すと、25年で200万円になったのに、それを捨てたようなものだ。それがわかっているのに、また隣家で同じことをしている。
d0053294_11726.jpg 金にめざとくなければ金は貯まらない。だが金のことをいつも考えて生活するのはたまらない。なければないでやって行けばよいし、また本当にないとなれば隣家は処分すればいい。ひび割れの話に戻る。大山崎山荘美術館は開館して15年ほど経つか。昨日は大勢の人が来ていた。開館当初よりいろいろとサービスは悪くなっていて、世知辛くなって来ているのだろう。世の中全体がそうで、世間にひび割れが増えている。ま、それを言えばいつの時代も同じだ。そうであるから、大山崎山荘美術館の新館へ通じる窓の外枠の肌色のペンキも剥がれて行く。それを写さなかったのは、まだそれほどひどくなっていないからでもあるが、そのひび割れを思い出したことが今日の投稿のひとつの理由だ。話を不退寺に戻す。そこに向かう途中の大通り沿いに居酒屋の大きな看板があった。そのペンキがひび割れして、もう2,3年のうちには書き替える必要がある。そうした光景はよく見かけるが、奈良では何となく似合っている気がした。これが東京の洒落た街であればまず許されない。地方都市の疲弊した場所ほど似合い、奈良もそうだとは言わないが、見かけた居酒屋の看板は不思議ではないどころか、その付近の環境と調和しているように見えた。古の都であるので、ひび割れが似合うのだが、京都ではそうではない。こんなことを書くと奈良県人に怒られそうだが、先に断ったように、その看板のある界隈に限ってのことで、このひび割れペンキの看板がたとえば近鉄奈良駅前では場違いだ。さて、この看板から150メートルほどか、蛙が鳴く水を張った田を見かけた。そのことは不退寺の投稿に書いた。同寺とは関係のない写真なので載せなかったが、今日の2枚目がそれだ。水深は5センチもないかもしれない。水を張ると土のひび割れがなくなってもよさそうなのに、張られてから日が浅いのだろう。この水溜まりに蛙は気をよくし、盛んに鳴いていた。その姿をしばし探したが、ひび割れを真上から眺めると、鳴き声は止む。本当はひび割れと蛙を収めたかったのに、ひび割れしか見えない。あるいは蛙も写っているかもしれない。蛙はこのひび割れをどのように思っているか。地震での地割れと同じように危険を感じているか、そのようなことは気にせず、温泉のように気分がいいか。ひび割れはあまり気分のいいものではないので、それを埋めるのが人情だ。筆者がひび割れで最初に思い出すのは手の甲のあかぎれだ。小学生の低学年の頃にはよくそうなった。栄養が足りず、寒さもひどかったからだ。それが老人になると皺が増え、また肌もひび割れ状態のように荒れるだろう。ひび割れは風化の証拠で、自然なことだ。そのように開き直ると、齢を重ねていろいろとひび割れが目についても気にならなくなる。そしてひび割れもまた味だと思える。人間関係のそれはどうか。それも同じだろう。写真家の福島菊次郎は人を寄せつけない雰囲気らしいが、90代の高齢でも現役だ。今日の3枚の写真は同じ日に撮影した順だが、3枚目は前述のように、「飛び出しボーヤ」の鉄製の看板で、全体にひびが細かく及んで磁器のかいらぎのように見える。それは味で、この看板が設置される道にふさわしい。この道は佐保路と呼ぶのが正式かどうか知らないが、松尾大社から鈴虫寺に向かう道より筆者は好きだ。何度も言うように、それはひび割れが多いからで、それだけ筆者のひびが多くなって来ているのだろう。細かいひびが多く生じても、致命的な大きなひび割れが生じなければいいではないか。そういうのを「ひび是口実」と言う。
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by uuuzen | 2015-06-29 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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