●嵐山駅前の変化、その369(自転車道路)
進する自転車と言えば数百台ほどまとまって走る様子を想像するが、阪急嵐山駅前から徒歩2分ほどのところに自転車レースにでも使えそうなきれいな道が出来たのはちょうど1年前だ。



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筆者と家内は梅津に買い物に行くのに早速この道を走り初めしたが、その正確な日をこのブログに書き記したのかどうか記憶にない。6月の下旬であったのは間違いがなく、たぶん22か23日だ。今日の4枚の写真は21日の撮影で、4枚目に写るように利用している人を見かけたので家内を誘って走ることにした。梅津に行くのにこの道を通ると遠回りだが、新しい道を走る機会は一生に何度もない。とはいえ、新しく出来た道は150メートルほどだ。最初の写真からスタートして、4枚目で終わる。その4枚目は舗装が新しい部分と古い部分がつながっている。左端にロープが張られているが、それは舗装された両側に新しく白い砂を敷き詰め、そこに芝生か何かの種子が撒かれたからで、それが1年経った現在思惑どおりに成長したのかどうかと言えば、さほどでもない。金曜日の19日は久しぶりに「風風の湯」に行ったが、玄関前の植え込みは雑草だらけで、雑草の庭と呼ぶにふさわしい景観になっていた。その庭の北端に立って今日の最初の写真を撮影しているから、最初の写真の左端に見える白い砂地にも多くの雑草が生えていることは当然だ。雑草ではない植物の種子をばら撒いたところで、その数分の1が根づけばいいことは明らかだが、何もしないよりはましとの考えだろう。「風風の湯」の前庭の雑草が気になってよく抜いたのは去年のちょうど今頃の季節だが、抜いても抜いても生えて来る。気になりつつも1か月ほどでやめた。雑草は抜くほどにしぶとくなるのか、今年は去年より多いように思う。そうなるとひとりで手に負えるものではなく、雑草が混ざった庭の景観をそれなりに受け入れるしかない。他人の所有物であるのでとやかく言う必要もないということだが、昔アメリカに家族で数か月移住したことのある学生時代の恩師は、ボストンの一軒家に住んでいると、前庭の芝生が伸び放題であることを近隣の人から咎められ、芝刈り機を貸そうかと言われたそうで、雑草が生えると傍迷惑との考えを持つ人がある。日本はそこまで雑草に対して人々の関心は大きくない。自分の家の庭に雑草が多くても、その種子が近隣の庭に飛散するとは証明出来ないと考えるし、また近隣の人たちは、「あそこの人はちょっと変わってる」と噂をする程度で、雑草伸び放題について抗議をしない。「風風の湯」の玄関前の庭はそれと同じで、雑草をこまめに抜いても目の前の桜の林からいくらでもその種子が飛んで来るので、切りがないと考えているだろう。それでも目についた人の背丈ほどもある雑草程度は抜いてもらいたい。毎日5分でもその作業をすれば、雑草のない庭となり、訪問客にとっても気分がよい。新しく出来た自転車道路は桜の林の雑草を多少でも押しつぶして生えなくしたが、雑草は手ごわいし、少しずつ復讐を初め、数年後には道の両側のアスファルトをところどころ浸食する。コンクリートの壁が地中に造られた北側、最初の写真で言えば道路の左端はまだしも、その壁のない右端はなおさらだ。1年経った今、ひょっとすればもうその徴候が現われているかもしれない。この自転車道路の写真は今日が最終回だが、工事が終わると興味を失い、現場に行くことが極端に少なくなる。また、行ったところで、去年のように雑草を抜くのが目的でなければ、つまり雑草抜きに関心を失えば、雑草が目に入らない。目につくとすれば、よほど目立つ状態になっている場合で、普段人がよく散歩する桜の林では背丈に近いほどの雑草は生えにくい。
d0053294_16563045.jpg 背丈ほどの雑草が生えている空地を見るのは気持ちのいいことではないが、植物の繁茂は生命の驀進であって、何も生えないよりはましと見るべきか。砂漠は不毛の地と言われる一方、とても清潔とも言われ、人間はどのような場所でもよさを見つけて適応出来る。桜の林の一部が削られて自転車道路が出来たこともそうだ。せっかく以前は桂川の支流のごく間近で古いベンチに座りながら対岸を眺められたのに、写真からわかるように茶色の鉄パイプのフェンスが巡らされ、岸辺ぎりぎりに立つことが出来ない。そのことに以前の様子を知っている人は疎外感を味わうが、自転車道路が完成してからやって来る人は現状を不思議とも不便とも思わない。それにフェンスで仕切られはしたが、最初の写真からわかるように中ノ島橋の欄干親柱との間にはごくわずか隙間があって、そこから入って岸壁に立つことは出来る。桜の林でボール遊びをしている子どもがボールを岸辺下の河川敷に落とした時、それを拾う方法がなくては不便で、以前のように河川敷を上り降りする鉄の階段がそのまま設置されている。それは目立たないが、最初の写真左手奥に大きく立つ木の根元近くにあって、今年3月下旬にそれを上ったことは「嵐山中ノ島復旧、その52」に書いた。そのことを思い出すと、その日に投稿した写真のその後がどうなっているのか気になる。河川敷に白い砂を撒いて造られた重機専用仮設道路にも雑草が繁茂しているだろうが、そこを歩いた足で自転車道路を歩くと、靴底の土で跡がつく。それでさらに思い出すのが、去年家内と新しく出来た自転車道路を走った時に見た数筋の自転車のタイヤ跡だ。そこに筆者らの自転車の白茶色のタイヤ跡もつけ加えられた。桜の林を横切った時にタイヤに土がついたのだが、そのような土が剥き出しの場所はほかにはほとんどない。昨日ネットで読んだことに、中国人観光客が日本を訪れて驚くことに、靴底が全く汚れないことが挙げられていた。どこもかしこも舗装されているか石張りであるからで、それを文明の高さと持ち上げられる。地元の防災訓練で消防団員が土嚢の作り方を教えてくれたのはいいが、ほとんどどこにも土が見えないことはたとえば今日の写真からも想像がつく。それはともかく、真新しいアスファルトの表面にベージュ色のタイヤの土跡がつく様子は、申し訳ない気持ち半分と、待ちに待った手紙の封を切ったような爽快さ半分だが、何事も馴染むとは汚れて行くことと同義であり、新しいものがそうでなくなって行くことは仕方のないことだ。
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 2年前の9月16日に台風18号に伴う豪雨によって桜の林の桂川支流沿いはぎりぎりまで水位が上がった。確か当日撮った写真を「嵐山中ノ島復旧、その1」の最初に載せた。筆者の撮影位置は自転車道路になって今度同じ規模の洪水があっても同じ場所に立つことは出来ない。洪水を見に出かけてよく流れに飲み込まれて死んだというニュースがあって、筆者も前述の写真を撮りながら、雨水をたっぷり吸い込んだ足元の地面が流れによって崩されるかもしれないとかすかな不安はあり、それで写真からわかるように、撮影位置からさらに水辺には近寄らなかった。ともかく、その日から去年の今日、桜の林に新たに自転車道路が延長されたことで、台風18号の被害の後始末は一段落ついた。先に書いたように、このカテゴリーは駅前というには少しだけ離れているが、阪急不動産が目下建設中のマンションの定点撮影写真を載せて行くことになり、すでにその写真を去年から撮り続けている。そこはわが自治会内の土地で、新たな住民が住めば自治会に入ってもらいたいが、どうも若い夫婦が住むには豪華過ぎるようで、自治会には加入してもらえることは見込みうすだ。もうその土地くらいしか、わが自治会では家が新たに建つ土地がないと思っていたところ、どうもそうではなさそうで、大きな駐車場があって、そこが売られる可能性がある。現在のマンション建設現場から50メートルと離れていないところで、そこに住宅が建つとすれば4階建てのマンションとは違って、1戸建ての住宅が10数軒だろう。となれば確実にわが自治会に加入してもらえる。現在の駐車場でも土は露出しておらず、それが建物に変わるだけで、筆者にとってはどちらも大差ないが、駐車場より家が建て込む方が息苦しくてやはり面白くない。わが家の裏庭の向こうに畑があって、それを潰して家が10いくつか建ってわが自治会の最も新しい組が出来たのは何年か前のことだが、これを書く3階からその畑を見下ろすのが楽しみであったのに、それがなくなった。このカテゴリーに投稿するため、畑が住宅になって行く様子を定点撮影してもよかったが、馴染んだ畑に家が密集する様子を撮影しても少しも面白くない。それと同じほどではないにしても、大きな駐車場が住宅に変わるとしても、やはり撮影する気になれない。何が言いたいかと言えば、このカテゴリーで取り上げている以上に駅前すなわちわが自治会内は変化が激しいということで、しかもそれが停滞することがない。毎年のように自治会内の人が誰か死ぬが、誰もそれらの人のことを思い出さず、それでいて自治会の集まりは毎年同じように動いて行く。家並みが変わり、住民が変わっても、子どもが生まれ、高齢者が亡くなって行くことは同じで、いずれ筆者もわが家も消える。みんな自分の人生を生きるのに懸命で、他人のことに気を配り続けることは無理だ。これも何が言いたいかと言えば、このように書くこともみな消えるとの思いだが、真新しいものにすでに朽ち果てるイメージを重ねることは悪趣味とばかりは言えない。かわいい赤ちゃんの顔に、すでに老人になった時の面影がかすかに表れているように、新たなものは古くなる運命を秘めている。長く生きれば世の中の穢れもいろいろとこびりつく。それだけに不滅の何かを心に描きがちで、それを秘めて人生街道を驀進し続ける。ただし、筆者はボロ自転車に乗るか徒歩で、行動範囲はまことに狭い。
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by uuuzen | 2015-06-21 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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