●六道珍皇寺、その2
生! 曝気野郎!」 罵り言葉を並べると切りがないが、畜生は「チキショー」で、「チクショー」とは言わない。「曝気野郎」は4日前に書いたように、下水みたいな野郎で、「バッキヤロー」と言う。



d0053294_0264180.jpg筆者はどうも「キ」が好きなようなで、これは「キ印」を連想させ、筆者にふさわしいかもしれない。自分では変人と思っていないが、家内は最近筆者のことをかなり変わっていると言う。それはどうでもよい。今日は5月24日に投稿した『中島潔 地獄心音図 完成特別公開』に続いて、六道珍皇寺でのことについて書くが、「その2」としたのは、『中島潔……』を別のカテゴリーに投稿したためだ。そして今日で六道珍皇寺について書き終える。中島潔の「地獄心音図」は昔の六道絵を参考にしてはいるが、畳1枚分の絵が5枚あるので、面積は平安や鎌倉時代の絵に比べてかなり大きい。その分、わかりやすくなっているかと言えば、その反対で、5枚はあまり区別がつかない。色合いは描かれるものに差があるが、調子が同じで、1枚にまとめてもよかったのではないかとさえ思う。5枚ではどこに注目していいか目が泳ぐ。それが作者の狙いかもしれない。また、どこに着目してもらってもよいとの考えであろう。これは焦点のない絵と言ってよく、いつ見ても新たな発見がある反面、印象は散漫になりがちで、多くの苦しむ人間のどれかをよく覚えるということがない。中島は人物は得意で、その本領は「地獄心音図」に発揮されている。ただし、漫画的な表現であるからには、意匠っぽくなるのは当然で、同じように口を大きく開けて叫ぶ人物が、ある区域に10人近く描かれるなど、繰り返しの手法が目立つ。それは5作が似ていると思わせる理由でもあるかもしれない。それはさておき、この寺に行こうとした理由は「地獄心音図」のほかにある。むしろそっちの方が最初で、また大きい。3月末か4月初めか、TVで以前取り上げた『京を描く―洛中洛外図の時代―』展の紹介があった。それを見たので同展を見る気になったが、その気にさせた最大の作品は、六道珍皇寺が所蔵する「六道珍皇寺参詣曼荼羅図」で、縦2メートル、幅180センチほどの大きな掛軸であった。室町後期から桃山時代にかけてのもので、描き直された箇所があちこちにある。この絵の面白いところは、現在の同寺の雰囲気が何とくよく出ているからで、寺は変わらないが、それを取り巻く場所が大きく変わることを思い知る。この寺は、「墓所として有名な鳥辺野の入口にあり、六道寺ともよばれていた」と由緒書きにあるが、開基は1200年前で、1173年には多宝塔の落慶など伽藍整備が行なわれ、中世の兵乱で荒廃し、14世紀半ばに建仁寺の僧が再興し、臨済宗に属することになった。「六道珍皇寺参詣曼荼羅図」はその後の作であろうが、由来書に「のち一旦廃絶した。往時の寺域は、現八坂塔付近から建仁寺南辺一体と推定されるが、現在の珍皇寺は旧地域の一角にあり、…」とあって、「一旦廃絶した」前か後かわからない。また、現在の境内を何となく思わせるところは、往時の広さを描いたものではないことになる。それはともかく、参詣者が多かったことがわかる曼荼羅で、どこか稚拙な感じが面白い。時代を経た絵画の風格と言えるが、今に伝わることに感心する。というのは、本堂はさほど古くないようで、絵画の見物と言えば、本堂にそのままかけられている「六道珍皇寺参詣曼荼羅図」や同じほど大きい六道絵が2点と、それと中国からもたらされた青い鬼を描いたような曼荼羅程度であるからだ。「地獄心音図」が展示される部屋にそれらも対面する形でぶら下げられ、どうしても両者を見比べてしまう。家内は、中島の絵より、昔の六道絵がわかりやすく、また味があってよいがぽつりと言ったが、同感であった。
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 本堂で真っ先に目に飛び込むのは「六道珍皇寺参詣曼荼羅図」だ。文化博物館ではガラス越しであったのが、ここでは触れられるほど近寄って見ることが出来る。いつもそうしているのかどうか知らないが、そのような状態で、よくぞ室町や桃山時代から無事伝わっていると思う。2点の六道絵は、ほとんど同じ絵柄で、画面上部は、右から左へと人が歩いて行きながら、少しずつ老いて行く様子を描く。その上方に太陽と月を描き、人生を朝から夕方までの1日として描いていると見ることも可能だ。画面下は死後の世界で、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天国のいずれの冥界に生まれ変わるか閻魔大王の裁きを受ける。無駄なものが描かれず、人生と死後の世界を1枚の絵にまとめているところが、子どもにもわかりやすい。それに比べると、「地獄心音図」はくどい。そして、人生を1日にたとえ、あっと言う間に子どもから老人になってしまう様子を描いていない。もっとも、それは六道とは直接関係のないことで、また中島はそうした江戸時代以前の定型の六道絵を模倣するのでは意味がないと考えたのだろう。本尊は薬師如来で、重文だが、これは本堂に飾られず、別の建物に収めて普段は見せない。本堂内部は欄間が金箔を貼った小さな仏像がたくさん並んで珍しいが、かなり狭い。今日の最初の写真は庭に面した本堂の縁側で気づいたもので、説明書きも一緒に撮影したつもりが、それはよく写っていない。背伸びし、しかも手を伸ばしてシャッターを押したので、どうにか木の台に猿の置物が載せられている様子がわかる。軒に近いので、身長2メートルであれば、真横から撮影出来るだろう。この猿の木像は、井戸を向いている。由来書には、平成23年のお盆頃に、旧境内地から「黄泉がえりの井戸」が発見されたとある。この井戸の写真は「その1」の4枚目として載せた。「黄泉がえり」は「蘇り」の語呂合わせで、小野篁が黄泉の世界から戻って来るための井戸で、亡者もお盆には同じようにそこからこの世に帰って来るとされる。「六道珍皇寺参詣曼荼羅図」に小野篁は描かれていて、それは死者を六道のどこへ送るかを判定する役人としての姿で、閻魔大王ではないが、それと同等に見られる。今日の2枚目は1枚目と同じ縁側から庭のほぼ全景を捉えた。左端に井戸に向かう人にその場所を説明する、そして監視するおばさんが写っている。また、左上隅は、隣りのビルの窓が見えているが、庭の背後の鬱蒼とした樹木は、そのすぐ向こうに立ちはだかる高い建物を視界から遮るためでもある。前にも書いたが、庭には石仏や石塔など、面積の割りにとても石が目立つ。室町時代の石地蔵が多いらしく、石は燃えなかったということだが、それは3枚目の写真であろう。本堂南西に位置し、現代の屋根に覆われる。この向かい側にあるのが「迎え鐘」で、これは誰でも鳴らすことが出来る。鐘は建物内にあって見えず、紐だけが出ている。面白いことに、紐を引っ張った時に音が鳴る。力はほとんど不要で、小さな子どもでも鳴らせる。筆者も家内も鳴らし、お互い写真を撮ったが、没にした。4枚目はその鐘が収まるお堂を手前に捉え、向こう隣りに閻魔大王の像を祀る建物を収めた。この閻魔は拝観券にも印刷されていて、とても迫力のある顔をしている。格子の向こうでこちらを睨んでいる様子は子どもが見れば強い印象を受けるだろう。帰りに撮影しようと思ったが、閉門前に扉が閉じられ、内部が見えないようになっていた。
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 4枚目の写真の右端は家内と帽子を被った名前の知らない女性で、門の外に出てからも家内がその人と話し続けた様子は、今日の4枚目の次に撮って「その1」の最初に載せた写真からも想像出来るだろう。その写真では家内のみにしたが、実際はそのおばさんも写っている。顔がわかってはまずいと考えてトリミングした。このおばさんも、筆者と同じようにNHKのTV番組で「地獄心音図」が紹介されて早速訪れたそうだ。今日の最初の写真を撮った直後、縁側にその女性が出て来た。何か見物があると思ったのだろう。見物は庭と頭上の猿、そして庭の端の小さな水琴窟程度で、そのことを言うと、そこから話が弾んだ。よくしゃべる人で、相手は筆者らを京都人とは思わなかった。そこで筆者らは大阪生まれと言うと、彼女もそうだと言って、「やっぱり」とつけ加えた。彼女によれば、京都人と大阪人はまるで違う。それは筆者も感じているし、上田秋成も感じた。大阪人はざっくばらんだ。そのことを彼女は強調した。その前に、小学生の孫に地獄絵を見せたかったのに、さっさと別のもっといいところに遊びに行ったと言い、さらに弟が最近死んだという話にもなった。弟さんは70歳ほどか。酒が大好きで、胃癌であったようだ。それでも彼女はあっけらかんとしていた。死者をいつまでもくよくよ思っても仕方がないということだ。大阪に長年住んだ後、一時期湖西に引っ越し、そして10数年前か、知恩院の近くに移住した。詳しく書くとまずいが、彼女の住まいはびっくり仰天する価格であったはずで、億万長者だ。だが、そのようには見えないし、本人はそのような素振りを見せない。そこが京都人には理解出来ない。彼女の衣服を舐めるように下から上まで、しかも2,3歩退いて眺める女性がいるそうだ。つまり、値踏みしているのだが、金持ちならそれ相応の衣服や宝飾人を身につけろということなのだろう。そういういやらしい京都人の態度に辟易している様子で、バス停にすぐ近くに喫茶店があれば誘ってもよかったし、彼女ももっと話をしたがっている様子であったが、バス停の清水道はすぐ近くで、バスはすぐに来たので、彼女を残して別れた。一旦家に帰って高島屋に買い物に出るとのことで、近くの古川町商店街でいいではないかと言うと、ほしいものが揃わないとの返事であった。そうそう、3人で寺の前を東に向かって歩いていると、左手の民家の前に貼紙があった。「どうぞご自由に植木鉢や植木をお持ち帰りください」。以前はたくさんあったのだろうが、まず目についたのは高さ50センチほどのツツジの盆栽と、高さ15センチと30センチほどの松の盆栽で、そのほかは小さな植木鉢が10個ほどだ。筆者は松の盆栽をもらって帰ることにした。大きな方がほしかったが、適当な袋がない。彼女はツツジを選び、せっかくなので、住民に断りを入れたいと言って、ブザーを鳴らしたが、誰も出て来ない。3度試しても同じで、それで勝手にもらって帰ることにした。ひとつ残った松の盆栽はその後誰かがもらって帰ったであろうか。盆栽は針金が巻かれ、また苔が密集してそれなりに手入れされて来たものだ。それを無料で出すのは、大事にしていた人が亡くなったのかもしれない。ツツジをもらった彼女は、それを家に置かねば高島屋に買い物に行くことが出来ない。別れた後、筆者らは高島屋の近くで喫茶店に入り、その後高島屋を覗いたが、彼女には会えなかった。それに、もうお互い街中で会ってもわからないだろう。それに、お互い死ねば、六道のどこに転生するかわからない。「畜生! 曝気野郎!」と口癖のように言っていると、畜生界に落ちるかもしれない。六道珍皇寺を拝観するのにひとり500円と聞いて家内は渋い顔をしたが、大阪出身の明るいおばさんと会え、また松の盆栽が無料でもらえたのであるから、充分くじに当たった気分になれた。
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by uuuzen | 2015-06-02 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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