●不退寺への道は退くな、その3
漫と言うにふさわしい5月の雲ひとつない晴天に1年ぶりで不退寺に行った。そのことについて3回に分けて書く。今日はその最初だが、去年に「その1」「その2」を投稿したので、その続きとして今日は「その3」とする。



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去年この寺に向かったのは5月25日の日曜日だ。今年は5月13日の水曜日で、少し早かったが、天気がとてもよく、また汗ばまず、これ以上の好天はないという遠足日和であった。いつものごとく、奈良に行くとは言ったが、どこに行くとは言わない。それでも家内は電車の中で子どものようにはしゃぎ、家では見ることのない笑顔を見せた。そのことを指摘すると、「それはたまに出かけるのは嬉しい」と返したが、同じことは先日も書いた。家内の妹は2日に一度はわが家に電話して来て家内と最低30分話すが、奈良行きを誘うと、とてもその元気がないと言った。60の年齢でそれではかわいそうだが、筆者らと行動をともにするとたくさん歩くことになって倒れられれば困る。それで無理には誘わなかった。家内は前回同様たくさん歩かされた割りには文句を言わなかった。二度目であるのでどの程度歩くかが予想がつくからだ。その分、新鮮味は乏しいので、なるべく違う道を歩いた。前回は奈良県立美術館から不退寺を往復し、今回は近鉄奈良駅からひとつ手前の新大宮駅で下りて寺に向かい、その後奈良県立美術館前を通って国立博物館まで行った。その路程を前回と同じくヤフーの地図上に青で記したのが今日の最初の画像だ。左下隅から出発し、時計回りに右下隅に向かった。不退寺であるからには後戻りしてはならない。そう考えてのことでもあった。不退寺を再訪したのは、去年は拝観しなかったからだが、それとは別に、どのように歩いたかを示す今日の最初の画像を載せたかったからだ。そういう小さな目論見も次々に終わって行く。次に新たな計画をすればいいだけのことだが、多少の歩きは平気という健康があってのことだ。家内はいつものように50から100メートルほど遅れて着いて来るが、お互い意識しているから、その距離はあってないようなものだ。そして、あまりに家内が遅れると、筆者は立ち止まって待つ。そういう時に家内がどう考えているかを今考えると、多少の腹立ちと多少の安心だろう。筆者は道をよく間違えて引き返すことがあるが、家内はその無駄をしたくないので、遅れて歩くところがある。だが、あまりに遅れると心配で、筆者は急ぎ足で戻ることもある。去年がそうであった。すぐ近くにあると言われた不退寺が見えず、筆者は狭い道を何度か折れながら先を急いだ。そして高さ50センチほどの「不退寺」と書かれた道標を見つけて安心し、道を戻ると、どこまで行っても家内の姿が見えない。最後に見かけた付近で待っていると、高台にある校庭から下りて来たので、その理由を訊くと、校庭から不退寺へ抜け出られるのではないかと思って校庭にいた先生らしき男性に道を尋ねたと言う。そのことがあったので、その付近の道は筆者は往復往と3回歩き、それなりに懐かしい印象を持っていて、今回もそこを歩くことに決めていた。そしてそうしたが、その際に撮った写真は「その3」などで紹介する。また、去年歩いた道であるから、今年は去年の半分以下の距離に感じ、また去年は見えなかったものに気づいた。二度目は新鮮味が失われるが、分析的に見ることになって情報は増える。ともかく、今回は二度目ではあるが、初めて不退寺を拝観し、また眺望が素晴らしい山手の道のある地点を歩くなど、徒労ばかりに終わった前回と比べてはるかに楽しかった。そして本ブログ投稿10周年の最初の日である今日に、不退寺に行ったことを書きたかったが、その計画がこうして成就して気分はいい。とはいえ、人生は計画どおりに運ばないことが多々ある。他者が関係すると特にそうだ。ま、そのことはこれ以上は言わないでおこう。
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 家内には不退寺に行くとは言わずに新大宮駅を下りたが、同寺までの道のりを正しく知っていなかった。おぼろげに覚えていたのは、「その2」に載せた路程図だ。それによると奈良駅よりもひとつ手前の駅で下りて北上すれば、はるかに近道だ。何年前だろうか、駅の南西にある奈良県立図書館に調べものに行った帰り、夕暮れに新大宮駅に至った。図書館から同駅まで2,3キロはあるだろう。その時も初めての道であったが、北に向かうと近鉄の線路に出ることはわかっていた。それはともかく、同駅の南はだいたいどういう雰囲気の土地か知っているので、今回は北に出て北上したことで同駅周辺をおおよそ知ることになった。ちょうど昼時で、何か食べようかと思い、駅から50メートルほどで通りを東にわたった。桃なんとかという屋号の中華料理店があって、その北隣りが洋菓子を食べさせる喫茶店だ。中華料理店の方は高槻にも同じ名前の店があるらしく、家内は何度か入ったことがあると言った。そこでもよかったが、ランチが1500円で、やや高めというのでやり過ごした。だが、それより北に行にレストランがあるだろうか。そんな心配がよぎるほどに、店がないような雰囲気だ。5分ほど歩くと、大阪でも有名な寿司屋から始まったファミリー・レストランが右手にあった。その玄関前にマイクロバスが停まっていて、小団体客が食事中であることがわかった。2階が店だ。階段を上がると広い店内に8割ほど客が入っていて、窓際の座席に案内された。眼下にマイクロバスの屋根がまともに見える。小団体客は韓国人の数家族で、筆者らの注文が運ばれて来る前に次々に出て行った。窓の下を見ると、彼らはひとりふたりとマイクロバスに吸い込まれて行く。午後1時前で、今からどこへ観光に行くのかと想像し、そのことを話題にすると、家内は興味がないと言った。それで、勝手にしゃべった。午前中に奈良の大仏を見たはずで、午後は難波に向かうのだろう。きっとそうだ。電車の方が早いが、土産物をたくさん持ち歩くのはしんどい。バスは日本橋の黒門市場辺りで客を下ろすだろう。また窓の下を見ると、バスが出て行った。路上駐車は違反と思うが、その道路は車は少ない。ツアー会社はそういう店を選んだのだろう。それに安価なのがよい。彼らが食べたテーブルは筆者らが食べ終わって出る時もそのままで、店員は少ないのだろう。そのことを思わせることがあった。茶を運んで来たウェイトレスは笑顔で注文はテーブル上の液晶画面を操作することを説明したが、それはいかにもファミリー・レストランだ。子どもや若者はその仕組みを歓迎するだろう。そういう装置がなくてもウェイトレスが注文を聞く方が早いと思うが、機械の方が注文は確かで、履歴が残ってトラブルが少ないとの考えもあるのだろう。同店で最安の「本日の定食」でも充分な量で、しかも大阪並みに安かったので、家内は満足顔だ。それに、たくさん歩くからにはまずは腹を満たしておくべきで、その後多少歩いても我慢出来る。いつもなら奈良駅で下りて商店街の店で食べるが、初めて新大宮駅付近で食べ、それだけでも家内は旅行気分だ。家内に言わせると、自分の行きたい場所ではなく、筆者が望むところに黙って後を着いて行くだけだが、それでもどこへも行かないよりかはましだろう。とはいえ、家内に同情する身内が圧倒的に多い。おいしいものを食べ、きれいな景色を見て、夜は温泉に浸ることが旅であって、日帰りのしんどいだけの道のりのどこがいいのかとよく言われる。
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 レストランで筆者は北を向いて座り、左手の窓からは奥に高架道路や川が見えていた。どちらをどう行けば不退寺かと思いながら、店前の道を直進するしかないことに気づいていて、店を出た後はそのようにした。橋を越え、そのまま直進で、左手には大きな道路が上り坂になっている。高速道路ではないが、そのような雰囲気の太い道で、それが左手にあるので、不退寺がその道のさらに左にあるとは思えない。やがて四辻に差しかかり、そこで家内は理解した。「ああ、不退寺やね!」。去年は不退寺の門前の道を直進し、その四辻に至ってそこから東に歩いたからだ。信号をわたる手前だったか、不退寺への道を示す焦茶色地に白文字の標があった。そこまで来るともう寺は真正面だ。それでも去年とは反対に北進するので雰囲気が違う。二度目ではあっても初めてと言えるだろう。初めての道は不安と愉快さが相半ばし、記憶によく残る。ただし、思い出してあまりいい気分でない道とそうではない道があって、これは家並みが醸し出す雰囲気による。たとえば、前述のレストランを出た後、さらに真っ直ぐ北に向かった400メートルほどの道は、100メートルごとに雰囲気が違い、その中でも陰気くさい区間はこうして書いていて思い出すと、何となく嫌な気分になる。そうしたごく微妙な感覚は言葉にほとんど出来ず、その分夢に形を変えて現われるように思う。そういう人を繊細と言えばいいが、繊細でないように見える人でもそういう感覚は持ち合わせていて、初めて出会う対象はそれに取りついている気配によって大部分の認識を下してしまう。それは第一印象と言ってよいが、「印象」という言葉はふさわしくなく、「気配」という微かなものだ。人見知りする人はそういう気配を察知することに敏感で、それに耐えられない場合が多いのだろう。筆者は人見知りする方ではないが、好き嫌いは激しく、嫌いな人には二度と会いたくないし、またそのようにしてこれまで生きて来た。それは家内に言わせると一種の子どもで、大人の社会はそういうことを言えないほどに人との摩擦が毎日あるとのことだ。そのくらいのことは筆者も知っている。であるので、これまで好きなことをして、嫌いと思う人とは接することなく生きて来たが、それは存在につきまとう気配の察知に敏感で、危険や不穏といった接近したくないものを避ける意識が強いからだ。それを臆病と言うことが出来るが、その反対は鈍感であって、相手にしないことだ。さて、JRの踏切を越えてすぐ、左手に水を張った田があり、蛙の低い声が3つ4つ聞こえていた。家内はそれにかまわずに先に行ったが、筆者はその蛙の姿を確認したい。道路下は土が大きくひび割れた箇所が1メートル四方程度あって、その周辺から鳴き声が聞こえる。陽射しが照って田の水は爛漫として温くなっているはずで、温泉のように気持ちがよくて蛙は鳴いている。だが、筆者が立ったまま身を乗り出すと、ぴたりとそれが止まる。そして身を引くとまた泣き出す。そのことを三度ほど試みながら、蛙を探したが見つからない。土と同じ色をしているせいか、あるいは鳴き声の近さの割りに遠くにいるのかもしれない。帰りがけにまたその場所に立ち、写真を1枚撮ったが、今日は載せない。蛙の鳴く場所から30メートルほど北進して撮ったのが今日の2枚目だ。3枚目は500円の拝観料を払って中に入って撮った。4枚目は次回説明するが、本堂左手にある石棺だ。
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by uuuzen | 2015-05-23 23:54 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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