●嵐山駅前の変化、その362(自転車道路)
輿は担ぐものだが、わが自治会の子ども神輿は台車に載せて転がす。ブレーキがないので坂では危ないから、背後で絶えずつかんでいる者が2名必要で、そのひとりを筆者が携わって明日は7年目になる。



d0053294_23491532.jpg正確に言えば息子が小さかった頃もやっているので、もう充分経験していて、来年はもうきっぱりやめるつもりでいる。それでも肩に担うのでないだけ楽だ。午前中はわが自治会内のいちおうすべての道を歩き、御神饌としての寄付金を各家庭から受け取る。強制ではないので、年度によって大きな開きがあり、少なければそれなりに行事をするしかない。午後は法輪寺から松尾大社を往復するが、これは2時間はかかる。つまり、ほとんど1日がつぶれてしまう。明日は晴れのようで、それだけでもましで、朝と午後、神輿の後方を支えて歩く。子どもたちは神輿の前方で綱を引くが、それは形ばかりで、神輿を背後で押すのは筆者の役目だ。そのためには今日は少し早い目に寝る必要があり、このブログも簡単に済ませようと思う。とはいえ、写真はいつものようにちょうど1年前の今日に定点撮影した4枚で、段落は3つ必要だ。自治会のことは実はたくさん書きたいことがあるが、多少まずいこともあって筆が鈍る。それでというのでもないが、気になるのは明日投票が行われる大阪市だ。4月26日の日曜日、筆者は御堂筋を歩いて心斎橋に向かった。その途中で左手に大阪市役所の前を通る。明日の住民投票を告知する看板が設置されていて、確かその日の夜のニュースにその映像を見た。ここ数日ネットで大阪都構想の賛否の意見をネットでいろいろと読んでいるが、賛成者と反対者が後々しこりを残さねばいいという意見が気になる。先ほどのTVでは反対者の集会に賛成者が参加し、そのことを言うなりただちに立ち去れと罵声を浴びていて、つまりはそういう住民同士のいさかいが投票後も残るではないかとの心配だ。一旦市を解体すると元に戻せないので、歴史ある市を存続させようという意見はわからないでもないが、今以上に悪くなるかどうかは誰にもわからない。その点が橋下市長の無責任なところと反対者が指摘するが、先のことは誰にもわからないではないか。それに現状維持でもっと市の財政が悪化する可能性が大で、どうで夢のない現状であれば、賭けに出ることはいいのではないか。大阪は自治の精神が昔から育まれて来た街で、その観点からすれば住民投票が行われることは、まだ夢が多少は見られる余裕がある。国からもらう金でやりくりするというのはどの地方自治体でも同じだが、地方再生の掛け声からすれば、各地がそれぞれに智恵を絞って赤字を解消することが望ましいというより、当然のことだ。ここでわが自治会のことを書く。先日の会合で自治会費を値上げてしてはどうかとの意見があって、筆者は反対したが、その理由は、自治会の蓄えを増やして何かすべきことが特にあるとは思えないからだ。現状の蓄えでも充分で、筆者が自治会長になっていた4年、それに続く副会長の2年の間、蓄えは増えた。筆者は大阪人で、無駄使いをするのが嫌で、始末主義に徹して支出を減らした。たとえば、文書をコピーするのに今はA4が1枚5円で出来るが、100枚以上の部数になると、河原町に出かけたついでにA3が5円の店を利用し、半額に抑える。家内に言わせれば「それだけ苦労しても誰も認めてくれない」だが、そういう問題ではない。安くて済むならそうすべきで、それはみんなから集めたお金であるからだ。先日本年度の自治会費をわが組の19軒分を徴収して回ったが、1軒のみなかなか住民と話すことが出来ず、手紙を入れておいた。翌日の夜ようやく当人と面会出来たが、その時、彼女の言葉はこうだ。「すいません。大山さんが何度も来てくださっていたことはわかっていましたが、実はわたし明日が給料日なのです。明日の今頃必ず持って上がりますので、1日待っていただけませんか」。年に数千円のことだが、給料日前にその金をつごう出来ない人がある。そういうことをほとんど人は想像しない。そして平気で倍ほどに自治会費を値上げすればどうかと言う。200坪ほどの一軒家に住む古い住民と、前述のひとり暮らしの50代半ばの女性とでは、経済力の差は歴然としている。それでもその女性は自治会を脱退するとは言わずに、会費を支払ってくれる。それはありがたいことだ。
d0053294_23493563.jpg 自治会はその名のとおり、自治の会だ。みんなからお金を集めて義務も平等にする。とはいえ、体が不自由な老人もあるから、若者と同じようにしたくても出来ないことがある。そこは助け合いするしかない。自治であるから、役所にとやかく言われて動くことではない。だが、現実は役所のほとんど誰もまともに読まない文書を回覧したり、警察や消防署の管轄下にある防犯や防災、交通安全などの役員を毎年選び、自治会の範囲内でその役割を果たしたりする。何度も書くように、自治会は組を統合するもので、自治会を統合するものが自治連合会だ。基本は組で、わが組は19軒で構成されている。毎年組長は交代するが、筆者は19軒の中で長年ご意見番ないし統括者のようなことになっているも同然で、19軒がみな仲がよいとは言えないが、他の組の住民よりかは顔馴染み同士であり、気安く話をしている。ところがそうでない組がままあって、そういう組は自治会をやめて行く世帯が多い。そしてそういう組は古い住民が構成しているが、このことから何がわかるかは筆者が書くまでもないだろう。組は自治の最小単位の組織で、組内部がまとまっていればよいという考えを筆者は持っている。もちろん自治会全体としてまとまりがあることが理想だが、各組は出来た年度や住宅形態に差があって、それぞれに特色がある。そのため、ある組にはよくてもある組にはほとんど関係のない事案があったりして、自治会として金をかけて何をどのようにやるかについては、筆者は最小限のことでいいと考えている。このことは自治会費を現状に抑え、値上げしないことにもつながる。値上げすればその分自治会としては住民にそれなりのサービスを増やす必要がある。それは自治会の役割ではなく、区役所や市役所のすることと考える。でなければ、役所の人間はすることが減って、役人の数を減らすべきだろう。話を大阪市に戻すと、大阪市は役人天国と言われて来た。市バスの運転手の年収が1000万円と言われた時代があり、また他の都市に比べて役人の数がとても多いとされる。橋下市長が知事時代に、TVで涙を見せて大阪府の役員の収入をどうにか減額させてほしいと語ったことを覚えているが、役人は自治体の財政が大赤字になっても知らぬ顔だ。個人であればとっくに自己破産している財政であるのに、その自覚がないのは、もはや打つ手なしだ。生活保護を申請したところ、係員が大阪に行けばよいと言ったことが数年前にニュースになった。どれほど大阪が全国的に馬鹿にされているかがよくわかるが、大阪は貧しい人にとって住みやすいところということで、それだけ人情が残っていると言える。それはさておき、都構想反対の意見の筆頭は、5つの区に別れた場合、新しい区役所の建設などのために600億必要で、毎年20億ほどの運営費もかかるというのがある。これは財政を改善しようという考えと矛盾するというのだが、10年後、20年後はどうかという見方が欠けているのではないか。もちろんそんな先には却って財政が悪化しているかもしれないが、それが市を5つに分割したことが最大の原因となるかどうかは誰にもわからないことだ。賛成派が勝利すれば住民サービスが落ちると思っている人が多いが、現在のサービスを支えるのに毎年大赤字が増えるとなれば、どの道サービスは低下する。税収が少ないのに自治会の提供するサービスがよいということはあり得ない。そして、なければないで我慢する生活をすればよいという腹の括り方をするしかない。今までの大阪の財政は末期癌にたとらえるかもしれない。もはや手術しても手遅れで、それで反対派は現状維持を主張するのだろう。一方、賛成派はこのままのた打ち回るのは御免で、一か八かの手術にかけてみたいと考える。先ほどのニュースに、生体肝移植を手術を待っている人が、問題が生じた大学病院に早く手術を再開してほしいと願っているというのがあった。じっとして死を待つより、手術を受けて死ぬかもしれないことの方がよいと考えるのは当然だ。
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 大阪の事情がこれだけ話題になることは今まではほとんどなかった。住民投票ということが珍しく、それにこだわった橋下市長は、今までにはない民主主義をそれなりに考えていると言うことが出来る。そこが問題という人があるのは、とにかく投票に勝利すれば何でもありかとファシズムを警戒するからでもあるが、それは民主主義であるからには仕方がないところで、であるので、個人が双方の陣営の言い分をよく聞いて投票せねばならない。そういう機運を今回の住民投票が生んだだけでも大阪にとっては大きな進歩ではないか。仮に反対派が勝って橋下市長が政界から姿を消したとして、それで10年後、20年後にもっと大阪がどんよりした街になっていた時、反対派は誰のせいにするだろう。自分たちは真っ先に頬被りするだろう。TVに出る学者は口で商売をしている人種で、明日にでも考えを180度転換して平気だろう。それにどことどうつながって金をもらって意見しているかわからない。そういう連中よりまだ生活保護を受けて生きている人の中に人格者がいるだろう。昨日大阪釜ヶ崎に住むふたりの男性をルポした番組を見た。後半のみであったが、それでもおおよそはわかった。ここで話ががらりと変わるのは、3日前か、Kが釜ヶ崎にでも行って野垂れ死にしたのではないだろうかと書いたが、仲間を見つけてそれなりに元気に暮らしているかもしれないと思ったからだ。TVで紹介されたふたりは、西成区役所の一室を借りて毎週行なわれる俳句や絵画などの「釜ヶ崎芸術大学」の会に参加して親しい人を見つけ、新たに生きる希望を見出した。ひとりは60代半ばで、40代半ばに大阪にやって来た。結婚経験がなく、楽しみは酒とパチンコだが、俳句作りを学んでからは常に手帳を持ち歩き、思いを書きとどめている。小学4年生の時に母を亡くしたが、母が焚いてくれた豆御飯の味が忘れられないと言いながら、そのことを俳句にしていた。それは評価に値するほどの出来栄えではないが、本人にとっては死ぬまで鮮明な母の記憶で、その俳句を作ったことで、母をありがたく思い出す。もうひとりは70代半ばの男性で、顔がなかなかしっかりしていた。京都で大学を卒業した後、結婚したが、すぐに妻は白血病に罹り、3年後に死んでしまった。それからは仕事を辞め、酒浸りの人生になった。何度も断酒を試みたがうまく行かず、そういう時に「釜ヶ崎芸術大学」と称する俳句や絵画などの自己表現の場に出会った。切り紙で自分の思いを表現するようになり、それからは人生が変わったかのように前向きになった。表現することがいかに大切かがわかる。「釜ヶ崎芸術大学」で学んだ人たちの作品展が中之島公会堂前の京阪のなにわ橋駅地下構内で行なわれている様子が紹介され、ぜひ次回は見たいと思った。筆者が見なかった前半部分で、「釜ヶ崎芸術大学」の輿を担ぐ人たち、つまりボランティアで動く人たちや講師たちについて紹介があったのかもしれないが、頭の下がることだ。そういう世間から忘れられたような人たちが、大阪市が5分割されたとしてどうなるか不安を抱えているかもしれない。そして大阪市がどのようになろうとも、「釜ヶ崎芸術大学」のような存在が出現するほどに大阪はまだ人情が残っていると思いたいし、そこを誇りとするような大阪であってほしい。
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by uuuzen | 2015-05-16 23:47 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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