●人生の切り
成園の門の前を何度か歩いたことがあるが、いつも閉まっていた。一般公開していないのかと思っていたが、そうではない。明日出かける用事があるので、ついでに訪れようかと先ほど思った。



d0053294_163059.jpg思い立てばすぐの方がよい。明日は筆者ひとりで出かける予定だが、渉成園にも行くとなれば家内と一緒の方が本人は喜ぶだろう。そんなことを思うのは、今日驚きの電話があったからだ。ここでは詳しく書けないが、筆者と同年齢の男性Oさんの奥さんが亡くなった。5日前のことらしい。何も手が着かず、自分ももうすぐ死ぬと電話の向こうで弱い声が響く。どのように慰めていいかわからず、月並みなことを言って電話を切った。奥さんとは話をしたことがないが、1か月前の雨の夜、Oさんの家を訪れた際、玄関口に笑顔で出て来られた。それが初めて互いにまともに顔を見た瞬間だ。そしてそれ限りとなった。物静かな知的な美人だが、皺が目立った。60代になれば誰でもそうだが、何歳であったのだろう。電話があってから6時間ほど経つが、ずっとその夫婦のことをあれこれ思い、今日は予定した投稿を書く気分になれない。題名を決めないまま、書き始めたが、どのようにまとまるのかそうでないのか予想がつかない。あれこれ思ったことのひとつは、49日が過ぎれば少しは元気を取り戻すだろうから、その頃に世間話でもしに行くことだ。話をすれば少しは悲しみは紛れるだろう。筆者が自治会長をしていた時に知り合った男性に、隣りの自治会の長を務めたUさんがいる。その人は自治会長になる直前に奥さんを亡くしたそうだ。本人からではなく、事情通から聞き知った。奥さんを亡くした割りには元気で、筆者とは馬が合って、その後道端で会うと立ち止まって話をするようになった。市内に嫁いだ娘がいるとのことだが、70代前半のひとり住まいで、毎日孤独だろう。連れ合いに先立たれるとして、男がひとり残されると家事が苦手な場合は多いに困る。筆者はその口だ。家内は筆者より2歳下であるので、筆者より2年長生きすればいいが、本人は筆者より10年ほど早く死ぬと思っている。そしてその言葉の後に必ずつけ加えるのは、筆者は93まで生きるという、何の根拠もないことだ。家内が80前半で死んだ後、筆者が10年長生きすることは想像出来ない。まず身体が著しく衰えているから、家事が苦手ではなかったとしてもひとりでは無理だろう。そんなことを思うと、長生きは辛いことばかり多く、まだそれなりに元気な間に逝くのがいい。ところがそれがいつかとなると、ずるずると誰しも歳を重ね、気づけば何をするのも億劫ということになっている。そんなことを思えば、夫婦で元気にあちこち歩き回れる間にそうしておくべきで、それで明日は渉成園についでに行こうかと思い至った。別の理由は石川丈山だ。去年7月に詩仙堂に行ったので、丈山つながりで渉成園を見ておきたい。その前に気になっているのは、昨日触れた嵐山の大悲閣だ。そこは丈山と関係がないと思っていたが、丈山の扁額を所蔵することを去年の秋に知った。今もあるのかどうかわからず、そのことを確認するために行きたいと考えている。わが家からは徒歩で20分ほどだろう。筆者は家内と終日家の中でいるが、食事時以外は筆者は3階、家内は1階か2階で、たまに家内と電車やバスで出かける時は、家内は小犬が喜ぶように嬉しい表情をする。そのことを指摘すると、たまに出かけるのは嬉しくてあたりまえと言うが、その言葉を聞くともっと出かける機会を増やした方がいいかと思う。最初に書いた奥さんを亡くしたOさんも今まで夫婦であちこち行って思い出をたくさん作ったはずだが、先立たれると、ああしてやればよかった、こうしてやればよかったと思うのが普通で、心残りは必ずある。そういう悲しみを味わいたくないのであれば、昔の禅僧のように一生結婚しないことだ。
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 生涯独身という人は増えているようだ。結婚に憧れがない若者が多いが、その理由は経済状態の悪化だそうだ。だが、金の心配をすれば切りがない。これだけあれば充分というその程度は考え方次第だ。数年前に亡くなった小中の同窓生で友人のMは独身であった。死ぬ2,3年前に、筆者に言ったことがある。「独身の孤独は、結婚している者にはわからない」。そうかもしれないが、配偶者に先立たれた者の孤独も独身者にはわからない。最初からひとりであれば、孤独は慣れやすいのではないか。妻に先立たれた上田秋成はひどく狼狽し、また悲しみ、そのことから脱するのに苦労した。秋成ほど芯のしっかりした人物はあまりいないと思うが、そんな者でも妻を亡くして絶望の底に沈む。先に書いたUさんは、奥さんを亡くして月日がそれなりに経っていたからか、悲しそうな素振りは最初に出会った頃に全く感じられず、そのことが当時も今も筆者には不思議だ。つまり、配偶者を失った悲しみはどれほどで外に出なくなるものなのか。あるいはそうしたことは人によりけりで、また仲のよい夫婦であったかどうかも関係するだろうが、筆者はUさんと会うたびに、Uさんはあのひとり住まいの大きな家に帰るのだなと思って、多少同情する。それでも同じような境遇の人は70代になれば珍しくない。そして、女よりも男の方が気弱になるようで、そのことはOさんの声や話の内容からもわかる。ということは、筆者が家内より先に死ぬべきだ。夫を亡くした女性がそれまでと変わらないどころか、却って元気になって生きることは頼もしい。さびしいのはあたりまえとしても、男寡のそれよりうんとましだろう。男は老いるほどに芯をしっかりさせるべきで、それにはどうすべきかを普段から考えておいた方がよい。とはいえ、上田秋成の例を見ると、創作行為をしている人でも、また芯がしっかりしていても、落胆のどん底からなかなか這い上がれない場合があって、老境は厄介なことだ。そう言えば今日はもうひとつ出来事があった。午後2時頃に近所の70代の女性がやって来た。家の鍵を持っていないがどうしようと言うのだ。3か月ほど前、その女性は家内がひとりいる時にもやって来て同じことを言った。その時家内は、鍵を締めて出かけたのであるから、鍵はバッグの中にあるのではないかと言い、本人に調べさせた。すると鍵は出て来た。そのことを筆者は覚えていたので、家内と同じように対応すると、やはり同じようにバッグから鍵が出て来た。認知症が強まっているようだ。気の強い女性で、昔は筆者と喧嘩したことがある。それが今は筆者だけが頼りというような顔をする。優しい表情になったのはいいことだが、つい先ほどの行為を忘れる。さて、今日は写真をどうしようかと思い、先日撮影した3階から見える山に花咲く桐の木の写真を使う。これを撮影した日にOさんの奥さんが亡くなった。もちろんそのことを知ったのは今日だ。桐の花は駅前の喫茶店の玄関脇でも2年前に撮影した。それが今日の2、3枚目だが、これは園芸種なのか、山に咲く桐と違って花がお化けのように大きく、また密集具合が整然としている。開花時期も多少遅いようだが、5月に咲くのは同じだ。桐はすぐに、またかなり大きくなるので、庭には植えないだろう。勇壮で野趣に富むところがよい。そんな花の話でOさんを慰めてみるか。
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by uuuzen | 2015-05-09 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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