●嵐山駅前の変化、その359(自転車道路)
がしっかりしていると言われる人でも悩みはあるだろう。今日は天気がいいので、買い物がてらに嵯峨野を家内と自転車で走った。



d0053294_243881.jpg写真を何枚か撮ったので、それはいつかまた投稿するとして、今家内がNHKで直指庵の特集をしていると言う。今日はその門の前まで行ったのでタイムリーなことだ。直指庵に行こうと思ったのは、昨日何気なしに1階の小さな本棚を見ていると、20年ほど前の京都観光案内本が目についた。最初に開いたページに大覚寺周辺が紹介されていて、自転車で巡るといいようにそのコースの略図があった。それを見てそのとおりに走ってみようと思った。そして今日の午後1時半頃、天気がよかったので行くことにしたが、その前に本に載っている略図を赤鉛筆で紙に書き写し、胸のポケットにしまい込んだ。地図がなくても迷うことはないと思ったが、初めて通る道が半分ほどある。迷えば家内がまたうるさい。書き写したのは正しかった。4,5回はそれの世話になり、迷うことがなかった。ただし、略図であるので距離感はあまりにおおまかで、直指庵がすぐ近くにあるはずなのに、筆者の思いの数倍は遠かった。それはさておき、今日は午後6時半に「風風の湯」に行ったが、6,7回ぶりか、嵯峨野のOさんが筆者より1時間半ほど遅れてやって来た。筆者はサウナはもう終わっていたが、Oさんと話したかったので、また入った。そして7,8分話したが、それは数時間前に直指庵の前まで自転車で走り、また大覚寺の西端の道を下ったことを言いたかったためだ。Oさんの家は大覚寺の裏手にある。その辺りは建蔽率が30パーセントという厳しさで、大きな家ばかりが目立つ。その中にあるOさんの家は今日はわからなかった。自転車で通り過ぎる程度ではそうだろう。Oさんは今年は自治会長になったらしく、今日は祭りのために大覚寺に行って青竹を切ってもらったとのことだ。その嵯峨祭りの赤いポスターは今日は何枚も見かけた。愛宕神社と野々宮神社の祭りで、立派な神輿が出る。Oさんによれば、その担ぎ手はネットで募って毎年全国から人が集まるらしい。わが自治会では17日に松尾大社の環幸祭に参加するが、自治連合会傘下の14の自治会は子ども神輿を出すだけだ。前にも書いたが、立派な大人用の神輿が昔はあったらしいが、それがどういう経緯かわからないまま、失われたらしい。現存する6基は大人が担ぐが、自治連合会からの参加者はほとんどないだろう。松尾大社の氏子の範囲はかなり大きく、京都駅近くまで広がっている。そして松尾大社はわが自治連合会の区域に存在するのに、肝心のわが自治連合会は還幸祭に参加するのはちゃちな子ども神輿だけというわびしさだ。これは嵯峨のOさんが嵯峨祭りで張り切っているのとは大違いで、渡月橋や法輪寺、松尾大社を抱えるわが自治連合は嵯峨に比べると、貧しく、またあまりにも祭りに無関心な田舎ということだ。何年か前、自治連合会会長に、7基目の立派な神輿を数千万円かかろうとも、地元で造り、還幸祭に大人の神輿が参加すればどうかと言ったところ、寄付が集まって神輿が出来たとしても、それを担ぐ大人がいないとの返事であった。担ぎ手の不足をネットで募っている嵯峨と違って、わが自治連合会は祭りを盛り上げようという気概がそもそもないのだろう。それは、松尾大社との関係もある。ここでは書かないが、どの自治会も同大社と良好な関係を保っているということはない。それで子ども神輿のみの巡行となっていて、それは各自治会から小さな神輿を台車に乗せて大社の舞殿の前まで運び、そこからまた戻って来るだけの祭りだ。子ども全員が綱を持てばいいが、少年野球の方が大事と考えて高学年男子は毎年参加しない。今年も小学2,3年生が中心で、結局は筆者ら大人が中心になってぞろぞろと歩く。それが祭りと言えるかという気が毎年するが、10歳未満の子ども中心ではそれも仕方がない。
d0053294_25033.jpg 直指庵の帰りにスーパーに2軒立ち寄った。家内は10数年ぶりであろう。そう思えば自転車は便利だが、要はその気になるかどうかだ。2軒目のスーパーでは、松尾橋近くに住む、息子の小学校の同窓生の女子の母親を見かけた。筆者はその人とは2,3か月に一度は道で擦れ違う。必ず挨拶をするが、その女性が嵯峨のそのスーパーにまで買い物に来ていることが今日はとても意外であった。わが家からでも大遠征と思うのに、その人の家は1.5倍の距離はある。それほど主婦は自転車を使って少しでも安い店を回っているということか。そのことを思っていたためでないが、「自転車でそうとう広範囲に行けるな」と家に着いて一息してから家内に言った。ただし、その言葉を発して思ったのは、自転車が重要ではなく、その気になるかどうかだ。自転車のない時代、人は歩いて遠方まで行った。嵐山から直指庵までは、今でも散歩コース程度の距離だろう。歩く気のある人はごちゃごちゃ言わずに思い立てばすぐに歩く。そう考えると筆者はよほどずぼらで、散歩好きとは全く言えない。それが今日は珍しくもその気になり、ただちに実行した。その気になったことにはいくつかの理由があるが、そのすべてを予定している投稿に書くことはない。それはさておき、芯の話に戻すと、大覚寺周辺を巡るお奨めの自転車コースを赤鉛筆で描いたこともいくつか理由がある。本当はHBかBの黒鉛筆を使いたかったのに、それが見当たらなかった。ボールペンやサインペン、シャープペンシルはあるが、何となくそれらを使う気になれない。そこで赤鉛筆で代用したが、そう言えばこれを書いている3階は仕事場で一生かかっても使い切れないほどの筆記用具があるのに、どういうわけかここ2、3年はHBやB、2Bの黒鉛筆を見かけない。すぐ横にある鉛筆立てを探しても出て来るのは4Hだ。これは硬過ぎて線が薄く、使い勝手が悪い。どこかにケースに入ったままの100本や200本の新品の2Bがあるはずだが、おそらく出て来るのは20年ほど先だろう。それを最後に見かけたのは20年ほど前で、どこに収納しているかわからない。物が多いとこういうことになる。それで、今汗みどろになって探したところ、5センチに減った2Bがようやく1本、大量の綿埃の中から出て来た。これで当分いらいらせずに済む。2Bが最適であるのは、芯が適度に柔らかいからだ。それは筆者の芯の強度を意味しているかもしれない。「芯が強い人」という表現がぴったりする大人に筆者は憧れるが、それは自分がそうではないからだろう。芯が強いとは、真面目ということか。真面目の定義は難しいから、付和雷同ではないと言い代えるのがいい。自分の考えを持っているという意味だ。それならば筆者は芯が固いかしれない。だが、鉛筆はHよりBがいい。ハードよりブラックだ。後者は最近悪い企業や雇用者の意味で使われるから、HBが好きと言っておけばいいかもしれない。ハードでもありブラックでもある。なかなかつごうのいいHBだ。だが筆者はBか2Bをもっぱら使う。
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 どうでもいいことを書いた。鉛筆で言えば4B程度の柔らかさか。それはともかく、今日から「風風の湯」の玄関斜め前に去年出来た自転車道路の工事の様子を撮影したシリーズが本格的に始まる。ちょうど1年前に撮った写真で、今日は去年5月8日に撮影した4枚だ。定点撮影したので、工事の進み具合がわかる。工事中であるので、本当は立ち入ることが出来なかったが、業者の仕事は午後6時か6時半までで、咎める者がいない時間を見計らって出かけた。冬場ならば真っ暗だが、幸い日は長い季節だ。4枚の写真は、最初は自転車道路の起点となるところで、4枚目が旧起点、2,3枚目はその中間地点だ。まず最初の写真だが、これは桜の林の北端でしかも中ノ島橋の南端だ。そこまでが西京区で、橋やその向こうの中ノ島は右京区に属するそうだ。これは渡月橋の上流でも同じらしい。先日渡月小橋南端すなわち、わが自治会内の西北端に相当する地点から、川沿いに老人が運転する一台の軽自動車が大悲閣方面に向かって遡って行った。走り始めた最初は、ボート乗り場があるなど、車の走行に無理はないが、すぐに道幅はとても狭くなる。崖裾の道は許可を得た車しか通ってはいけないらしい。もっぱら上流の宿泊施設に食材などを運ぶための車で、毎日のように通っているので運転は慣れている。老人は500メートルほど走って道を間違えたことに気づいたらしく、バックしてUターンしようとした。ところが日が暮れて見通しが悪く、また道が狭いこともあって、川の中に落ちて溺死した。高速道路を逆走する車が増加しているようだが、それと似て、慣れない道で勘違いしたのだ。崖下のその道は西京区だが、落ちた川は右京区に属するので、右京の警察が動いた。その日、たくさんのパトカーや救急車が走っていて、どこでどのようなことがあったのかと訝ったが、後日その事故であることがわかった。そして落ちた場所から引き上げることが出来ず、対岸の嵯峨側からワイヤを張り、それで沈んだ車をくくりつけて引き揚げ、川の流れを横断して嵯峨側に上陸させた。西京と右京は川の中間で分かれているのが公平な気がするが、中間で溺れた場合、どちらの警察が動くかでもめるのだろう。それで西京区は右岸の陸地のみ、右京区は川全体を含むということになったようだ。西京区は右京区に比べて人口がとても少なく、面積も小さいからその区分けでいいだろう。話を自転車道路に戻すと、八幡木津までつながっている自転車道路の起点は、桜の林を抜けてすぐのところ、今日の4枚目の写真の位置であった。桜の林は阪急電鉄の所有で、その内部を通すことは出来なかった。それが去年突如延長工事が始まった。京都府か京都市が阪急から自転車道路が占める分を買い取ったのであろうか。それで120メートルほどか、中ノ島橋まで延長されることになった。距離はわずかなので、自転車道路の総延長の表示は以前のままとされていると思う。中ノ島橋まで自転車で八幡からやって来た人はそこで引き返すのではなく、たぶん橋をわたって中ノ島に入り、渡月小橋や渡月橋まで行くだろう。その間ずっと石畳が続くが、渡月小橋からさらに嵐山の麓を走る川沿いの狭い道、すなわち前述の老人が運転する自動車が間違って走った道をさらに大悲閣に向かう石段前まで遡る人もいるはずだ。その石段前で道は途切れるので、そこを自転車道路の終点としてもよいが、運転を誤って川に落ちる人があるかもしれず、京都市や府はその狭い道はあまり利用してほしくないだろう。徒歩では危険は少ないが、崖から落石の可能性があって、それを承知しておかねばならない。日陰の道で、夏はひんやりしていいが、危険が多少伴うところがなおその効果を上げる。芯がしっかりしている人にも悩みがあると最初に書いたことを思い出した。Oさんがサウナ室に入ったことを体を洗いながら見た筆者は、数分で体を洗い終えて後を追った。そして、隣りに座って久しぶりの面会を言い合い、笑顔で話が弾んだが、筆者が言いたかったのは、Oさんの家から近い直指庵に行ったことであった。見るべきものがあまりなさそうな気がして中に入らなかったこと言うと、Oさんは訪れた人が書くノートがある程度だと返事したが、その悩みの告白ノートは筆者が20歳頃には日本中で話題になったもので、「♪京都嵯峨野の直指庵……」という歌まで作られた。70年代の初め頃すでに京都観光ブームがあって、悩みを抱えた若者が大勢直指庵を訪れてノートにそのことを記したが、時代が変わっても悩みは減らない。しっかり者と言われる人でも悩みながら生きて行く。
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by uuuzen | 2015-05-08 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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