●平野神社の桜
廃的なのが桜で、梅は健全な感じが強い。寒さの中で健気に咲き、香りもいいからだが、桜は陽気とともに一気に開花し、すぐに散ってしまう。それに桜は刺青に似合うが、梅を刺青する人はいないのではないか。



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日本が桜のイメージと結びつき、「同期の桜」という歌を自己陶酔して歌う様は、狂気じみて見え、頽廃的と思われるかもしれない。戦争では1億総玉砕を叫んだ軍部は本当に国民全員が死ぬまで戦うつもりであったのだろうか。日本が1本の桜で、国民はそれに咲く花、そしてどの花弁すなわち国民が例外なく散ってしまうことを潔いと思っていたのであれば、それほどの狂気はないが、アメリカが原爆投下を正当化するのは、原爆によって日本を狂気から目覚めさせたと信ずるからだ。その考えを日本は否定し、また怨むとしても、それは今の平和な時代であるからだ。戦争当時では日本中に原爆が投下されてもかまわないと軍が思っていたかもしれず、そのことから桜を頽廃的と連想することはアメリカ人の中にもあるのではないか。桜を日本軍と結びつけて考えることは今は少なくなっているかもしれないが、いつまたその考えが大きくなるかわからない。ポトマック川畔に植えられた桜が平和の象徴であれば、それを日本は忘れないことだが、咲いてはすぐに散る桜の性質は変わらず、それに人の命を重ねる考えも今後もなくなるはずがなく、したがって頽廃的な花であると思う人もなくならない。桜が頽廃的というのは、酒を伴う花見と結びついているからでもあるが、1年に1,2日は花の下で浮かれ騒ぐ、いわゆる頽廃的な行為があってよい。つまり、桜が頽廃的であることは誰もが知っていて、人間は頽廃が好きなのだ。話は変わるが、頽廃であるとの烙印を気に入らない画家たちに捺したヒトラーは、健全な絵と讃えながら、裸婦を覗き見するような頽廃的な趣味の持ち主であった。「不健全でけしからん」と口を尖らす人に限って、頽廃を抱え込みがちだ。よく授業中にポルノ画像を生徒たちにうっかり見せるという事件が起こる。先生も人間で、こっそりとポルノを見ることは理解出来るとして、授業で使うパソコンの中にそういう画像を保存していることは、タガが外れている。先生としては不健全ということだ。さて、今日取り上げる写真は2年前の4月14日に京都の平野神社で撮影した。親類の食事会が上七軒であり、予約時間が来るまで平野神社の桜を全員で見ようということになった。15名ほどで、集団写真を筆者が撮ったが、それは載せない。先に絵の話題になったが、平野神社で思い出すのは村上華岳の2枚折り屏風の「夜桜之図」で、たくさんの花見客を描く。それを初めて見たのは30歳頃であったと思う。以後何度か見ているが、華岳が25歳、大正2年(1913)の作で、驚くべき才能だ。この絵は緋毛氈の色合いが桜の本質を代弁して艶めかしく、また賑わいよりもひっそりとして死者の集まりに見えるが、夜桜にはそういう雰囲気がある。だいたい夜に花を愉しむのは桜以外にあり得ないが、夜までも花を味わおうとするのはすぐに散ってしまうからという理由のほかに、花の美しさがあの世のものとも思えるからだ。夜はあの世に近く、人は夜桜を見ながら夢心地になり、半分はあの世にいると錯覚する。そういう夜桜にまつわる妖しさを「夜桜之図」はあますところなく表現している。そして、この絵は頽廃的と形容するのがふさわしく、筆者は他人に見せては恥ずかしいエロ写真のように、こっそりと見ることを望む。とはいえ、京都国立近代美術館に収まっていて、自分の部屋でひとり楽しむことは不可能だ。そこで図版を眺めて本物に接した時の味わいを思い出すしかないが、そうするとなおさらこの絵があの世の世界を描いているように感じられる。
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 先月14日は東京のザッパ・ファンの大平さんと阪急の四条河原町駅で待ち合わせし、その後市バスの1日乗車券を買ってあちこち連れ回した。そのため、当日東京に戻る予定が、大阪の友人に会う時間が少なくなり、その日は大阪にまた泊まったそうだ。大平さんと初めて会ったのは、5年前だろうか、ザッパの息子のドゥイージルの来日公演に合わせて筆者が東京に呼ばれて直枝さんと対談した時だ。それ以外はメールと年賀状の交わし合いで、3月は初めて数時間を一緒に過ごした。大平さんは国学院の神道文化学部卒と聞いたが、そのためもあって旅をすれば神社にお参りし、また必ず肌守りを買うそうだ。筆者と会う前日は大阪の住吉大社で初辰猫の土人形を買ったそうで、筆者も去年11月に訪れ、そのことをブログに書いたことを言いそびれたが、ま、筆者のブログなど面白くないし、何の役にも立たない。神社好きと聞いたからではないが、大平さんを北野天満宮と平野神社に連れて行った。駆け足同然のざっと見で、筆者はいいとして、彼は何をどこでどう見たか覚えていないかもしれない。平野神社境内から西大路通りに出ようとする時、桜の季節に営業する茶店が準備を始めていた。平野神社はかつては1.5キロ四方ほどの境内であったのが、今は200メートル四方というから、長楽寺と同じように激減した。それでひっそりとした感じが強いのかもしれないが、それは言い代えれば頽廃的でもあって、またそこがこの神社の何とも言えない魅力になっている。筆者がこの神社を始めて訪れたのは20年ほど前だが、市電が走っていた子どもの頃から西大路通りは通っていて、大人が平野神社を口にしていたことを覚えている。北野天満宮の25日の縁日に通うになった10数年前からは一気にこの神社が馴染みになった。東の鳥居から50メートルほど東まで露店商が陣取るからだ。東から入るのが正しく、西の西大路通りから入ると本殿は拝殿の区域に至るまでに桜の林を通り抜ける必要があり、そしてまずは「桜茶屋」の前を抜ける。大平さんと行った時は東から入って一直線に本殿まで行き、その後その南に隣接する桜の林を西へと抜けたが、桜の季節に向けて茶店の準備をしている様子を見ながら、筆者は大平さんに華岳の「夜桜之図」について少し語った。それは全くの自己満足で、彼は何のことかわからなかったに違いない。東京では華岳の作品を見る機会は少ないかもしれず、また大平さんは日本画に関心があるかどうか知らない。それでも筆者が「夜桜之図」を持ち出したのは、それほどその絵がこの神社と結びつき、また今も同じ形で夜桜を味わうことが出来るからだ。100年前に描かれた絵だが、同じ夜桜がそのまま今も見られる。「夜桜之図」に描かれる男女たちはちょんまげに日本髪で、浮世絵を参考にしているから、華岳は平野神社の夜桜を見ながら、現実の風俗を描かず、もはや存在しない時代に置き換えた。そのことからもこの絵が夢心地の味わいがあるのは納得が行くが、同じ緋毛氈にたくさんのぼんぼりを描きながら、現在の身なりの人たちに置き換えれば絵の趣が著しく変わってしまうかと言えば、さほどでもないのではないか。それは、重要なことは人よりも舞台であるからで、またそれは平野神社に今も桜の季節だけ開かれる「桜茶屋」の設えやその雰囲気ということだ。もっと言えばそれは桜の季節でなくても感じられ、西に面した鳥居から一歩中に踏み込んだ途端、ひっそりとした雰囲気にどこか死の匂いのようなものを連想する。そのことを100年前に華岳が感じ取り、そして「夜桜之図」を描いたのではないか。華岳はそういう場所にまつわる独特の雰囲気を感じ取ることに敏感であった。そして、絵画とはそういう直観を描き切ることが何より大切と思っていた。そのため、仔細に描くとか、正確に描くことにはほとんど関心がなかった。華岳の絵は気配、そして頽廃的なそれを味わうものだ。
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 筆者は平野神社の夜桜を見たことがない。そのため、「夜桜之図」がもう今では味わえない雰囲気であるかどうかを確認していないが、桜と酒、そして同じ場所がある限り、華岳が味わった雰囲気は今もあると思う。それに、先に書いたように、夜桜を見なくても、いつ平野神社を訪れても、「夜桜之図」に漂う雰囲気を味わうことが出来ると考える。さて、大平さんと平野神社に東から入り、小さな舞殿際の太い木を見上げながら、それが住吉大社に何本もある楠で同じほどの樹齢かもしれないと言った。その木は今日の3枚目の写真の右端に見える。籤を巻きつけた柵で囲ってあって、神木だ。奥に見える門から入って撮ったのが最初の写真で、これは3枚目とは反対に西を向いている。本殿は舞殿の北にあって、同神社のホームページによれば南北に2棟が連なっている。2年前には本殿の写真は撮らなかった。その代わりに西端の拝殿の前にはしばしたたずみ、写真も撮った。梅の宮大社や松尾大社のように酒がたくさん並べてあったので、それらと桜、そして拝殿の一部を一緒に収めた。大平さんと行った時には桜はいくらか開花していた。ホームページによると、京都で一番早く咲く桜が3枚目の写真の奥の門のすぐ外にあって、魁の桜と呼ばれる。それが咲いていた記憶がある。2年前に行った時は西の桜の林から入り、舞殿を中心とする境内へと進んだが、今日の写真はすべてそのさほど広くない境内で撮ったもので、桜の種類の豊富さに感心した。いろんな桜を一度に味わいたい人向きで、狭い境内ながら粒揃いの桜ばかりと言ってよく、全部の桜を写したいほどの気分になった。それにしてもこの神社は桜の季節だけ人が多く訪れるようで、南東にある北野天満宮とはあまりに対照的だ。同じことは城南宮に行った時にも感じた。東北の伏見稲荷大社に比べて城南宮はあまりにも日陰にあるように思わせる。平野神社のひっそりとしたたたずまいもそうで、また京都御所と同じほどであった境内が200メートル四方と著しく狭められたことに理由があるとすれば、また人間と比較したくなる。かつて栄華を誇った家柄が没落した時と同じだが、誇るべき歴史の長さがある点で成金の逼塞とは全く違う。そして、神社はかえって狭い境内にひっそりとたたずむ方が、奥床しさがあってよいもので、これは人間も同じではないか。筆者は誇るべき長い家柄も金もないので、奥床しさとも無縁、そのためにひっそりと上品なものに憧れるのかもしれない。女性の好みもそうだが、これは蛇足。
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 蛇足で言えば、今日は写真が5枚なのでもう1段落書かねばならない。異常で書き尽くした気がしているのでまさに蛇足になるが、さて平野神社は東から見ると、朱色の鳥居や灯籠の列が見え、眩しい印象がある。西大路通りに面して大きな鳥居があるが、朱色に塗られたものは全く見えず、裏手という感じがする。東から入って真っ直ぐ西奥の突き当りに拝殿があるという参拝の方法が正しいだろうが、前述のように北野天満宮の北端の道を西に少し進んだところに朱色の鳥居や灯籠が見え、筆者はどうしても北野天満宮に行ったついでにと考える。だが、どちらが古いかとなると、北野天満宮は平安時代中頃で、平野神社は奈良時代末期に宮中に御神体が祀られていて、平安遷都とともに現在の地に遷座したとのことで、200年ほど古い。当初から桜で有名であったのかどうかだが、それはわからないが、北野天満宮が梅と切り放せないので、それでは桜をと思ったのかもしれない。大平さんと行った時は北野天満宮は梅の真っ盛りで、時間があれば梅苑に入ろうと言いながら、本殿から西門を出てそれから平野神社に向かうのが忙しく素通りしたと言うのがふさわしい。25日の縁日の時の賑わいを味わってほしくて筆者はしきりにその説明をしたが、散ってしまった桜の満開時を想像してもらうのと同じで、一度でも見れば別だが、目の前に見える現実からそれとは違う様子を思い浮かべることは難しい。ま、蛇足ついでに書くと、大平さんとはザッパつながりであり、3月に会った時に筆者からザッパの話題をいっさいしなかったので物足りなかったかもしれない。それで彼からいくつかザッパについての話題を向けられたが、前にどこかで書いたことばかりで、筆者は熱が入らなかった。それでもっぱら筆者の用事のためにあちこちへと引きずり回した格好だが、それはそれでカルチャー・ショックにもなるかと思った。北野天満宮と平野神社に行ったのは神社好きと聞いたからで、またそのどちらも彼は初めてで、短い時間ながら見所を次々と教えた。それらの大半はこのブログで触れたことがあって、筆者としてはザッパの話題と同じく新鮮味はなかったが、こうして書くからにはそれなりにネットで調べることもあって、自習という成果が得られる。では新しいことを知ろうとすることは健全と言えるかとなると、そうとも限らない。不健全なことにのめり込む場合もあるからだ。毎夜このような駄文を連ねることは不健全そのもので、筆者は頽廃的なのだろう。そう言っていれば自堕落なことをしていても謗られることは少ない。ところで筆者は自分の庭に梅の木は植えたが、桜もほしいとはあまり思わない。樹勢が大きくなりそうで、小さな庭では無理だ。梅と違って桜は豪華で、大きな家にしか似合わない。筆者のようなあまりにも慎ましい生活をする日陰者は梅が似合う。平野神社の桜はひっそりとした境内を華やかにすることに大いに貢献していると言うべきだが、頽廃的な桜はそもそもひっそりした風情もあって、二重の意味で平野神社の桜は味わい深い。
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by uuuzen | 2015-04-20 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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