●嵐山駅前の変化、その356(マンション)
と竹ヒゴを用意する一方で杉の板と糸鋸も入手する必要がある。そう思い始めたのが2か月ほど前だが、杉の板はひょんなことから手頃なものが手に入った。ある物を作ろうとしているのだが、そのための材料や工具は手元に全くない。



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製作は急がないので、ぼんやりしていると1年でも2年でも経ってしまうが、4月下旬までには作りたいので、ひとつずつ入手して行こうという気になっている。やりたいことはいくつもあるが、優先順位があって、後回しになるものはいつまでもそうなる。今日はちょうど1年前に撮った阪急嵐山駅から徒歩200歩ほどのところにあるマンション建設予定地の写真を載せるが、少し前に書いたように、去年11月着工が遅れることになって、現在は今日の写真と同じと言ってよいほどの空き地状態だ。どういう理由があったのかわからないが、土地を所有している会社の物事の優先順位があって、このマンション建設はさほど急がなくてもいいのだろう。着工出来ない問題があったのかもしれないが、そんなことは整地段階でわかるはずで、今工事に取りかかるのは得策ではないとの判断だろう。ずっと空地のままであったほしい気がするが、マンションが建つと視界が遮られ、背後の嵐山が見えにくくなる。それでも建てば建ったでその景観に慣れてしまうもので、以前の様子が思い出しにくくなる。それで、写真などで以前の様子を思い出す、あるいは知ると、その当時の景観に憧れが生ずるかと言えば、そうとは限らない。憧れてもその景観が現実のものとはならないことを知っているからだが、理由はそれだけではない。今はもうない景観が自然豊かで素晴らしいものに見えても、今も今でそれなりに見所があると思いたい気持ちは誰にでもある。そうでなければ現在は生きにくい。生きやすくするのは肯定の気持ちを持たねばならない。昔はよかったかもしれないが、現在もそれなりによさがあると考えることだ。そう考えることが出来なくなった時は本当に老いた証拠ではないか。誰でも老いるが、気持ちを若く持っていたいと思っているはずで、そのために若者の行動を真似しようと考えたり、実際にしたりもする。若者に迎合するというのではなく、自分が時代遅れの人間とは思いたくないからだ。今日は何について書こうかと何も考えずに始めたが、話題を見つけた。本カテゴリーは自治会のことについても書くことにしている。今日の最初の写真の白い建物は、わが自治会内のとある新聞社の保養所だ。30数年前に建物が新しくなったと記憶する。保養所には管理人がいる。家族を持っている場合もあるが、30年ほど前のこの保養所には若い夫婦が管理人として住んでいた。そして自治会に加入していた。そうなると、組長などの役が回って来ることがある。その管理人の奥さんは当時30歳そこそこだったと思うが、とてもきれいな人で、子どもを持つ家庭から毎年2名選ばれる子ども会という自治会内の組織が、地蔵盆や子ども神輿などの子どもの行事のための会合をする時に、その保養所内の大きな部屋を貸してくれた。筆者は一度か二度、家内の代理として参加したことがあるが、筆者以外は若い奥さんたちであったと思う。ところが、それから2,3年経って、その管理人夫婦は転居したらしく、新しい管理人は自治会に所属しなくなった。その途端にその保養所を借りることは出来なくなった。そのため、ここ30年はその建物はわが自治会内に存在はしているが、誰も気に留めない。わが自治会内にはほかにも大手企業の保養所がいくつかある。先日そのひとつから筆者に連絡があった。自治会の規約があれば見せてほしいというのだ。おかしいなと思った。というのは管理人に去年配っているからだ。それでそこに出かけると、違う女性が出て来た。事情を訊くと、前管理人と交代したと言う。大手企業であるので、同じ管理人を10年も20年も雇わないようだ。4年ほどで新しい人に赴任させる。前の夫婦は自治会に加入してくれて、組長も担当してもらった。ちょっと変な癖のある40代後半らしき夫婦であったが、真面目な人たちで、筆者の言うことをよく聞いてくれた。新しい管理人は前任者よりも愛想がよく、またかなりまともな人でほっとした。規約をコピーして持参してもよかったが、彼女はすぐに目の前のコピー機で複写し、上層部に見せると言った。自治会への加入はたぶん大丈夫だと思うが、そういう一種の営業活動も筆者は引き受けている。会計監査役のFさんは70代前半だが、筆者のことを、とても口説き上手と言うが、それはお世辞ではなく、実際にそう思っているようで、Fさんの前でこれまで何度も自治会の人たちを説得と言えばよいか、筆者の望む形にして来たことをFさんは目の当たりにしている。
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 そのFさんから昨夜電話があった。ちょうど帰宅した直後のことで、しかもFさんはそうとう困っている様子で、いつになく話が長くなった。その話をここでどこまで書いていいのやらわからないが、簡単に言えば、Fさんは昨日自治会に所属する若い母親と話をし、そのことでかなり神経を擦り減らしたらしい、他人事かもしれないが、筆者は電話口でうなずきながら、内心は多少笑っていた。というのは、Fさんが困惑したことは、筆者が自治会長を4年もやっていた頃には何度も経験し、また筆者のその経験からすれば実に些細なことであったからだ。だが、そのことをFさんには言わない。言わずともFさんは察するだろう。何をかと言えば、いかに筆者が4年の間、苦労をしたかだ。そのことをここ1年の間にFさんは何度も実感し、それで筆者に協力的になり、また筆者が口説き上手であるかを知った。自治会のさまざまな問題はすべて人が関係している。人と関わりを持つのが嫌な人は会長にはなれない。なってもトラブルが続出する。Fさんは筆者の何倍も温和で、いつか自治会長を担当してほしいと筆者は思っているが、口べたな方で、無理かもしれない。ほかの理由は、優し過ぎると言えば語弊があるが、みんなの意見を聴き過ぎてどう対処していいかわからない状態を作り兼ねないからだ。口説き上手は一種の強引であって、相手に文句を言わせずに役目を引き受けてもらうことだ。そのことで筆者が参考にしたと言うほどではないが、思い出す話がある。マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』だったか、『ハックルベリー・フィン』か忘れたが、冒頭近く、塀のペンキ塗りの話が出て来る。トムはそれを命じられたのだが、嫌々しては面白くない。そこでいとも楽しいという素振りでその作業に従事する。すると、子どもたちが不思議に思って寄って来る。ペンキ塗りは悪戯した後の罰作業と言ってよいのに、それがなぜ鼻歌混じりに楽しく出来るのかが子どもたちは理解出来ない。そこでトムは子どもたちから金を取ってペンキを塗らせる。すると子どもたちは競って塗りたがり、すぐに作業は終わるが、塗る場所がなくなったために、あまったペンキで塀際の道路まで塗られた。自治会のいろんな役割は、実際は誰もやりたくない。筆者もそうだ。時間を取られてしんどいだけで、時には前述のFさんのように、人と関わり合って嫌な思いもする。それでもなお、やれば思わぬいいことがあると筆者は信じている。その自信で説得するのだが、引き受けた人たちは1年の任期が終わると、最初はしぶしぶであったのに、全く違った表情を筆者に向ける。つまり、楽しかったのだ。Fさんの話に戻すと、Fさんは今まで長年会計監査という、ほとんど自治会の仕事としては無視出来るほど小さな役目を引き受けて来た。Fさんの父親も会計監査で、親子二代にわたってのことだ。ところが、筆者はそれが不満であった。自治会で長年住んでいる人が、役得のような形で、ほとんど仕事がなきに等しい役目に従事することは、新しく引っ越して来た世帯に対してしめしがつかない。それで筆者は会長をしていた間に何度もFさんと交渉し、もっと重要なポストに就いてほしいと懇願した。そうしてようやくある年、それなりに大きな委員を引き受けてもらったが、1年経って知ったが、Fさんは名前だけ引き受けて、10数回あった会合に一度も出席しなかった。筆者は激怒した。あまりにも無責任で、またその噂が筆者の耳にも届いたからだ。それで筆者はFさんを半ば無視することにしたが、Fさんの家庭の事情が大きく変わった。それで粘り強い筆者はまたFさんと交渉し、会計監査以外に別の職務を引き受けてほしいと詰め寄った。すると、意外なことにすんなりと同意してもらえた。それどころか、筆者の知らない間にさらに別の役目もしてくれるようになった。そしてこの1年、筆者はFさんとはたぶん50回は話している。1回につき1時間として、自治会内でFさん以上に話した人はいないほどだ。Fさんは筆者が会長をしていた4年の苦労をようやく想像出来るようになったのだ。それで全面的に筆者を応援してくれるようになった。そのFさんが昨日は困り果てた様子で電話して来て、半ば自信を失いかけているようであったが、先に書いたように、筆者はそれでようやく自治会の重要な職務の難しさを実感したのであって、よい経験だと思っている。Fさんが困り果てた原因をここで書くことも出来るが、一言すれば説得力の問題だ。自分の子どもの世代の母親をどう説得して理解してもらうか。それを筆者は得意としていると言いたいのではない。電話を切る直前に筆者がFさんに言ったことは、その母親はこれから地元で子どもを成長させれば、30年後にはきっとFさんの話を理解出来るようになるということだ。若いので経験は浅い。苦労が少ないということだ。自治会のためにいかに身を粉にして動くかということを、Fさんですら実感したのはこの1年のことではないか。それを筆者はFさんに言ってもいいが、Fさんは自覚しているはずだ。つまり、若い世代は自分たちとは考えが全く違うと遠ざけるのではなく、いつか絶対に理解するはずと信じるしかない。年長者は不平を言わず、根気よく若い世代を支える気で陰で動けばよい。世代は順送りで、今の30代は30年度には60代になって、わが自治会を支えている。その楽観の一方で筆者は自治会のことについては今まで誰もやったことのないことを実現させるべき、根回しを模索している。もちろんFさんを味方につけ、また動いてもらう。最初に書いたように、やりたいことには準備がいろいろと欠かせない。ひとつずつ揃えて行きながら、思うような形にして行く。ちょっとした物を作ることも、団体を組織することも同じだ。
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by uuuzen | 2015-03-14 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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