●嵐山中ノ島復旧、その49(護岸工事)
持作業中の立て看板を今日見かけた。復旧作業と呼んでもいいが、意地でも維持作業と呼びたいのかもしれない。川としての機能を正常に維持させるための工事との意味で、復旧よりも京都らしい雅さがある。



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2年前の台風に伴う大洪水で壊れた箇所を直すのであるから、やはり復旧がいいと思うが、京都ではそうあからさまな表現は好まれない。たぶんそういうことだろう。それはさておき、一昨日の午後から雨になり、昨夜もきつく降った。それが今日はすっかり晴れて、駅前ホテルの玄関脇の枯れ木にたくさんの雀が留まって一斉に鳴いていかにも暖かい春の訪れを喜んでいる様子であった。立ち止まってその木を見上げた途端、雀たちは瞬時に隣りの若葉をつけている木に移動して鳴き止んだ。脅してはかわいそうなので、すぐに立ち去り、そして今日の写真を撮りに行った。1月から撮りためた写真があるが、寒くなくなれば毎日でも現場に行ってもいい気分なので、それらの写真は結局使わないことになりそうだ。ともかく、「嵐山中ノ島復旧」と題しての投稿に使う写真は当日撮影したものと決めているので、撮りためた写真は日々載せる気が失せる。それはさておき、本カテゴリーでは近日中に新しい工事現場の写真が登場する。正確に言えばちょうど1年前の工事で、新しくはないが、本カテゴリーに登場するとの意味では新しい。最初に書いた立て看板の写真は今日の3枚目に写っているが、それには維持工事は今月末までとある。うまい具合にと言うべきか、1年前に撮り続けた写真を載せ始めることになり、本カテゴリーはまだ少しは続けられそうだ。料亭跡地に4階建てのマンションが出来ることになっていて、その工事が去年11月に始まる予定であったのに、何の事情があったのか、着工は遅れますとの告知文が近隣の家庭に配られた。その遅延の理由について噂が飛び交っているが、正しいことはわからない。完成図はコンピュータで本物のように製作されているはずで、それを使って早くも東京辺りで購入者を募っていると思うが、それが思ったほど芳しくないのかもしれない。それはさておき、その跡地の西端は桂川から引いた用水路で、法輪寺からその水路まで昔はなだらかな坂であったそうだ。それが半世紀ほど前に水路際に直立のコンクリートの擁壁が築かれた。高さは5,6メートルか。もっとあるかもしれない。法輪寺前のバス道と同じ標高で、なだらかな坂はその擁壁まで土が盛られ、新しい土地が出来た。そこに30軒近い家が建ち、それはわが自治会の一部になっている。半世紀ほど経つので、そろそろ取り壊して立て直す時期に来ているが、半世紀前はかなり大きな家ばかりが建った。建て直すのは住民が売って引っ越しした後のことで、1軒分の土地は3軒ほどが建つ。そのように分割した方が業者としては儲けが大きいのだろう。半世紀前と同じ大きな家ならばすぐには売れないだろう。今新築の家を買うのは30代の若者であるからだ。マンション建設地に面して、つい最近そういう新築が1軒建った。去年の末から工事中であったが、覆いが取り除かれると、改めて建物の存在感に驚く。その建物は真っ白な壁で、水路の擁壁のてっぺんにあるが、擁壁ぎりぎりに建つため、わが家からでもよく見える。まるで城のように周囲から孤立して高く、おそらく風がそうとう強く窓から入るだろう。その簡単な箱状の木造の建物の屋根は、4階建てマンションの屋根より高いかもしれない。それほどに擁壁が高いのだが、マンションとしてはいい気分ではないだろうが、先に建てた方が勝ちだ。しかも法律を守っているからには文句は言えない。ただし、その擁壁は人工的なもので、30年ほど前、同じ擁壁上に経つ、70メートルほど離れた別の新築の家が梅雨時に大変なことになった。強く固められたはずの擁壁内部の土が、擁壁を破って水路にこぼれ、擁壁際の土地が大きくえぐられた。そのため、家の土台の3分の1ほどが、なくなった擁壁の上で宙に浮いた形となり、住民は避難した。当然新聞記事になり、業者は無料で建て変えたが、そのように擁壁は脆いので、建ったばかりの白いその家がとても危なげに見える。それはともかく、マンションが出来た時、誰もがマンションとその家を視野に入れるはずで、その時どのように思うことだろう。
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 さて、今日の最初の写真は中ノ島橋の中央に立って下流を眺めたもので、前回とあまり変わっていないが、中ノ島南端の土砂はさらに少なくなっている。仮設の橋は撤去されているから、もう写真より土砂が少なくなることはない。雨がたくさん降った後なので川の水嵩が増し、それで堆積土砂が少なく見えていると言うことも出来るが、月日が経てば土砂はまた溜まるから、今後は気長に定点観察ということになる。まだ中ノ島南端周辺には柵がしてあって、なだらかな護岸を水辺まで下りて行くことは出来ず、そのため堆積土砂がどの程度の深さまで掘られたのかがわからない。柵が撤去されるのは今月末近くのはずで、それまでどのような工事があるのかと思って首を上流に向けると、また新たな箇所の工事が始まっていた。それが3,4枚目だが、先に2枚目を説明すると、これはついでに行なわれる工事のようで、桜や松がなくなって、丸い植え込みの形だけが残っていた大小ふたつの箇所が、大きな石で囲われ、内部の土が掘り返されてどうやら苗木が植えつけられるようだ。手前の緑のコーンで囲われる場所は以前「○は○か、その3」で紹介した。台風18号の翌日の撮影で、内部に水が溜まってひどい状態であったが、それがようやく元どおりの状態になる。それでこそ「中ノ島復旧」であり、今日はこの2枚目の様子が嬉しかった。わかりにくいが、手前の緑のコーンで囲った向こう、写真で言えば真上に位置するもっと小さな円形があって、それも同じ大きな石で囲われている。そこが以前はどうであったか思い出せないが、何もない円形に刳り抜いた土地であったのだろう。写真右に東屋が少し見えているが、その奥に日中不再戦と彫る大きな石碑があり、さらに奥に中ノ島南端がある。その南端からこの2枚目の写真の植え込みまで30メートルほどか。今日はこの円形とは別に気になったことがある。2枚目の写真の奥左に松の木がある。そのすぐ左手に2年前の台風の後に新しいベンチが据えられた。同じタイプのものが渡月橋に至るまでの間に、10ほどはあると思うが、それが全部外されて元のコンクリートの土台から40センチほど移動されてボルトで留められていた。ベンチの脚に合わせた細長い2本のコンクリートの土台があったのに、それを無視して何もない、と言ってもそれなりに細かい砂利をセメントで固めたようにはなっているが、そこに直接ボルトで固定していて、いったい何のためにベンチをそのように移動したかがわからない。ひとつの可能性は、コンクリートの2本の土台は台風以前の古い土台で、ベンチを取り代えるのであれば、その土台も無視しようと考えたかだ。だが、新しいベンチの2本の脚は、その2本のコンクリートの土台と同じ間隔で、ならばその土台上に設置すべきだ。それをわざわざ40センチほどずらすのはなぜか。美観を損ねてもそうする必要があったのだろうか。ベンチは植え込みの合間に設置されている。今後植え込みの木が大きく育っても邪魔にならないように移動させられたかもしれないが、ベンチより植木を役所が優先するはずがない。2枚目の写真を見てもわかるように、植木は復旧工事の最終段階のついでに考慮される。ベンチの設置は台風後2,3か月ではなかったか。ベンチの脚とその土台の大きなずれを気にしながら上流を眺めると、もう作業が終わってすることがないはずのオレンジ色のユンボが目に入った。護岸は真新しくなって、古いそれと完全につなげられたから、このユンボには驚いた。それでその場所まで行くと、新しく護岸を造ったさらに上流にまた鉄板を敷き詰め、そこでユンボが作業している。立ち入り禁止区域の最上流部まで行って撮った写真が3,4枚目で、4枚目は護岸の端に立って下流を向いた。大きな石を積めた黒く見える蛇籠が積まれているが、それをユンボは1個ずつ吊り下げて護岸の端、川の内部に落としている。台風時の大きな流れで、水中の護岸がかなりえぐられたか、弱体化したのだろう。それで大きな石を積めた鉄の網袋を沈めて流れの強さを削ごうというのだろう。これは護岸の見える部分すなわち観光客が坐ったりする場所の復旧工事が完成した後の方がいいのは何となくわかる。この蛇籠を沈める作業が今月末近くまで続くのだろう。柵の撤去はその後だ。
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 写真を撮り終えて中ノ島を後にする時に思ったことは、異常気象が続く近年であるから、今年の秋にまた大きな台風が来て中ノ島が被害を受けたとすれば復旧工事がまたすぐに行なわれるかという疑問で、60年に一度規模であったからよかったものの、数年に一度では修復の費用が捻出出来ない。となれば荒れたままでしばらく放置され、観光に影響が出る。天下の名勝地嵐山ということで、今回は徹底的に土砂が浚えられ、またその他の見栄えもよくされるが、数年後にまたとなると、どうだろう。それでも今回と同じように工事がなされると思うが、そのように考えて思ったことは、自然と折り合いをつけて好ましい景観を守って行くことの難しさだ。それは金の問題に還元出来るが、その金は税金であるから、頻繁に大きな災害があれば毎回大急ぎで修復が行なわれることにはならない。その例が東北の大震災だ。現在も当時のままの荒れ放題という場所は多い。個人の所有地であるからという理由もあるが、やはりそれも金の問題で、人間の好みの景観にするには費用がかかる。それが大きな災害に遭うと一瞬で破壊されるから、虚しいと言えばそうなのだが、荒れたままではもっと虚しいので、細々とでも修復しようとするのが人間だ。今日の2枚目の写真からもわかるように、きれいにすることの最終段階は木を植えることで、それは自然を利用した人工的な景観作りで、庭と同じだ。中ノ島全体が庭のようなもので、そのような思いがみんなにあるので、きれいな状態を維持しようとする。去年の大晦日に城南宮に行って広い庭を堪能したが、中ノ島も庭と思えば、わが家から徒歩400歩のこの島の復旧工事の様子を撮影し続けるのは、筆者以外に適任者がいないような気がする。話を戻すと、写真を撮り終えて中ノ島小橋に至るまでに思ったことはそのような使命感ではない。今年もしくは来年また大洪水に見舞われたとして、その時も台風18号の時と同じように撮影しようとの思いで、筆者が死んでいない先であれば、誰かが同じようなことをするだろうという、期待とは全く違う、一種あたりまえの平凡な日常感覚だ。暇があり、好きでやっているという、つまりどうでもいい作業で、そのあたりまえのことに呆れはてながら、中ノ島小橋をわたったが、そうして撮ったのが今日の最初の写真だ。実は今日はわが家から中ノ島に向かう時にも撮ったが、その時の様子と帰りがけに見かけた様子が少し違った。2枚のどちらを載せるべきかとなれば、当然撮り直した方だ。なぜ撮り直したか。仮設の橋があった場所は今は川の流れになっているが、その水際までトラックが2台やって来た。写真からはわかりにくいが、右岸ぎりぎりに1台停まっている。トラックがそこまで走って来たことは、まだその周辺で何か作業があるためで、写真をよく見ると、水際のトラックの手前に黒い蛇籠が団子のようにいくつか積まれている。それと同じものが3,4枚目の写真にたくさん写っている。下最初の写真に写っている蛇籠は下流からトラックが運んで来たもので、それをユンボが中ノ島南端の浅瀬の中を進んで、3,4枚目の工事場所に持って来るのかもしれない。あるいは中ノ島南端の重機用の仮設の橋は撤去されたから、トラックで運ぶかもしれない。そのためのトラックかどうか、3枚目の写真の右手に2台写っている。天気がいいので、時間があればベンチに座って川面に泳ぐ鴨を眺めながら、工事の様子を観察するのもいいが、時間がないうえに花粉に大いに悩まされ、今日はティッシュをどれほど使ったかわからない。何事も快適さを維持するのは難しい。
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by uuuzen | 2015-03-04 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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