●城南宮、その5
末の末をようやく書くことになるが、写真が面白くないこともあって、書く気があまり起こらず、今日になってしまった。城南宮の話に入る前に、顛末で昨日思ったことをまず書く。




先日心斎橋のとあるビルの2階で開かれた郷玩文化の例会の後の飲み会で、以前よくTVに出ていた漫才師の話題を聞いた。半身不随になって入院中らしく、もう舞台に上がることは出来ないかもしれない。活躍している時だけが人生の華で、大方の人は死ぬ少し前は病に伏したりして目立たない。人間の顛末の最後とはそういうものだ。昨日はそのことを思ったのではない。突如脳裏に浮かんだのは、『今この瞬間はあまり面白くないな』との感情で、その後に思ったことが、『死の間際はこんな感じで、今までいろいろと面白かったことに感謝するといった和んだ気分にはきっとなれないのだろう』であった。つまり、ハッピーエンドのドラマのようには行かず、普段とさほど変わらないか、気分が半ば落ち込んでいるような状態でふっと死んでしまうのだろうなと思った。そういったことはたぶん誰でも一度は思うはずで、「終わりよければすべてよし」といった理想には恵まれずに人は死ぬ。何が言いたいかと言えば、元気で気持ちよく過ごしている時が花であって、普段からなるべく気持ちをそのように持って行くことだ。そうしていても、ふっと何気ない時に、味気ない思いが訪れる。だが、その味気ない思いの中からまたむっくりと心は奮い立つものであるし、ころころと変わる思いを客観視出来る余裕がまた湧いて来る。それは、たとえば先の『今この瞬間はあまり面白くないな』という感情の源を考え、その原因を見つめることでも可能となる。見つめた後そのことを忘れるためには、筆者の場合はこうして文字に書くことが最も有効だが、場合によっては書けないこともあって、そういう時にストレスが溜まる。それをなくすために音楽が有効で、これを書き始めてからまたYOUTUBEの音楽をBGMにしているが、そう言えばもう月末で、また思い出の曲について書かねばならない。それは今はまだ考えず、今日は城南宮の思い出だ。最後に巡ったのは「平安の庭」で、これが最も大きい。ここで毎年曲水の宴が開かれるのだろうが、ざっと歩いただけではどこでどう開かれるのか思い浮かべることが出来なかった。毎年TVでその様子は紹介され、城南宮の最大のイヴェントで、大勢の人が見物に訪れるが、人の多さも手伝って華やかであろう。筆者が訪れた大晦日は苑内に筆者と家内だけで、透明人間になった気分であった。味気ないことはないが、花が見られない分、何となく前述した『今この瞬間はあまり面白くないな』とどこか似た思いがあって、先を急いだ。そして出口に到達して驚いた。城南離宮の庭へ入る入園券売り場の真正面に出たからで、先ほど招待券を手わたした巫女さんが道に出ていて、筆者と顔があった。曇天であったが天気が持ったことがよかったと筆者が言うと、巫女さんは「明日は雪が降るそうですよ」と返し、ちょうどいい日に訪れたことを感じさせた。巫女さんの言葉どおり、京都市内ではかなり雪が降り、元旦早々わが家の前は30センチほどの積雪で自転車置き場の屋根が壊れた。本当に1日遅れていると、城南宮を訪れることは出来なかった。そのため今まで5回に分けて投稿して来た写真は、運よく撮影出来たと思う。で、もう締めくくった気分になってはまずい。今日は3枚の写真を載せるからには、段落は最低ふたつは必要だ。それで何を書こうかと頭を絞ると、写真の説明をするのがよい。最初と最後はパノラマで、クリックすると拡大写真が別画面で開く。だが、味気ない写真でそうしてもあまり意味がない。なぜこんな写真を撮ったかだが、最初のは建物が目の前に現われたからで、これは拝殿の裏手であるから、ひっそりしていた。神社にお参りすると、本殿で拝むのはいいとして、めったにその裏側を見ることはない。裏側に回れない場合もあるからだが、城南宮では裏側に苑内の順路があって、神苑に入る人は誰でも裏側を見ることになる。そのため、裏側も見栄えのよいように設計されているのだろう。そのことが最初の写真からわかるかどうかだが、柵の塀を巡らし、本殿の裏手や横側はそれなりに見栄えのよいように出来ている。

 建物は大きな箱であるから、四方を壁で囲う。神社の見所というほどのものを筆者は知らないが、小さな祠と大きな社殿とでは中に入るものが違うとしても、同じ箱であることには変わりがなく、見所は屋根にある気がする。この屋根は切妻になっているのが原則だろうが、小さな祠では切妻の三角形の部分が正面に来ていて、それより大きな社殿では横にある。図で説明すればわかりやすいが、長屋を思い出すとよい。両端の壁面に面して立ち、そこに扉がある状態が小さな祠で、長屋の通常の各家の玄関を前にした状態の屋根の向きが社殿で、つまり拝む時に小さな祠と社殿では屋根の向きが90度違う。ところが今日の最初の写真を見ると、切妻がいくつも見えていて、本殿の裏手には別の神を祀る社がくっついているようだ。この切妻屋根の連続は大きな神社ではつきものと言ってよいが、見応えがある。住吉大社も同様で、神社の建築に関心のある人は見所が違うはずだが、そうではない凡人の筆者は何となく裏手のひっそりした感じだなと思いつつ、この最初の写真を撮った。まず右の建物を撮り、そして左にカメラを向けたが、ちょうど家内が筆者を追い越して先を歩いて行く様子が木陰に写った。この左手を撮影したのは、本殿と順路の距離を示すためだ。建物だけなら全くつまらないと思ったのだが、小径を写して写真を左右につなげると、改めて本殿が境内の北端にほとんど接していることがわかる。そのため、撮影位置からは建物が人を圧倒し、それはそれでそれまで庭を見て来た目からすれば視界が縮まって面白い。2枚目の写真は3枚つなぎで、そのように撮りたかったほど、右手の建物から順に左端の小径へと絵になる庭に思えた。そしてこの光景が平安時代からほとんど変わらないものだとすれば、一度は味わっておくべきものではないか。3枚目には左奥に若い男性ふたりが写っている。筆者らだけと思っていたが、彼らは筆者らの後ろをかなり早足でやって来て、そして追い抜いて行った。庭に関心がある風でもなく、筆者らと同じように招待券があったので本殿を拝んだついでに入って来たのだろう。この写真はそのふたりを写すためのものではない。手前のヘア・ピン・カーヴ状の小川だ。これほど曲がっているので、「曲水」と呼ばれるのだろう。本殿裏手を過ぎて出口に近くなると、この写真のように苔がたくさん生えている場所に至る。おそらくその苔の上に平安貴族の装束を着た人たちが坐り、歌を書いて水に浮かべて下流へと流す。平安の庭はかなり広く、多少殺風景な印象があるが、そこに色鮮やかな衣をまとった人たちが随所に陣取ると、それが花の点在に見えて華やかであろう。そういう効果を狙って広々とした苔庭を保っていると思う。もう数枚「平安の庭」で撮影したはずだが、写っていなかった。その写真の1枚は苔だけを撮ったもので、撮った瞬間にあまりいい写真ではないと思ったから、写っていなくてもよかった。苔が広く占めている場所をどのように味気ある写真にするかは難しい。筆者は凝った芸術写真を撮る趣味はないし、また安物のコンパクト・カメラであるからそのような写真は撮ることも出来ない。後で見返した時に撮った時の感情が蘇ればいいのであって、その意味で今日の写真はそれなりに筆者の思いを代弁している。城南宮の参道沿いや近くには飲食店がなく、小さなマンションや工場だけが目についた。飲食店がないことはそれだけ俗化していないと言えるが、さびしくもある。それが城南宮の持ち味であり、また神社とは本来そのように素っ気ないものとも言える。素っ気ないことは穢れがないことにつながっていて、人間もあまり愛想がよすぎるのは考えものということかもしれない。家内はかなり素っ気ない方で、筆者がよくすぐに誰とでも話をすることをあまり快く思わない。だが筆者は黙っているとかなり恐い顔と思われるので、なるべく愛想よくした方がいいかと思っている。愛想のよい神社があるのかどうか知らないが、伏見稲荷大社はそうだろう。城南宮は方除けの大社で、そのことと本殿が南東を向いていることと関係があるのかどうか知らないが、自分の進路を見定めるのに、事あるごとに悪い方角を知ることは古代中国では重要なこととされた。筆者の母親はかなりそういうことを信じる方だが、今までそのようにしてお祓いをするなどして来たことがみな期待どおりにうまく行ったかとなると、そうでないこともたくさんあったはずで、どちらかと言えば占いは当たらないと筆者は思っている。だが、歴史ある神社から告げられると、それに反することはしない方がいいと思うくらいには厄は避けたい。そんなことを言いながらもう63で、今さら方除けや厄除けもないかもしれない。後は人生の顛末の末がどのように、なるべく味気ない思いを味わわないで済むかに気を配ればよく、それは性の合わない人とは会わないようにするということが一番だ。自治会の役をしていると無愛想では務まらず、かといって気を使い過ぎるとストレスが溜まる。そうそう、今朝は8時台に電話で叩き起こされたが、その後TVを見ていると、大阪東淀川の自治会長が殺された事件の犯人が酒癖の悪い副会長であったことを知った。その副会長は副が嫌で長になりたかったらしいが、自治会長になるのに誰もが嫌がるわが自治会からすれば嘘のような話だ。筆者は好きで自治会の面倒なことに携わっているのではないが、傍目にはそう映っているかもしれない。もう2年務めた後はきっぱりと役職を辞めよう。酒癖の悪い人とは飲まない主義だが、どこで恨みを買うかわからない。その悪い方角を知るためにももう一度城南宮を訪れて今後の進むべき方向を知った方がいいかもしれない。
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by uuuzen | 2015-02-26 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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