●城南宮、その3
かもしれないが、おそらく宿木だろう。今日の4枚目の写真だ。宮沢賢治は宿木を好み、取って帰って部屋の隅に転がしておいたと何かで読んだことがある。



d0053294_1271623.jpgそのことを知る前か後か忘れたが、1980年代の終わり頃の新聞記事に宇治川のほとりの木に育つ宿木を撮影した写真が載った。読者が投稿したものだ。冬場のことで、木は葉をすっかり落とし、丸くて密集した宿木はマリモの固まりにように見えた。背の高い木のかなり上部で、間隔を開けて3つほどが見えていて、その写真を見た後、宇治まで行こうかと思った。その写真を切り抜いて何度も眺めたが、そのうちに忘れてしまった。それから四半世紀が経つ。気がかりなことはいつも予想しない時に突如訪れる。ま、そのことは4枚目の写真であるので、今日の最後に書くとして、城南宮も長年気がかりであったのに、訪れる機会がなかった。自動車がなければ不便なようで、電車かバスしか利用しない筆者にはわざわざ行く気にはなれない。それが前回かに書いたように、家内の職場の同僚が氏子で、毎年入園券をもらうらしい。それを家内がもらったのは去年2月のことで、梅や桜が咲いている頃に出かければいいものを、どのバス停あるいは地下鉄の駅で下車すればいいかわからず、つまりよく知らない伏見区のどこにあるのかわからず、また12月末まで10か月もあると高をくくって、結局大晦日に行くことになった。その日は息子が住むアパートを訪れて掃除をし、その後に残った時間を城南宮に行くことにした。城南宮の西端は旧国道1号線に接していて、その道を子どもの頃から何度も車に乗せてもらって走ったことのある筆者は、知らないうちに境内の真横を通過していたことになる。ひょっとすれば鳥居を見ていたかもしれないが、気に留めなかった。城南宮道というバス停は、昔は市電が走っていた道にある。京阪の中書島が市電の終点で、それから北上して京都駅まで線路が続いていた。その道が今はバス道路になり、しかもごく一部の区間は一方通行になっている。小学生の頃に市電に乗って京都駅まで連れて行ってもらったことがあるが、今はヨドバシ・カメラになっている丸物百貨店で形が不揃いで目方売りされていた割れチョコを買ってもらったり、射的で遊んだりしたことを覚えている。その市電の道をバスで往復すると、昔ながらの田舎じみた光景に、街の雰囲気は長年変わらないことを思う。おそらく100年、200年後に筆者が生きていてその道を眺めても同じことを感じるだろう。その理屈で言えば、100年や200年前から現在の雰囲気と同じであったということになるが、実際そうであろう。そう考えると、人生はちょうどよい長さで、生きている間に感じるべきことのすべてを誰しも感じるように思う。つまり、寿命が200歳になっても同じことの繰り返しばかりで、退屈するだろう。そして、その伝で言えば、ようやく訪れた城南宮は、花の盛りに再訪してもさほど感動はないように思う。何事も一度で充分と思う方がよい。さて、バス停から城南宮の境内までは主に大手の工場地帯が広がり、バス道沿いの殺風景さをさらに増幅させているが、遠く真正面に石の鳥居が見えているのがいい。この参道が曲がっていて、近くに行かねば鳥居が見えないでは、殺風景な風景に殺される気分だ。昨日家内は城南宮のことを思い出し、バス停からの距離があり過ぎると言った。車があればすぐ近くまで行けるのにと、あたりまえのことをつけ加えたが、殺風景な参道であっても、歩けばそれなりの実感があって、それは車で行くより強い思い出になる。便利はいいが、その分、何かを失う。何事もそう思えばよい。そしてその何かは金で買えないもので、どこに行くにも車という生活を至上のものと思わない方がよい。

 城南宮は平安貴族たちが吉野や南紀へ行く際の出発の場所になっていた。京都から南紀まで歩いて行く人は今ではいない。バスや電車を使っても1日は優にかかるから、筆者はまだ南紀には行ったことがない。ところが平安貴族たちは何がよかったのか、しばしば訪れた。その労苦を思うと、バス停から15分ほど歩いて城南宮に着くことを「遠い」などと言うと、あまりに滑稽だ。わが家から歩いて出かけてもいいほどで、そうすればもっとありがたみを感じるだろう。1000年前と人間の体は変わっていないのに、精神が著しく別のものになった。それはそれでよくもわるくもなく、昔は昔、今は今ということだろうが、車のない生活を嘆くこともない。昨夜の住宅リフォームの長寿番組は、東京に住む60代夫婦が、妻の母が3年前まで住んでいた浜松の街道沿いの築百数十年の住宅を改造して3人で住みたいというもので、予算は2600万少々であった。筆者は番組の最初の紹介で4000万と口にしたが、思いのほか安かったので驚いた。去年はベランダにある水道管1本撤去するのに5万と言われたが、自分で外せば30分もかからない工事に、あまりにも水道業者は利益を取り過ぎる。そう感じていたので、昨夜の古い住宅のリフォームは4000万ほどかと思ったが、裏庭もすっかり作り変えて3000万に届かないから、選ぶ業者によるということか。それはさておき、筆者がいいなと思ったのは、蘇った裏庭だ。木を移植し、石を配置し直し、池を作り直し、とにかく大改造だ。それだけでも1000万はすると思うが、そうなると家の改造に回す分がかなり少なくなるので、実際はもっと少ないはずだ。60代夫婦と85歳の母は番組の最後で庭に面した部屋で庭を見ながら談笑していた。東京ではマンション暮らしで、庭など夢のまた夢であったろうが、以前より部屋が多く、広い庭があれば、ゆったりとした気分になれる。3人暮らしであれば部屋数はさほど必要ない。それより庭が整っているのがよい。そう思って筆者はまた隣家の庭をどうにかしなければと思い始めている。石燈籠を買いたいと昨夜は家内に言うと、黙っていたが、本気にしていないのだろう。大きなものでなくてよい。高さ7,80センチのもので充分だ。それもいいとして、城南宮の話に戻ると、今日の最初の2枚の写真は楽水軒の額が懸けられる池近くの茶室を出て、庭園の西端で撮った。そこは「室町の庭」と呼ぶらしいが、庭の時代変化に無知な筆者はどこが室町風かわからない。また「室町の庭」の南は「桃山の庭」で、同じくどこにその特徴があるのかわからないが、そう言われれば何となくそう感じるのも事実で、また筆者が思うに、このふたつの庭は境内南部のかつては畑か荒地であった場所に、明治以降か戦後に新たに作ったものではないか。というのは、このふたつの東側に木立の塀で区切られた「城南離宮の庭」があって、それを3枚目に載せるが、茶室を出て時計回りとは反対に歩くと、庭の時代が順に新しくなる仕組みが凝らされていて、しかもこれら3つの時代の異なる様式の庭は、東西を貫く道の北部にある「平安の庭」の後に造られたものに思えるからだ。つまり、城南宮の見所は、平安から現代に至るまでの4種の庭にあって、実際筆者はそれらを歩いたことだけを鮮明に記憶している。もちろん建築物も個性があるが、それを取り囲む庭に隙のない手入れが日々なされていて、その清められた様子こそが神社の風格を決定し、その点で城南宮はどの庭もとても面白く、花が咲く時期はまた表情が違うことを想像しながら、またどこをどのように撮影すればよいか戸惑いながら散策した。
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 カメラのスマート・メディアは20数枚しか残がなく、それを全部使い切った。写したと思っていたのに写っていないものもあって、また花が全くないので、さびしげな写真ばかりだが、だいたいの雰囲気はわかるだろう。最初の写真は手前の木が面白い形をしているので撮った。幹がふたつに大きく割れている。あるいは2本が根元と上部でくっついたのか。また右側の幹はほとんど内部が空洞になっていて、それでも枯れ死したのではなく、どうにか地下から養分を吸い上げているようだ。2枚目のパノラマはいつものようにクリックで拡大するが、最初の写真の木は3枚つなぎの写真のうち、左端と中央のちょうどつなぎ目に見えている。何の木かわからないが、花が咲けば二手に分かれた幹は気にならないだろう。このパノラマ写真は「室町の庭」の西端に立って東を見ているが、3枚つなぎの中央のさらに中央奥に茶室が見えている。その前から続く道を手前に歩いて来た。写真を撮った後は3枚つなぎの右端すなわち「桃山の庭」の南端を東に向かって進み、そして4枚目の写真を撮った。その説明の前にもう少しパノラマ写真を説明しておくと、中央に広がる枯れた芝生の奥に、菰を被せられた蘇鉄がある。それが茶室内部の床の間を背にして座ると、右手奥に見えたことは先日書いた。この蘇鉄が生える辺りが「桃山の庭」で、広々として気持ちがよい。写真からは京セラのビルは見えないが、それは写真右端手前の樹木に遮られているからで、芝生の間の小径からは見える。写真左端に大きな石燈籠が写っている。その左奥に展示室があって、『源氏物語』の挿絵展を開いていた。その建物と並んで事務のための建物があって、窓から数人が見えた。「城南離宮の庭」は現代彫刻が片隅に設置され、抽象的な造りと言ってよい。堂本印象に「楽水軒」の文字を書かせたので、同じ頃に整備された庭ではないか。つまり昭和時代の庭で、レトロ感覚に満ちているが、それがよい。3枚目の写真は奥へと歩くが、入苑券売り場に戻って来る。上は白のキモノ、下は朱の袴を着た若い巫女はこうした緑が多い庭にはよく映えて、見ていて気持ちがよい。それにどの巫女も清楚で愛想がよかった。巫女は筆者らの顔を覚えていたのか、笑みで迎えてくれた。外に出るとまた参道から続く東西を貫く道だ。巫女の話ではさらに西へ進み、右に折れると神殿があるとのことで、その言葉にしたがった。そして歩き始めてすぐに目の前の木の上部にマリモ状の鳥の巣かと一瞬思わせた宿木が見えた。宇治川沿いにあることを知って以来、ようやく実物を目の当たりにすることが出来た。新聞に載った小さな写真と全く同じ光景と言ってよい。宇治は近いから、京都南部に宿木は多いのかもしれない。全く予期していない時に、長年の気がかりが晴れる瞬間が訪れる。この宿木を見ただけでも城南宮を訪れた甲斐があった。それに、葉が生い茂る季節ならば、わからなかったはずで、花のない季節に訪れた意味もあったことになる。宿木を見上げながら、庭師がそれを取り除かないのは、風情があると思っているためか、それともあまりに高いとこにあって面倒であるからか。宮沢賢治はどのようにして枝から外したのだろう。手を伸ばせば届くような低い位置に生えるのだろうか。宿木の実物がほしいが、あっても部屋の片隅で埃を被るだけで、かわいそうだ。寄生木だが、彼らにも生きる価値はある。それに宿木が寄生して木が枯れてしまうことはあり得ないだろう。そんなことになれば宿木も困る。持ちつ持たれつの関係があるのかもしれない。そうそう、この目立つところにある宿木を除去しないのは、『源氏物語』の「宿木」の帖を連想させるためかもしれない。『源氏物語』を読んだことのない筆者でも「宿木」の帖があることくらいは中学生の時から知っている。宿木の実物がほしいのは、丸く固まったそれのみを間近で撮影して「ヤドリギゴッタ」の写真を撮りたいからだ。またその思いで今日の4枚目を撮った。
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by uuuzen | 2015-02-09 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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