●嵐山駅前の変化、その353(電柱地下化工事)
目が30あって、その半分しか正解でない場合、事態は深刻なのだろうか。認知症の検査を母が受け、その際に記憶力テストのようなものに答えさせられたらしい。筆者はあまりそういうテストを信じていない。



人間の能力をわずかな紙に書かれた設問に答えさせるだけで決定するというのが気に食わない。確か小学生5年と6年生の時に知能テストがあった。結果のIQの数値は教えてもらえなかったが、それでよかったと思う。TVにはIQの上位5パーセントであったか、その範囲に入っていると自称する若い女性評論家が出ているが、彼女はどのようにして自分のIQを知ったのだろう。テストをするたびにそのような数値は変わるはずで、IQの高い数値を自慢げに言う人は筆者には馬鹿に見える。実際そのとおりで、IQの数値の高さだけを鼻にかけて一生をただの人で終える。小学5,6年の時の担任は筆者にIQの毎年の平均値にばらつきがあり、信じられないものだと教えてくれた。何万人も受ければ毎年平均値はほぼ同じになるだろう。そうでないのであれば何かがおかしい。テストの内容は変わらないとすれば、受ける時の季節や天候の影響ということになるが、結局のところIQテストは不完全なものということで、担任の先生は「そんなものを信じるな」と言ってくれた。それはIQの数値よりもっと大事なものがあるという意味で、そのことは幼稚園児でもわかる。にもかかわらず、30や40の年齢の大人が自分の高いIQの数値を言いふらすというのは全く格好悪い。本当に賢い人はそのような厚顔無恥ではない。先日のTVで中米のとある国で暮らす日本女性の紹介があった。面白かったのは、カレンダーだ。国民が時間を守らず、たとえばカレンダーに9月31日が印刷されていても別にたいした問題ではなく、誰も気づかないと言っていた。日本ではそうは行かないが、筆者はほとんどその国の人と同じ感覚で生きている。というのは、昨日は21日とばかり思っていたが、今日がそうであることを家内に教えてもらったことからもわかる。何日であるかを考えずに生きている。おまけに時計を持って出かけないので、時間もわからない。それで不便を感じることがあまりない。誰かと待ち合わせすることはめったにないからで、時間厳守の考えを持つ必要がない。それで体内時計というか、体が時刻に気づいていて、たとえばこのブログはパソコン画面の右下の時刻表示が22:22になる頃にふと気づき、その時刻を見てからいよいよ何を書き始めようかと考える。それでも自分の感覚を過剰に信頼すべきではないだろう。最初に書いた認知症テストは母のように85歳になればたいていの人は半分の正解率になると思うし、老化は避けられない。そうであれば、それを悪いことと思わないのがよい。そのことを去年亡くなった赤瀬川原平が『老人力』に書いていた。筆者は母の年齢になるまでに22年あるが、たぶん30問のうち、20問も出来ないような気がする。いくつかの関連のない言葉を覚えさせ、15分か20分後にそれを全部言わせるといったテストは、若者でも全部正解は怪しいのではないか。それに全部答えられたとして、それがどうなるというのだろう。そんな人も85になればそれ相応の頭になる。それどころか、もっともっと若い時に死ぬ可能性もある。それはさておき、今日は久しぶりに「嵐山中ノ島復旧」ではない投稿をこのカテゴリーにする。筆者としては珍しくも、今日が投稿すべき日であることを先ほど思い出した。記憶がいいのではなく、たまたまだ。だが、そのたまたまが、ちょうどうまい具合に訪れるところ、まだ筆者は認知症の領域には踏み込んでいないように思う。とはいえ、肝心なことを忘れないのは母でも同じで、認知症気味程度であれば生活への支障はない。
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 何度も書くように、「嵐山中ノ島復旧」の投稿は当日撮った写真を載せている。それ以外の題名の投稿はちょうど1年前に撮った写真を使うことにしていて、今日は去年1月21日に撮影した2枚だ。嵐山を祇園と同じように電柱の地下化をしてほしいという要望は、かなり以前から渡月橋南詰めの大きな料理旅館が京都市に願い出ている。嵐山だけはなく、松尾大社の大鳥居前の空もひどい状態になっているので、そこもついでにという考えと聞いた。それで、今日の「電柱地下化工事」の投稿は去年3月20日の「その305」以来だが、その時に載せた写真は一昨年の同月同日で、それから10か月後の様子が今日の写真となる。比較すると、路面の石灰による白線が新しくなっただけで、そのほかは何も変わっていない。50メートルほどの区間であれば10か月も必要とするはずがない。今日の写真から丸1年経った現在、現場は今日の写真と同じで、つまり工事は行なわれていない。筆者が聞いたところによれば、掘ってみたところ、予期していた地下埋設物以上のややこしい管などが出て来たらしく、そう簡単に現在の電柱と同様の機能の設備を地下に埋める場所がなかったらしい。写真からわかるように、道幅がとても狭いのに、バスや車はよく通るし、おまけに旅館の営業に差し障りがあってはまずい。地下埋設物の詳細な検査をしたのかどうか知らないが、少し掘っただけで恐れをなしたのだろう。そう簡単に工事は進まないということになって、試掘した箇所は埋め戻され、アスファルトが新しく舗装された。その状態が今日の写真で、道路の白線が新しいことには事情がある。本来ならば写真に見える電柱や電線はすっかり姿を消していたのに、今日の2枚の区間がまず地下化されなければ、それより南の阪急の嵐山駅まで地下化するという計画は全部停まったままだ。ならば松尾大社前を先にやればいいようなものだが、まずは北の端からという考えなのだろう。電柱の地下化に関しては地元住民の意見が一致しているとは言えない。狭い道幅に車が多いとなると、歩くのは危険が伴う。高齢者が高速道路を逆走する事件が多くなっている昨今、一般道路でも車が方向を変えて突っ込んで来ることは大いにあり得るし、狭い道幅であればそういう心配は増大する。そしてなるべく電柱の陰で車を待って、それが通り過ぎてから前に進むということをたいていの地元住民はしているが、その危険待避行動は電柱あってこそで、それがなくなればますます車がわが者顔で走る。祇園はバスが走らないからいいが、今日の写真の区間はもともとそぞろ歩きにはふさわしくなく、筆者は電柱の地下化はさほど必要とは思わない。工事をしますと文書が配布されたのに、その結末は知らされることがなく、今後試掘を再開するのかどうかもわからない。ともかく、このカテゴリーでせっかく電柱が次々に消えて行く様子を定点撮影して伝えようと思っていたのに、その後現場に変化はなく、「電柱地下化工事」用の写真は撮っていない。また工事が始まれば撮影も再開する。だが、最初の写真の家並みは年内に多少変化が訪れるかもしれない。1軒が家を売りに出しているからだ。その住民はよその街に引っ越すのではなく、わが自治会の新居に移る予定のようで、自治会としては人口減にはならない。家の取り壊しが始まったことを知れば、その変化を見るために今日の最初の写真と同じ立ち位置で撮影し続けてはどうかと思うが、大きな変化にはならないので、撮影しない。本カテゴリー内の項目があまり増えるのは嵐山としては面白くないことで、数百年後も同じ家並みがあるというのが理想だ。フィレンツェのようには保存は無理という声があろうが、青龍殿が100年前の建物が移築されたことを思えば、また近くの法輪寺が古いままであるならば、なるべく嵐山を代表する旅館は同じデザインないし和風そのもので建て直すことにしてほしい。
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by uuuzen | 2015-01-21 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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