●嵐山中ノ島復旧、その40(渡月橋上流)
上に建つといった雰囲気のホテルになると思うが、2年前の台風18号の時のように桂川が増水すると被害はどうなのだろうと思う。渡月橋から300メートルほど遡った左岸に今春外資系のホテルが開業するというニュースが去年12月のかかりにあった。




今年の春ということで、花見の季節に合わせた開業であるはずで、遅くても3月末だろう。ということは、建つと発表した時点で半分ほどは工事が進んでいたのだろう。地下もあるそうで、川岸から10メートル離れるかどうかと思うので、川が増水した時に浸水の心配がないようによほどしっかりとした工事をするはずで、狭い土地に大変なことだが、天下の名勝地嵐山に金持ちに来て泊まってもらおうという考えの前には難工事であっても採算が取れるとの思惑が勝つ。その土地は以前は嵐亭というホテルがあったが、筆者は意識したことがない。目立たない場所というほどでもないが、渡月橋上流の左岸の奥まったところにあって建物は樹木にほとんど隠れていたのではないだろうか。四半世紀前に右岸の高台からその辺りを撮った写真があるので、それを確認するとわかると思うが、アルバムを調べるのが面倒だ。GOOGLEのストリート・ヴューでは右岸の狭い山道は載っていないことが先ほどわかった。車が走る道なので載せてもいいのに、GOOGLEは遠慮したのだろうか。もっとも、その車は上流に1軒だけある旅館を往復するもので、一般の車が走っているのを見かけたことはない。ともかく、渡月橋上流は、右岸は陰、左岸は陽で、陰はほとんど人が歩かず、左岸は大賑わいだ。そして左岸から右岸に聳える嵐山を眺めるのが名勝地のゆえんで、左岸の一画に今春豪華ホテルが開業することで、ますます嵐山の名前が広まる。それはさておき、今日は終日雨で、ずぶ濡れになりながら昨日に続いて歩いて梅津のスーパーに買い物に行った。松尾橋から上流を眺めると、重機が全く見えず、工事はしていないように見えたが、工事は中ノ島周辺や渡月橋上流で行なわれていたはずだ。というのは、松尾橋上流の河川敷に下りる仮設道路の出入り口に警備員が手持ち無沙汰で立っていたからで、また乗用車が1台坂を下り、上流へ走って行った。それは中ノ島まで行くはずで、雨の降る中、どんどん小さくなって、やがて見えなくなった。雨であるし、また昨日とさして工事の進み具合は大差ないはずで、今日は昨日撮った写真を使う。本カテゴリーで「嵐山中ノ島復旧」と題する投稿は今まで当日撮った写真を使って来た。その原則を今日は崩す。昨日はたくさん写真を撮ったので、明日も昨日の写真を使うつもりでいる。また、今日は昨日の写真は最初のパノラマのみで、2,3枚目は2年前のたぶん11月下旬の撮影だ。その説明は後述する。最初にホテルのことを書いたが、今春開業するそのホテルは最初の写真の左端に建設中だ。このパノラマ写真はいつものようにクリックで拡大するので、その拡大写真を見てほしいが、左端に黄色いユンボが工事をしている。そしてその重機の右側に工事用のフェンスが50メートルほど続いている。これが台風18号で壊れた護岸を修復しているのかどうかは定かではない。建設中のホテルのための工事とは思えないが、ホテルの開業に合わせ、その参道となる道路の際をきれいに整備しているのかもしれない。
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 最初の写真を撮った位置は中ノ島公園の北詰め付近だ。正確に言えば西詰めだが、上流側を北と呼ぶ癖がついている。中ノ島は渡月橋をまたぐ形で東西に300メートルほどの長さがある。渡月橋より上流側はごく短く、50メートルほどか。またそこはごつごつした岩やそれをコンクリートで固めた土地が大部分で、渡月橋より下流の細かい砕石が敷き詰められた軟らかい雰囲気とはかなり違う。この中ノ島の上流側で毎年1月2日に地元消防団の出染め式があるが、対岸の嵯峨地区ではどこで行なうのだろう。今そのことを初めて疑問に思ったが、それほどに渡月橋の北と南側では住民の交流がない。右京区と西京区に分離してからはなおさらそうなったであろう。それはいいとして、最初のパノラマ写真を撮ったのは、先月中ノ島の下流側から眺めると、大きな土嚢の列や重機が見えたからで、それがどうなっているのかをようやく確認しようという気になったからだ。去年のクリスマス前に花灯路に出かけたので、その時に確認すればよかったように思われるかもしれないが、出かけたのは夕方で、もう暗かった。中ノ島西詰めに立って対岸を見ると、確かに工事中ではあるが、渡月橋より下流に比べてかなり小規模だ。それほど被害が少なかったということだろう。それもそのはずで、この最初の写真に写る建物群は嵐山の眺望を最も贅沢に楽しめる場所に立ち、昔から護岸工事はこの付近では最も厳重に行なわれて来たはずだ。最初に壇上と書いたが、写真に写っている建物はみな雛壇のように川岸から2,3メートル高台にある。それどころか、敷地内でさらに土地は壇のように嵩上げされ、その上に建っているはずだ。つまり、100年や200年の一度の洪水で床上浸水しないように出来ている。そのため、台風18号でも被害を受けたとは聞かない。ただし、どの建物もそうとは言えないかもしれない。というのは、今は更地になっているが、嵐山ホテルというのが最初の写真の右端から100メートルほど東にあって、台風18号ではその更地に浸水したと聞いた。そこは数年前にある企業が美術館を建てるという噂があった。どういう事情か知らないが、その計画は頓挫し、まだ更地の状態だ。そして台風18号の際、その土地から北のかつて美空ひばり館があった土地にも水が流れたらしい。美空ひばり館の跡地は現在お土産店が建設中で、今春開業するだろう。嵐山ホテルはその前の道路が他の場所よりもかなり凹んでいて、国交省はそれを嵩上げしようとしている。ところがそうなれば現在その付近の建物は玄関をその分高くする必要があって、場合によっては建物も建て替える必要が生じる。嵐山ホテルがあった場所は現在更地であるから、今後何か建てられる時には土台を1メートルか2メートルほどの高さにして洪水に備えることになるだろう。天龍寺はさすがにそういう洪水を見越して川沿いの壇上の建物よりまだ小高い土地に塔頭や法堂がある。となれば、外資系の豪華ホテルとはいえ、浮草のような存在で、半世紀後には別の施設になっている可能性が大きいだろう。
d0053294_0561825.jpg 最初の写真の建物の背後中央の小高い山は小倉山で、右奥の遠い峰に少し雪が積もって見えるのが愛宕山だ。そこに体力のある間に一度は登っておきたく、今夏は挑戦してもいいかと思わないでもない。河川改修工事とは関係がないが、写真の説明を少ししておくと、水面にボートの青い底が一直線に連なっている。その左手には屋形船の列も見えるが、背後の黒い小さな建物はそれらの船を貸す店で、新しいので、台風18号で被害を受けたために建て直されたのだろう。この小さな黒い建物から道を2本挟んで真北に料亭の吉兆がある。最初の写真では黒い建物の右手にある大きな屋根の建物が吉兆の西隣りのホテルで、以前は郵便局の簡保で利用出来る宿泊施設であった。この大屋根に被さられる形で小さく見える2階建てが吉兆で、東が辨慶という料理旅館で写真ではベージュ色の切妻破風の建物だ。このように書いても筆者には無縁の建物ばかりだが、そうでもないものがある。写真で小さな黒い建物のすぐ背後にある大きな建物だ。これは時雨殿で、任天堂が建てた。筆者は二度訪れたことがある。ゲーム感覚で百人一首が出来る大きな床があるが、企画展はほとんど行われず、開いてはいるものの、訪れる人はとても少ないように見える。これが建った時は中ノ島の最下流からでも異様に目立ったが、そのうちに慣れた。時雨殿に隣り合う形でさらに高い建物が奥に見えている。これが今春開業する豪華ホテルの客室だろう。今日の2,3枚目の写真を説明すると、2年前の紅葉を見るために右岸の細い道を上流の大悲閣近くまで行った帰りに撮った。注目したのは花灯路で嵐山をライトアップする照明群だ。2枚目は左に紅葉が見え、その下に照明の列が並ぶ。写真中央に見える簾のようなものをかけた白壁の四角い建物は何だろう。時雨殿の真南に位置するので、以前の嵐亭を取り壊しているのだろう。工事の様子が外から見えないように囲っている。この写真で気になるのは手前の船の舳先の上部にある松の木で、下流に向けて幹が斜めになっている。これは現在もあるが、最初の写真では左端のまだ少し左のようで見えない。この松は水辺から一段高い道路際に植わっている。その道路は車が走れないのでストリート・ヴューには載っていないが、どういうわけか例外的にこの松ともう1本下流に立つ似た形の松を見通す場面だけは見ることが出来る。それが今日の4枚目で、2010年10月の撮影とある。それはさておき、この松は台風18号の増水でかなり浸かったはずだが、無事であったようだ。ストリート・ヴューで見られるのはこの松よりさらに一段上の道路で、それに面して吉兆や時雨殿が建つが、道路よりさらに高い壇となっている場所に建物はある。2枚目を撮った後、少し下流で3枚目を撮ったが、注目したのは対岸に設置された照明群とは別に、手前の木の枝に絡まるゴミだ。これは台風18号の増水による。洪水から2か月経ってもその被害の痕跡がこのような形で残っていることを示すために撮った。2枚目に写っていた屋形船がまた見えているので、筆者の歩く速度はその船とほとんど変わらないことになる。対岸に見えるベージュ色の破風は前述の辨慶だが、2枚目と3枚目のちょうど写っていない部分に前述の小さな黒い建物があるはずだが、残念ながら台風の後どうなっていたかがわからない。それはともかく、その大型台風によって被害を受けた桂川は現在大規模に修復工事が実施されていて、豪華ホテルの開業前には無粋な工事はすっかり終えておこうとの考えであるはずで、松尾橋周辺はさておき、渡月橋付近は今春以降重機の姿が見えなくなるだろう。となれば、世の中は壇上を占有する金持ちのために動いているも同然ということか。
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by uuuzen | 2015-01-15 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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