●郷玩文化の会
集と収集とは同じ意味で使われる。筆者はいつも後者を使っている。蒐集の「蒐」が「集める」との意味であることは知っているが、くさがんむりに鬼と書くところは、収集より徹底している様子がある。



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筆者は鬼のような収集家ではない。収集したいものがあっても中途半端な状態でだいたい満足してしまう。それは徹底的に集めるには大変な費用がかかることが多いからだ。誰もが知る蒐集家になるにはそれ相応の経済力が欠かせない。では金持ちほど蒐集家の頂上に上りつめるかと言えば、蒐集は物との出会いであるから、いくら金を積んでも出会いがなければ入手の機会はない。そのため、金ではないと言えるが、頂点をきわめるような蒐集家はみな同じほどほしい物との出会いを日々待望しているから、結局は金力の差と言えるだろう。そうであれば蒐集などまるで面白くない。最初から人生が決まっているのも同じで、金のある者に追い着くことが出来ない。筆者は蒐集と言えることで最初に始めたのは日本の記念切手だ。小学5年生の頃からで、今も戦後5,6年頃までの切手をたまに眺めてはいいなあと思うが、新しく発売される切手については数年前に買うのをやめた。郵政が民営化されるようになって毎年大量の記念切手、厳密に言えば特殊切手が発売されるようになり、面白くなくなった。それはさておき、筆者は長年忘れずに記念切手を発売ごとに買って来たが、そのかたわら古い切手をたまに店で買うこともあって、ささやかながら蒐集と呼べることはして来たが、たとえばネット・オークションに頼ると、昔の切手でまだ持っていないものがたくさん出品されていて、それらは金さえ出せばすぐに手元に届くことを経験し、その間に古い切手を集める気が失せた。それは同じ切手が無限に近いほど出品され続けるからでもある。少なくても数十万単位で印刷されるのであるからそれは当然で、もっと本格的な蒐集家は筆者のような単片には目もくれず、消印がどうのこうのといった、同じものが指の数ほどもない珍品を求める。そういう人こそ蒐集家で、筆者はその爪先にも値しない。そういうことは切手を集め始めた頃から自覚していて、金がなければないで楽しみ方があると考え、そのように興味を欠かさずに集めて来た。だが、愛好家と知り合うといったことはせず、全くひとりだけの楽しみ方で、またそれで満足であった。切手の次に何に興味を持ったかと言えばビートルズだが、LPは全部買ったが、シングル盤はたいていLPに収録されているのであまり買わなかった。それに買ったものはいつの間にか手元を離れたので、レコードを蒐集することにはならなかった。レコードは聴くことが第一で、鳴らさずに持っていても邪魔になるだけだ。それでも今ではビートルズの日本盤の初版はそれなりに高値で取り引きされ、蒐集家の対象物になっている。ビートルズの次に蒐集しようと思ったのは美術全集で、新潮社から出た『人類の美術』だ。これが発売当時とても高かった。それだけにどうしてもほしく、無理して全巻を揃えたが、原書を発売するフランスのガリマールでは最初の巻が出て半世紀以上も経っているのに、まだシリーズは続いている。今では40数巻になっているが、インドや中国、日本の巻が今後2,30年以内には発売されるであろうから、最終的には60巻ほどになるだろうか。筆者は死ぬまでにガリマール版の全巻を手に入れたいと思っているが、それにはフランス語を理解しなければ本当は楽しめない。それはさておき、そのガリマール版を新潮社がその後も翻訳して発売し続ければいいものを、数年ほど新しい巻の発売が滞ったりしたので、日本での続けての発売は無理と判断された。今からでも発売しなかった20数巻を訳して出せばいいと思うが、1冊3万か4万円になる本を誰が買うだろう。それにしてもフランスの凄いところは、そういう世界最大と評価してよい美術全集を50年以上経ってもまだ完結させないことで、日本では絶対に考えられない。これは日本が物事を遠く大きく見つめておらず、刹那的であると言っていいかもしれない。つまり中途半端なのだ。
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 『人類の美術』のガリマール版は『L'Univers des formes』という名称で、これは直訳すれば『形態の宇宙』で、「美術」という言葉が入っていない。それがまた格好よく、しかも真っ赤なクロスに金文字で刻印される書名はどれもほれぼれする美しさだ。この全集というか、叢書は世界美術を概観するもので、個々の画家についての記述はごくわずかであるから、これを仮に全巻読破しても古今東西の造形のほんの触りが万遍なくわかるだけと言ってよい。ただし、それはそれのよさがある。よほどの美術通でも知っている分野や関心のある事柄はごくごく一部と言ってよい。つまり大いに偏っている。それを言えば『L'Univers des formes』もそうだろう。ヨーロッパ本位で巻立てされているところが大きいからだ。だがそうであるからこそ、日本から見ればその内容を知っておくべきだろう。それはさておき、人生は限りある時間と金で成り立っているので、本によって知識を広めたいと思うのであれば、広く浅くを旨としながらも万遍なく網羅した事典のようなものが役立つ。まずそれらを吸収し、その一方で気になる部分を深める。誰しもそうしていると思うが、前者の視点が欠けると視野の広がりは期待出来ない。さて、その後もそれなりにいろんなものに関心を持ちながら気づけば還暦を越えた筆者で、今日は関心と言うほどではないが、去年10月に初めて参加した「郷玩文化の会」について書く。その回を含めて計5回筆者は例会に出席したが、2か月に一度であるからまあ1年ほどということになる。筆者の郷土玩具に対する興味はほとんど伏見人形だけなので、この会に参加してもあまり楽しめないと思ったが、2か月に一度の集まりなら時間を割くことは出来る。それに筆者の知らない郷土玩具の世界の広がりが垣間見られるとの期待もあって、それは予想をはるかに超えるほどの広大かつ濃厚、多様で、趣味の世界、蒐集の世界の現実をつくづく知らされ、衝撃を受けている。たいていの会員は筆者より年配だが、例会にはめったに出席しない会員の方が圧倒的に多いようで、数百名いるそうだ。例会に集るのは多くて20名で、その中には遠方から駆けつける人もあったりする。中心となっている人は大阪や滋賀在住で、どれほど多くの蒐集品があるのか見当がつかない。暇と金と意欲があれば品物は際限なく集まるが、例会の参加者はそのような人が中心であろう。それはさておき、例会に参加し続けると、日本の郷土玩具を広く浅く知ることになる期待があるが、2か月に一度発行される会誌は今月号が通巻226で、それから計算してもかなり長い間続いている。それらの内容を全部把握して初めて広く浅くと言える知識が得られると思うと、筆者のこの1年はその爪先にもならないことを自覚してしまう。14日の例会の帰りは、古い会員と御堂筋を歩き、淀屋橋に着くまでの間、話が弾んだが、相手は京都府立総合資料館にかつて勤務していた男性で、同館にはしばしば訪れる筆者としては縁を感じた。その男性に教えてもらったが、伏見人形に関する有名なホームページに郷玩文化の会のリンクがある。そこにようやく先ほどアクセスしてみたところ、例会で知る顔ぶれが今までにさまざまな蒐集品を持ち寄って研究会を開いていることを知った。会員はみなそれなりの誇るべき蒐集をしているから、順番にひとりずつが愛好の品物にまつわる話などをしても毎回毛並が変わった内容となる。蒐集の対象が他者とだぶることもあるが、各人の考えが違うのでたとえ同じ産地の人形について話しても趣は異なるだろう。また、せっかくの例会であるので、誰にも負けないような蒐集品を持参して説明することを建前としているはずで、愛好家の雑談といったものにはならない。それゆえこれまでの会報誌は貴重な研究資料となっているはずで、またそれらを全く知らない筆者は今から参加しても時すでに遅しで、外野の観客に留まるほかない。
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 だがそれを言えば専門外のことに関しては誰しもそうだ。郷玩文化の会全体として見れば圧倒されるが、個々の会員となれば、みな蒐集には好みがあり、研究していることにも差がある。それに昨日書いたように、中には蒐集家というより、作家がたまにいる。集める人は作る人あってのことで、また前者は後者より金持ちであることが普通だが、筆者は伏見人形を今までそれなりに集めて来たが、どちらかと言えば後者に属する。6月の例会に参加した後の飲み会で筆者は来年の干支人形を作ればどうかと2,3人から言われた。買ってもらえそうなので、作ってもよかったが、結局その時間がなかった。それに伏見人形を筆者が作っても郷土玩具文化に何かを寄与することはない。ではオリジナルを創案出来るかと言えば、土人形は窯が必要、張子は和紙の確保が困難、その他の材料と技法では面白いものが出来るかどうかわからない。またそんなものを作るより、自分の本職がある。広く浅くもいいが、それでは何もかも中途半端になってしまう。そう考えることもあって今年は羊の伏見人形を作ることは早々に諦めた。話を戻して、郷玩文化の会は昭和41年に「郷玩サロン」として発足した。筆者15歳の頃で、当時郷土玩具ブームがあったことは感じていた。前にも書いたように、中学の修学旅行で静岡で「なんじゃもんじゃ」という小さな紙札のついた目玉の大きな翁の土仮面を買った。小さなもので、ペンダントほどの大きさだ。素焼きに彩色を施し、藁で結んであった。なぜかそれを目に留めたが、そんなことをしたのは筆者だけであった。10代前半のまだビートルズに狂っていた頃にすでに郷土玩具の味に開眼していたことになるが、それには基礎がある。蒐集していた切手だ。その年賀用は毎年郷土玩具を1点選んで図案にしていた。そのデザインを眺めるのが好きであった。年賀切手で最初に郷土玩具がデザインに選ばれたのは昭和29年の三春駒で、それ以降味があるのは5円切手の時代までで、7円切手になった途端、味わいが急激に落ちた。それは昭和42年で、「郷玩サロン」発足の翌年であることは何だか暗示的だ。ともかく、筆者は自分より上世代のひとつのブームをかすかに感じながら、やがて伏見人形の魅力を知る。そして人との出会いから郷玩文化の会に入った。そういう流れを何となく大切にしたい気持ちがあるが、それは同会に筆者より年配の筋金入りの蒐集家がたくさんおられることや、また作家もたまに参加するからで、例会に出るたびに知らなかった世界に出会えることは楽しい。その一方で思うことは、会を創設された人たちが今後高齢化して行く中で若手がどのように運営して行くかだ。郷玩文化の会が尻すぼみになってやがて消滅してしまうことは仕方がない。それも時代の流れだ。だが、いつの時代でも蒐集家はいるし、そうした人たちは仲間を呼んで意見を交換する。そういう場は永遠になくならないだろうし、またそれは大阪が担って行くと思う。大阪にはそういうサロン文化が江戸時代からあった。それは関心事の内容をさまざまに変化させながら、また集まる顔ぶれを変えながら、現在まで耐えることがなかった。そのひとつの代表が筆者には郷玩文化の会に思える。その理由は今日は書かないが、14日の例会の発表でその思いを強くした。さて写真を載せなければさびしいので、6月の例会で撮った犬山の土人形の発表を撮ったものを使う。伏見人形に似ているので、筆者には関心がないが、愛知や岐阜など、同地に近い人たちは犬山人形をかつて競って蒐集したそうだ。飾り馬を見れば左右の目鼻が非対称になっていて、ぞんざいに製造されたことがわかる。田舎であるのでそれも愛嬌と見るべきだが、筆者ならばそうは作らない。郷土玩具とはいえ、やはりていねいに作られたものがよい。江戸時代の文人画の中には同じようにぞんざいに描く者があったが、それは自由のはき違えで、精神性が何より大切だ。だが、それを言えば多少形が崩れている犬山の土人形も伏見人形にはない温かみがあると言うことも出来るから、郷土玩具であっても芸術論と無縁ではない。そうそう、最後に書いておくと、例会には誰でも参加出来る。会費500円。来年2月22日(日)の午後2時より南船場会館2階にて。岐阜高山市周辺で集められた伏見人形系の産地不明の土人形についての研究発表が中心だ。
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by uuuzen | 2014-12-27 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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