●一粒万倍
堀という漢字を使うしかないはずだが、昔道頓堀に「とんぼり」という名前の店があった。栄枯盛衰の激しい飲食業界であるので、今はもうないかもしれないが、「とんぼり」が道頓堀を略したものであることは大阪人なら誰でもわかる。



d0053294_044267.jpg昔のジャズ・メンは名詞を逆さに読んだりして、そのことを大人になって知る前に筆者は同じようによく身近な者には実行していたので、いつでも誰でも考えることは同じだと思ったものだ。道頓堀はその理屈で言い代えると、「ぼりとんどー」になりそうだが、長いので「ぼりとん」だろうが、「とん」が語尾につくのは何となく面白くない。それで「とんぼり」が最も馴染みやすく、そうした芸能界に通用する言葉としてそれが生まれたのではないか。それはさておき、今日の題名は、「住吉大社、その2」の3枚目の写真に写る住吉大社の末社のひとつである種貨社の賽銭箱の正面に刻まれる文字を引用した。それで今日の題名は幾分かは「住吉大社、その3」としてもいいが、住吉大社については書かないので、別の題名とした方がよい。その幾分かの理由をまず書くと、住吉大社に一緒に訪れた大志万さんは大社を巡って疲れが出たようで、日本橋にある画材店には立ち寄らずに帰ろうと言ったが、阪堺電車ではなく、南海電車に乗れば日本橋まですぐなので、せっかくなので画材店に行こうと筆者は行った。大阪の土地勘のない彼女はそういう手があることを知って笑顔が戻り、それでふたりで南海の難波駅まで出て、画材店まで歩くことにした。筆者はそのことでひとつちょうどつごうがいいことを思い出した。その日から数日前だろうか、戎橋のグリコの巨大な電飾看板が新調されたニュースがあった。その写真を早速撮りたいと考えた。9月下旬に投稿した「復元されないもの」ではそれが完成する前の仮の看板の写真を載せた。それと新調された看板との差を写真で比較するために、道頓堀に出たいと筆者は思っていた。その機会が訪れたが、そのことは大志万さんには言わなかった。戎橋に出た時、筆者は道頓堀を東に進むとその画材屋があることを指し示し、その次の瞬間、小走りで橋の上に行き、グリコ看板を撮影した。人が多かったこともあるが、彼女はこちらには来ず、ひとりで東に向けて歩き出した。写真を撮った筆者は慌てて彼女を追った。グリコは一粒で300メートル走れるエネルギー量があるそうだが、その時は30メートルほどを走った。その記憶が鮮明なので、今日は「一粒万倍」を思い出した。彼女とふたたび横並びになってすぐに言ったことは、やはり「復元されないもの」の載せたカールおじさんの大型画面だ。グリコ看板に比べると大型ではなく、小型と呼ぶべきだが、その画面に通行人の姿が映ることを彼女に言い、自分の姿を大きく映すのに最適な場所に誘導しようとした。彼女はそういうことには関心がなさそうで、そのまま前を向いて歩く速度を落とさなかった。筆者は子どもじみていると思われたであろう。大阪で言う「いちびり」であって、カールおじさんの画面はそういう人のためのものだ。ところがその日は明治製菓のコマーシャルを流していて、自分の姿を映そうと陣取っている人はいなかった。まだ時刻が早かったのかもしれない。グリコ看板も点灯していなかった。点灯しない看板は新調されたとは思えない地味さで、それなら以前の若い女優を起用した仮設の方が面白い。記事によれば映し出されるのは数種のパターンがあるらしく、それらを全部鑑賞するには15分、あるいはもっとかかるかもしれない。どのように光るのかまだ実際に見ていないので、次に大阪に出た時は時間を作って道頓堀に行くつもりでいたが、その後何度か出ているのに立ち寄っていない。
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 大阪行きの最も近いのは今月14日だ。その日は心斎橋で「郷玩文化」の例会があった。2か月に一度開催され、筆者は8,10月は出席しなかった。久しぶりなのでそのためだけに家を出た。それなりに楽しく、また思わぬ知識も得たが、当日配布された会報誌に興味深い記事があったのでまずそれから書く。ひとつは「ヤフオクに保存極美の古こけし出品!」と題した巻頭の記事だ。この出品は筆者も見た。だが、こけしに関心はほとんどなく、終了まで追わなかった。こけしは全部で113本で、どれも今作られたばかりのような美品で、大正末期から昭和初期のもので、今後二度とお目にかかれない優品揃いであったという。驚くのはその落札価格だ。1本500円スタートが、総額4000万円に届くほどで、ひとりが半数ほどを落札したそうだ。その落札者は有名なこけし収集家で、95パーセントほどの種類を持っているらしい。収集家ならわかるが、収集を始めるとすぐに5割程度までは網羅出来る。それからがなかなかで、20年や30年かかって8,9割まで到達する。残り10パーセントはまず無理で、大金持ちであれば95パーセントまではどうにかなるが、それでも100パーセントは絶対に不可能だ。今回の出品はその収集家が長年求めていたものがたくさん混じっていて、金に糸目をつけずに落札しようと決めた。2000万円ほどは使ったそうで、こけし数十本にそれだけのお金を出す人がいる。だが収集家の執念はそういうもので、2000万円で数パーセントの欠落の大半が埋まるのであれば安いものだ。自分が生きている間にぜひとも手にしたい物があれば、家を売ってでも買うかもしれない。それを狂気と言うのは一般人で、熱烈な収集家は狂気の塊だ。筆者は貧乏なのでそういう身分になれないが、それなりに収集の執念の深淵を覗いて来ているので、今回の古こけしの落札価格の高騰ぶりは理解出来る。落札者はこけしの博物館でも建てるのだろうか。それほどの願望があれば、何より重要なのは、誰も所有しない稀な作品だ。それがネット・オークションに出現したことは、落札者にとっては金以前の問題として、きわめて幸運、幸福なことであった。ふたつ目は巻末の「郷玩ニュース」で、海洋堂が製作した日本の郷土玩具のミニチュアがガチャガチャと呼ばれる球体のカプセルに入れられて全部で15種類が販売されたことだ。発売は奈良にある中川政七商店というが、筆者は初めて聞く。15種のうち8種はシークレット扱いで、球体を半分に割って中を確認するまではわからない。もちろん7種もそうだが、これはどんな商品か画像が紹介されていて、それが「郷玩ニュース」にも印刷されている。それを見て筆者はすぐにほしくなったものがある。青森の鳩笛だ。これの巨大な模型の写真は去年11月中旬に投稿した「さがの人形の家、その2」に載せた。その時書いたかもしれないが、筆者はその土製の笛を大小3個持っている。「郷玩ニュース」の写真を見て思ったことは、その海洋堂が製作したミニチュアを入手し、筆者の所有する3個の背中に載せて写真を撮ることであった。それは前述した「一粒万倍」の賽銭箱の前に立つ一対の狛犬を連想させ、また筆者のは4段になるから、さらに迫力があると言うべきだろう。今日の2枚目がその写真だ。この鳩笛はもっと大きさの種類があるので、筆者はそれらを網羅したいと思っているが、その理由は写真のように背中に順に載せて行きたいからだ。だが、写真からわかるように親、子、孫、曾孫の4代が限界で、それ以上に積むと小さいものが落下する。ついでに書いておくと、海洋堂はさすがによく復元しているが、肝心の音は鳴らない。それに些細なことかもしれないが、実物は鳩の両足前面に嘴上部と同じ黄色を塗っている。海洋堂の商品はその両足をしっかり作っているのに、その彩色がない。これは参考にした鳩笛になかったからだろうが、研究が多少軽いのではないか。音が鳴ればどれほどの高さかと期待したが、構造的に、あるいは販売価格からはそこまでプラスティックで再現出来なかった。それにしても、鳩笛ひとつがこうしたミニチュアの商品になって、郷土玩具にあまり関心のない人ちゃちに知られるのは、「一粒万倍」そのものではないか。
d0053294_0445887.jpg ガチャガチャ商品の鳩笛と一緒に入っていたシリーズを紹介する説明書「日本まめ郷土玩具分布図」の画像を3枚目に載せるが、図中、黒のシルエットの中に「?」と記したものがシークレット商品だ。その外形を見ただけで郷土玩具に関心のある人は何かがわかるが、筆者はその名前や産地までは知らない。その意味でこの中川政七商店と海洋堂の共同作業は今うるさい「ふるさと再生」にもわずかでもつながり、続いて予定されている第2弾が楽しみだ。筆者は愛知の蚕鈴をぜひ期待したいが、それが第2弾に含まれるのであれば、また購入してこのブログで紹介する。ただし、それも音を発しないだろう。それに蚕鈴はこのシリーズと同じほどの極小サイズがあるから、それより小粒にすると見栄えせず、同じ大きさではありがたみに乏しく、採用は微妙ではないだろうか。筆者は海洋堂のフィギュアにはほとんど関心がなく、今夏JR京都駅の百貨店で展覧会があっても行かなかった。同展と同時期、駅前の地下街の一角で海洋堂の製品のちょっとした展覧があった。その中で筆者が目に留めたものは数日前に投稿した「ボロボロの体とボロ」の3枚目の写真だ。海洋堂が若冲人気にあやかって雄鶏のミニチュアを製造販売しているのは知っている。それは鶏の脚が若冲の絵の倍ほどに太く、やや格好が悪い。細くするとそれが折れやすく、返品の嵐となることを恐れたのだろう。3枚目の写真は若冲好きなら一目瞭然で、『動植綵絵』から目立つ魚を引用して豆サイズで作ってミニ掛軸を構成している。蛸がやけに照っていて、それが実物のぬめりを表わしていると思えばいいが、この模型の色合いと形では茹でられたたこ焼きの具材に見える。それも愛嬌ということだろう。さて「一粒万倍」だが、住吉大社の種貸社は子宝に恵まれない人や、金儲けをしたいひとがお参りすると御利益があるとされる。「一粒万倍」は精子や卵子を連想させるので、自分が万単位どころではなく、億単位の精子のひとつが成長した存在で、しかも体内に億単位の精子を日々製造していることを思わせ、何となく元気が出て来る。もうすぐ正月でスーパーには数の子が並んでいるが、それも「一粒万倍」の見える形で、それで縁起物としてめでたい正月に食される。筆者は魚の子は好きな方だが、プリン体が多いのでなるべく食べないようにしている。そう言えば、30年ほど前の誕生日、キャビアが食べたいと家内に言い、当時5000円近い小さな瓶詰めを買って来てもらった。大匙で2杯ほどの量でやや灰色がかっていて、良質のバターのような味がした。その日は味比べと言って2000円ほどのまがい品も買って来ていた。色は真っ黒で数の子ほどの小粒、そして舌触りも味も全然違って、値段は正直なものだと納得し合った。それ以降良質のキャビアは食べたことがないが、今では1万円でもないかもしれない。手が届かないし、またプリン体の塊と思うことにして、「とんぼり」ならぬ「とんぶり」で我慢するか。これを初めて食べたのも30年ほど前だが、「畑のキャビア」と言って植物であるから、プリン体は気にする必要がないかもしれないと思うと、そうではない。細胞分裂に関係したものであるから、植物でもプリン体の多いものはある。豆がそうで、「とんぶり」もかなり多そうだ。筆者は豆が好物で、またまめまめしく気に入ったものを集めるのが好きだが、そのことはこのブログがよく表しているだろう。豆粒の玩具そろえて胆太し。
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by uuuzen | 2014-12-23 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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