●嵐山中ノ島復旧、その37(浚渫、護岸工事、松尾橋)
い夢をみた。朝起きるとたいてい家内と夢の話をする。そんなことをしても無駄なことはわかっているが、よく覚えていることは身近な者に語りたい。夢を言葉で表現しても他者には正確には伝わらないのに、覚醒している時には見たことのない、経験したことのない珍しくて奇妙な出来事は他者に話すことでより長く記憶出来る。



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あるいはそういう気がする。それで筆者は睡眠中の夢をなるべく目覚めてすぐに家内に語るが、夢は無意味なので、結局記憶することがない。だが、今朝の夢は強烈で、当分忘れないだろう。奇形のまま育った人たちの写真集が出て来た。それは戦前の雑誌のように古い紙に古い印刷で、一般には出回らないものだが、筆者は夢の中ではたまたまそれを手に取ってページを繰っている。生まれて間もない幼児の写真もあって、頭の上に片腕が水平にくっついている。その隣りのページでは4,5人がくっついて組体操のようになった裸体写真で、シャム双生児よりももっと複雑な奇形が世の中にはあったのだと驚いている。ほかにもいろんな奇形の写真が並び、筆者はそれらの人たちに同情している。昨夜ジャン・フォートリエの拷問された人質たちの頭部を描いた絵や彫刻について書いたので、それが「奇形」となって夢に出て来たのかもしれない。家内には怖い夢をみたと言って簡単に説明しただけで、家内もそれ以上は詮索しなかった。筆者のこのブログの副題には「夢日記」の言葉を含む。夢日記を書かなくなって久しいので、副題を改めようかと思うが、そのままでいいだろう。というのは、現実のことを報告しているたとえば今日の投稿のカテゴリーは、筆者には現実であっても、他者にはその実感があまりないだろう。それに筆者にしても数年前のことは忘れている。つまり、現実も夢みたいなものだ。現実の日記と夢日記は区別をつけるべきだが、前に何度か書いたように、睡眠中の夢は現実の思考が影響したもので、またその夢が何らかの形で現実の行動を左右するから、現実と夢は入り交ざっている。夢は脳が見るもので、脳は覚醒している時も睡眠中も動いている。ただし、睡眠中は理性が眠っているので、勝手に脳はいろんな映像を紡ぐ。これは聖人であっても変な夢をみることであり、その変な夢が覚醒中の思考や行動に影響を及ぼさないはずがないから、完璧な聖人などあり得ないという理屈になる。山頭火の日記の中に、いやらしい夢を見たことが書かれる。目覚めた山頭火はそのことに幻滅するが、筆者はそのことを知っていかに山頭火が正直であるかと思って却って好感を持った。生きている限り、男は性欲はある。理性でそれを抑えていても、たまには夢に出て来る。そう言えば今朝の夢に家内と同じ背丈のもっとわかい美女が出て来た。その女性は笑顔を絶やさず筆者に体をくっつけて来るので、それを引き寄せて抱きしめた。そのすぐ横に家内がいるのに、その様子を見ても平気な顔をしている。筆者は若い女性をすぐに突き放し、そして何度も謝るが、女性は笑顔のままで、いやな素振りを見せない。先のひどい奇形の人たちの写真集の直後にその女性が出て来て、筆者が謝っているところで目覚めたが、家内には奇形の話だけ伝え、若い女性を抱きしめたことは言わなかった。家内にしてもそういう話を聞くのはいやだろう。筆者は若い美女を抱きたい衝動はないが、それは理性の働きでそう思っているだけで、本能は違うのかもしれない。ともかく、夢を振り返ることは自分の知らない内面を覗き込むことに役立つ。だが、前にも書いたように、あまり深く覗き込むと、精神の安定を失うような気がしたことがあった。それで夢日記を書くことをやめた。その後はもっぱら覚醒中に考えたことを書くが、筆者がそう思っているだけで、他者にはこの文章は夢と大差ない場合があるだろう。それでブログの副題にある「夢日記」は省かないことにする。
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 さて、今日は穏やかでかなり暖かかった。それで数日ぶりに桂川の河川敷の工事がどうなっているかをカメラ持参で確認しに行った。また今日は家内と自転車を連ねてムーギョに行ったが、その途中で松尾橋上から定点撮影もした。日曜日なので、工事は休みで、重機の活動が見えず、その点は物足りなかったが、その代わり、自転車道路の起点すなわち桜の林内の風風の湯の前にサンタクロース姿の若者がいて、同じ格好の若い男女がたくさん走っていた。何の催しかわからないので、起点に立っている係員らしき人物に訊ねようと思ったが、ネットで調べればわかるだろうと思い直し、中ノ島橋を中ノ島側にわたり、今日の1,2,3枚目を撮った。最初の写真は橋の中央から桂川の支流の下流を見ている。定点撮影として「その35」「その36」についで3枚目になる。雨がよく降ったので流量が増し、流れが勢いよくなっている。土砂を浚えられた左岸側の河川敷はかなり平らになった感じがする。前回に書いたように、たぶんこれでこの場所は復旧工事は完成だ。写真では左の護岸の下半分が土がこびりついていた跡が残っている。そこまで土砂が堆積していた。またこれは写真ではよく見えないが、一羽の白鷺が河川敷と流れの境に立って魚を狙っていた。すっきりした流域の中にあって白鷺は毎日食べて行くのに必死で、浚渫工事が魚を得るのにどういう影響があるのか心配だ。先日のネット・ニュースにダムを撤去して川や海が再生したというのを読んだ。日本は電力確保のためにダムを大量に造ったが、その後原発時代となってダムの電力は頼りにされなくなった。そしてダム湖はいつか埋まってしまうから、そうなる前にダムを壊すという発想は当然出て来るだろう。造ったものは寿命があるし、また造ったものはいいことづくめではない。必ず負となることがあるが、それは巧妙に隠される。圧倒的な便利さの前にそのことを高らかに訴える者は売国奴と排除される。ダムが飽和状態になるほど出来たことは、各県の土建屋を潤わせる意味合いもあった。土建屋を永遠に喜ばせるために今度は造ったダムを壊す工事を請け負わせる。その時に高らかに言われるのが、川や海が再生するとの合言葉だ。そして100年ほどするとまたダムを造るに決まっている。そのように考えると、河川工事も同じであると思っておいた方がよい。桂川の上流にはかつての自民党の大物の肝入りで大きなダムが出来たが、そのために下流の様子がかなり変わって来ている。その変化は今後もっと顕著になり、河川の改修が行なわれるが、100年後はそれでは根本的な対策にはならないので、いっそのこと上流のダムをなくせばかつての清流が戻り、嵐山の美観も再生すると主張する御用教授が出て来て、大がかりな土木工事が実施されるだろう。ひとつ明確に言えることは、日本では土建屋こそが永遠の職業で、それと自民党がつながって「積んでは崩し」を税金を使って繰り返す。気仙沼では人の住まない地域にエジプトのピラミッドを長く引き伸ばした規模の巨大堤防が出来ている。莫大な工事費が地元の業者に落ちたのだろうが、業界と政治屋の結託で税金がどのようにでも使われる。そしてそのピラミッド堤防の評判が悪ければ、また地元の業者に壊させ、その費用も支払うから、業者は二重の得だ。その巨大堤防は今朝見た奇形の人たちの姿とだぶる。はははは、現実は夢よりもっと奇形の度合いが激しく、また巨大ということだ。
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 2、3枚目は中ノ島南端の定点撮影位置から20メートルほど上流の大きな岩のベンチに立って撮った。4枚つながりで撮り、一旦パノラマに合成した後、その両端を切り取って2枚得た。もちろん2枚目は桂川の下流、3枚目は上流を向いている。2枚目にはフェンスの内側に造花のプランターがところどころに設置されている。無粋な工事を少しでもきれいに感じさせるもので、10トン・トラックを運転するような屈強な男がこの造花を買いに走ったことを想像すると面白い。こういう工夫は日本だけではないだろうか。嵐山にやって来る中国や韓国からの観光客は、渡月橋を撮影するのもよいが、こういう工事現場の造花を撮影してネットに投稿してほしい。3枚目は先日まで金網で大きな瓦礫を詰め込んだ蛇籠が敷き詰めてあった。それらはすっかり撤去され、去年の台風18号の洪水で崩れた護岸が剥き出しになっている。これをどう修復するのかは今後の見物だが、大きな玉石をたくさん運んで来て、それぞれの形を見ながら欠損している箇所に嵌め込んで行くしかないだろう。その作業は庭の飛び石を埋め込むのと似ているので、庭師が携わるかもしれない。だが、このなだらかな護岸はそう何年も保たれない可能性がある。この護岸の川幅はかなり狭くなっているので去年の洪水でこの護岸は破壊された。それでなだらかな状態から垂直に切り立つものにする案が出ている。写真で言えばフェンスのすぐ向こうは全部川の流れになる。そうなればせっかく修復したこの護岸工事は無駄になるが、仕事が増えて喜ぶ人たちがあるし、またそういう人たちを食べさせるために河川工事は絶えず行なう考えだ。どんなことでも上に立つ人の考えひとつでどうにでもなる。4枚目はパノラマで、これのみクリックすれば拡大画像が別画面で開く。その拡大画面を見てもどおってことはないが、筆者が見た迫力はより伝わる。夢を言葉で語るのとは違って写真は便利だ。それで夢の視覚化出来ないかと人間は大それた夢を抱いているが、そうなれば夢と現実がますます区別が「つかない。夢が神秘的であったり怖かったりするのは、自分だけが見て覚えているからだ。そして見たままを他者に伝えられないからで、そういう恐怖があったので人間はせめて覚醒している時の世界を他者にも見える道具としての写真を発明したかもしれない。写真を一瞥しただけで瞬時にわかることは人間にとって大発明だ。ただし、そのことによって撮影出来ない夢の世界はさらに謎が深くなったと言える。4枚目の写真はサンタクロース姿の若者が走っている。先に書いたように、中ノ島小橋の際に自転車道路があり、そこが折り返し地点になっている。南はどこまで走るのか知らないが、ネットで調べると10キロが最長のコースらしい。3500円の参加料で誰でも走る時に着るサンタクロースの衣装がもらえるようだ。日曜日で河川敷の工事が休みであったのでこうした遊びが出来る。今日は京都市内で高校生の駅伝があって、マラソンには最適な日よりであった。この4枚目は松尾橋東詰めに近い場所で撮った方が以前に比べてどれほど土砂が少なくなったかがわかるので、今日はその写真も撮ったが、サンタクロースの赤い衣装が造花のようにきれいなので、定点撮影にこだわった。このパノラマ写真、上記の説明がなければ夢のように奇妙に見えるのではないか。やはり現実と夢は区別がつかないところがある。

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by uuuzen | 2014-12-21 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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