●ひび是口実、アゲイン
という見慣れない漢字であることを知ったのは去年の今頃だ。その頃のブログにその文字を冒頭に使おうと思ったことがある。それが一年ぶりに実現する。「あかぎれ」は子どものころから「垢切れ」かと思っていた。



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垢が切れるのではなく、垢で皮膚が切れるとの意味で、手をよく洗わなければあかぎれが生じると思い込んでいた。筆者が小学生の頃、母は異様とも言えるほど怖く、毎日ヒステリックに叱られた。特に外で遊んで家に帰った時だ。それに布団に入る直前には、必ず手足を冷たい水で洗った。その癖が今も抜けず、今日のような厳寒でも筆者は風呂場で足を冷たい水で洗う。湯を使えばいいが、湯が出て来るまで30秒ほど待たねばならない。それが面倒だ。水では汗が落ちにくいが、洗わないよりましだ。幼い頃の躾は大人になっても染みつく。妹は母が外で働いていたので、小学生低学年から買い物をし、米を炊き、掃除をするなど、家事全般をやった。そのため、手の甲は毎年ひどいあかぎれが出来て、学校の担任は半分涙顔になりながら、そのひどくひび割れた両手をさすってくれた。妹はそのことを母に言った。すると母はたちまち無理をして瞬間湯沸かし器を取りつけた。娘に辛いことをさせていたとの思いと、そういうことをさせていたことの恥ずかしさゆえだ。湯沸し器などもうあたりまえの時代になっていたのに、貧しいわが家では家事は水しか使えなかった。今は少子化になり、また日本が豊かになったので、小学生2、3年生の子どもに市場に買い物に行かせ、おかずを作らせるといったことをさせる親はほとんどいないだろう。そんなことをする時間があれば勉強しなさいと言う。だが、世界を見れば、学校に行けない子はまだまだ多い。アメリカで活躍した日本の野球選手が来年からは日本で試合をすることになって、その奥さんは子どもたちをアメリカでよい教育をさせ、世界に通用する一流人に育てるつもりであることを先日ネットの記事で読んだ。金持ちであるから子どもの使うのはわかるが、金を人よりたくさん使ったから世界に通用する人間になる保証はない。それに、世界に通用するとは何か。このたびの選挙でまたかつての総理大臣の娘が当選したが、あまりに馬鹿馬鹿しさに声も出ない。厚顔何とかとはそういう人種のことを指す。有名人かもしれないが、そんな有名人になら、ならない方がいくらましなことか。どの世界でも二世がもてはやされる。野球選手の子どもは稼いだ金で世界的な有名人を目指すのだろう。そうなればいいが、不名誉で有名にならないとも限らず、そうなれば有名人であった親も嘲笑される。なので、子どものことは世間には言わない方がよい。それに親の望みどおりに世界に通用する一流人になっても、それがどうしたというのだろう。子ども自慢をする親ほど醜いものはないというのが筆者の母の考えで、何度も書くように筆者は同級生やその親の誰もが羨む成績を取っても母は誉めるどころか、表情ひとつ変えたことがない。二世のついでに書くと、朝のNHKのTV番組にある若い男がレポーター役で出ているのをたまに見かける。あまりいい印象はないが、家内はその男の顔を見て、嫌いだとはっきり言う。その男の名前を見ると、思い当たる人物の顔がある。同じ名字だ。早速ネットで調べると親子であることがわかった。二世タレントであることを初めて知ったが、その一世のタレントは東京のお笑い芸人で、昔から筆者はその芸人がなぜ人気があるのかさっぱりわからない。東京ではもてはやされるだろうが、大阪では通用しない。あまりにも普通を感じさせ、東京では普通が一番人気があるということがわかる。だが、普通が才能だろうか。いくらでも代わりがいるではないか。今はいくらでも代わりがいるような雰囲気を持ったタレントが人気を得る時代になっている。
d0053294_0483847.jpg あかぎれが出来ないほどに暖を取っている筆者だが、手を見るとひび割れが昔よりうんと深くなっていることに気づく。老人になって来ているからだ。体の水分が少しずつ減って行く。動物も植物もそうなるのが自然で、枯れて行く。手や顔、そして全身の皮膚が弛み、皺が増えて来る。そうなった手に垢がたくさんこびりつくと、それこそ「垢切れ」になるが、風呂上りは水分が体内にわずかでも浸透するのか、若返った気分になれる。毎日温泉に数時間浸かる生活を先日思い浮かべると、若返りとは違って、ただふやけているだけの体が脳裏に浮かんだ。風呂で本当に若返るのであれば、金持ちは始終湯に浸かっている生活を送るだろう。ふやけるで思い出した。子どもの頃、銭湯に入って指先に深い皺が生じることを「ふやける」と言うことを母からは教えられた。ならば頻繁に湯を利用すると、若返りどころか、却って老人のようになるのではないか。話を変える。肺の中の菌を殺すための薬を毎日飲んでいる家内は、口元が荒れている。薬の副作用の一種だろう。筆者は毎年今頃になると上唇の中央より少し横に縦方向にひび割れが生じる。栄養不足かと思わないでもないが、皮膚が乾燥するためだ。それで思い出したようにリップクリームを塗るが、これが数日に一回だ。というのも、今のところ、唇はあまりかさかさになっていないからだ。そのリップクリームは筆者専用だが、たぶん20年ほど前に買った。毎年使うとしても一冬で使う回数は10数回で、減るのがきわめて遅い。20年も経てばもう変質しているだろうが、その感じはしない。何と物持ちのよい人間かと思われるが、実際そのとおりで、紛失しない限りは持っている。それでも物はたまる一方で、冬場になるとセーターその他、暖かくい衣服を引っ張り出すが、筆者は割合着た切り雀で、同じセーター1枚で一冬を過ごしてしまう。そしてそれしか持っていないと思い込んでいるが、箪笥の中にはすっかり存在を忘れているセーターがあったりする。物が増えるのは、持っているものを忘れてしまうからだ。それが認知症の始まりかもしれないが、誰でも目の前になければ存在を忘れる。あるいは思い出しても気に留めず、結局忘れる。ということは、人間は目の前にあるものだけで満足出来る動物ではないか。人間以外の動物はみなそうだ。そして目の前にあるものにひび割れを認めれば不安になる。崩壊の始まりを思うからだ。だが、人間は老いに向かって、つまり崩壊を目指す存在で、ひび割れに目を背けるのではなく、親しむべきではないか。そういう思いがあったので筆者はひび割れに関心を持ってその写真を撮ったのではないが、先月「ひび是口実」と題して投稿してからは、街中でひび割れに目を留めるようになった。今日はそんな写真を4枚載せる。どれも手の甲に出来るあかぎれと同じようにみすぼらしいのは確かだが、自然なものと肯定的に見ることも出来る。ひび割れは自然現象の根本だろう。卵から雛が孵る時、それは生じるし、雲が割れて青空が覗くこともひび割れだ。ひび割れは再生にはつき物で、であるから老人がひび割れだらけの存在に見えることは理に適っている。老人がいつまでも元気なので子どもが生まれにくい。老人がひび割れしてその中から赤ん坊が生まれ出て来る様子を想像すればよい。実際はそうではないが、人間世界はそれと同じようなものだ。そうそう、甲殻類の脱皮がそうだ。あれも体のどこかが割れなければ新しい中身が出て来られない。ひび割れがなければ再生がないのだ。インドの創造の神は破壊の神と同じで、それはひび割れで説明出来そうだ。それを口実と言うのもいいが、人間は口実の動物だ。と、これも口実そのものだ。
d0053294_0492367.jpg 写真の説明をする。最初は誰が見てもわかるように、稲を刈った田だ。だが、この田は稲が刈り取られていない。放置されたまま所有者がなくなったと思う。というのは、この田の真向いの家が空家になったからだ。刈り取られない稲は無残に横倒しになっていたが、稲穂は雀などの格好の餌になったので、無駄ではない。自然界全体として見れば無駄など存在しない。この写真はひび割れの隙間から雑草の新芽が出ていて、それがとてもきれいだ。この写真のひび割れは手の甲の細かい皺と似ている。老人になって手の甲の深い皺から緑の新芽が出て来ればどうか。ホラー映画みたいだが、実際はそれと似たことが起こる。老人になれば特有の臭気を発すると言われるが、その一部は手の甲のひび割れからも発散する。2枚目は京都の百万遍のバス停近くで、そう言えばすぐにわかる人もあるだろう。昭和レトロの建物があって、この白いひび割れを埋めた跡が遠目にもよく見える。このひび割れが好感が持てるのは、ていねいにパテで埋められているからだ。背の高い脚立などが必要であったはずで、修復しながらもまだ使おうという節約、倹約精神が見えてよい。こういうパテはコンクリートの強度を保つにはあまり役立たないだろう。だが、ひび割れを放置するとそこから水が浸透する。それが恐い。内部の鉄筋を劣化させるからだ。この白は壁が薄黒いので目立ち過ぎる。緑がいいのではないか。3枚目は万博公園に向かう際にわたる大きな橋の路面で、緑色の塗装がほとんど剥がれ落ち、ひび割れが目立つ。そうなる前に防水塗装をやり直すべきだが、その予算が出にくいのだろう。工場の排水で汚れた川を連想させるので、早急に再塗装を期待したい。4枚目は天王寺公園内だ。これは四半世紀ほど前に実施された天王寺博覧会の際に新しく造られた。それがいよいよあちこちにひび割れが生じている。日本は今後メンテナンスの時代に入る。新しく箱物など建てるよりも、古いものを修繕しながら使って行くのがよい。いや、待てよ。それは老人が若作りするのと似たことか。ひび割れを糊塗するなど、自然の摂理に反する。ひび割れは放置し、さっさと全体を壊して新しいものを作るべきか。ま、それは金次第だ。これからの日本、何とかミクスがうまく行かなければ、緊縮財政でやって行くしかない。その可能性がきわめて大で、今からどんなものでも修復して長く使い続けることを美徳とする精神を子どもの頃から育むのがよい。金持ちの二世だけは国際的に有名になる人間を目指せばよい。金で買えないものは何もない。手の甲のあかぎれも瞬間湯沸かし器で一気に消えた。
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by uuuzen | 2014-12-17 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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